ランペイジ!~国を跨いだ少女の騎士道物語~

杏仁みかん

文字の大きさ
19 / 27
第一章 七歳の決断

#19:城の中の城 - 2

しおりを挟む
 一行は、アルカストルの少し手前にある宿場町で軽い朝食と休憩を済ませ、直ぐに飛行を再開した。丘陵地帯を越えた先、北に霊峰、南に砂漠を携えた平原の中央に、巨大な鈍色の箱のような塊がそびえ立っているのが見える。

「あれがアルカストルね。あんなに大きな壁で、人々は困らないのかしら?」
「どうしてそのような疑問を?」
「だって、外の景色が拝めないじゃない」

 なるほど、とエーラは笑った。

「覚えておいて下さい、シュテラ。アルカストルに住む者にとって、その景色は当たり前の光景なのです。中には、一生をあの城壁の中で暮らす者もいます」
「そうなんだ」

 籠の中の鳥のようだ、とシュテラは思った。それに、城壁の中に城があるというのに、街そのものがまるで城のようではないか。
 そう考えると、城の中の城にいる王様は、もっと窮屈なのではないだろうか。これではどちらが偉いのかよく分からない。

「あの入り口から入りますよ」

 シュテラの妄想が尽きないまま、エフィリオは今度は早めに高度を落とし、なるべく静かに城門の近くに降り立った。
 シュテラはエフィリオの首もとをわしわしと撫で、「今度はお上手ね」と褒めた。

 そのまま騎乗したまま突き進むと、城門の前に立つ見張りの兵士たちが一斉に驚いた顔をした。

「雷獣だと!?」

 驚いたのは雷獣というより、その背に乗った子供のほうである。
 待ってましたとばかりにシュテラはぴんと背筋を伸ばし、騎士流の挨拶で頭を下げた。
 一方、エーラは顔を伏せ、どういうわけか素顔が見えないようにしている。

「わたしたちはサイラス騎士団の遣いの者です。急ぎの用があって参りました」

 だが、兵士たちはその滑稽な組み合わせに笑うだけだ。

「子供が騎士団の遣いだなんて聴いたことがないぞ!」
「よく雷獣が許したなぁ」

 ムッとしたシュテラは、エフィリオから飛び下りて大股で兵士の前まで歩み、そこでクルリと背を向けた。

「この紋が分かりませんか!?」
「ぬ!? サイラス騎士団……!?」

 兵士たちは一瞬顔色を変えたが、辺境の騎士団が王都へ子供を遣わすという異例の事態に「どんな手の込んだ冗談か」ぐらいにしか考えられず、どうしたものかと首を傾げている。
 見かねたエーラがエフィリオから飛び下り、戸惑う兵士たちの前に歩み寄った。事態はそれだけで一変する。

「エ、エーラ殿!?」

 エーラは腕を組み、兵士たちを鷹のように鋭い眼差しで睨んだ。

「子供がそんなに珍しいのか? それとも、子供を遣いとして認めない法律でもあると言うのか?」
「い、いやその……そういうわけでは」
「言い訳はよろしい! さっさと門を開けよ!」
「ははっ! 今すぐに!」

 兵士たちは途端にばたばたと動き始めた。
 兵士から門の上の見張りに合図が飛び、門の向こう側へと伝達される。すると、門は独りでにギリギリカタカタと複雑な音を奏でながら重々しく両側に開いた。

「うわあ!」

 バカにされたのも忘れ、シュテラは感嘆した。地味な外見と裏腹に、街中はとても鮮やかな建物でいっぱいである。

「さ、行きますよ、シュテラ」

 いつもの優しい口調に戻ったエーラがシュテラの肩をやんわりと抱いた。
 二人は直ぐにエフィリオに乗り、まるで兵士たちに見せびらかすかのように蹄の足音を轟かせながら城門を悠々と潜っていく。
 シュテラはぽかんとする兵士たちを尻目に悪戯っぽく声を殺して笑った。

「いい気分ね!」
「まぁ、シュテラ。お行儀が悪いですよ」
「だって、失礼なのはあの人たちの方でしょ? 折角ちゃんとしたマントを着てきたっていうのに、この意味が分からないなんて!」

 ごもっともな意見だ、とエーラは思ったが、同時に傷ついた。
 人ごととはいえ、同じ王宮の人間として自分がダメだしされたのと何ら変わらないからだ。

「……まぁ、失礼なのは否定出来ませんね。全く、人を見かけで判断するのは下の下です」

 兵士にはあとで再教育が必要だな、とエーラは心の中で静かな炎を燃やした。

 戦が落ち着いてから半年。これまでの行き詰まった緊張が解き放たれたせいなのか、兵士たちは気が抜けてしまっている。
 だが、戦争は終わっていない。なのに、彼らはもう大丈夫だ、と思っているのだ。
 それがアルカストル……いや、アルドレア人全般に当てはまる、平和ボケで軽薄という気質である。

「すごいすごぉい!」

 一方のシュテラは、田舎にはない都会の華やかな風景に驚いている。エーラはシュテラが本来の目的を忘れているんじゃないかと半ば呆れた。
 街の中心を流れる運河の橋には、両脇の高欄から納涼効果もある小さな噴水が一定間隔で飛び出して虹を描いている。その向こう側にある鍛冶屋の屋根に飾られた大きなハンマーのオブジェは──どういう原理なのか、ひとりでに動いているではないか。

「一体誰がアレを動かしてるの!?」

 シュテラは慌ててエーラの袖をぐいぐい引っ張り、エフィリオが通りすぎる前にと答えを急かした。

「誰も動かしてはいませんよ。全て機械というカラクリで動いているのです」

 そしてエーラは、何も知らないシュテラにひとつひとつ説明した。

 まず、アルカストルを支えているこれらの技術は、北の鉱山から採取出来る不思議な力を持つ鉱石、「炎業石」のお陰であることを説明した。
 炎業石は、衝撃を加えるとその力の強さに応じて一定時間熱を放ち続けるという特別な鉱石である。アルカストルではそれを動力源に機械を制御しているのだ。

「じゃあ、機械というのがあれば何でもひとりでに動いてくれるのね?」
「そこまで万能ではありませんよ。まだ発明されたばかりの技術で、制御が思うようにいかないんです。せいぜい動かすか、動かさないか。その程度の単純なことにしか使用出来ませんから」

 燭台の替わりに街の明かりとして機能している機械式の街灯。
 噴水や鍛冶屋の動くハンマーのように一日中動き続けるオブジェ。
 重いものや人を高い所へ運んだり下ろしたりするという「動く床」。
 そして、四方にある城門の開閉制御──

 これらは炎業石の都合上、一定の力量を保ちながら動作するので、急に強めたり弱めたりすることが出来ないという。その代わり、燃料さえ尽きなければいつまでも動き続けるという利点がある。
 しかし、まだ七歳のシュテラには、このような複雑な説明を受けても、まったくのちんぷんかんぷんだった。だから、

「何かよく分からないけど、すごいコトなのね」

 ──と片づけてしまう。

「ここに住んでみたら、イヤでも分かるようになるでしょう。……ほら、城が見えてきましたよ、シュテラ」

 城と聞いてロマンチックな建物を思い浮かべていたシュテラだが、期待を籠めて顔を上げてみれば、たちまちその期待は裏切られる。
 外壁は銀色の金属板といくつもの砲台に覆われ、塔以上に煙突がいくつもそびえ立ち、もくもくと黒煙が立ち上っている。理想からだいぶかけ離れた城ではないか。

「お城って感じがしないよ……」
「昔はちゃんとしたお城だったんですが、今は仕方ありません。隣国との戦争に備えるための要塞でもありますから」

 戦争、と聞いてシュテラの胸がちくりと痛んだ。家族を引き裂いたあの戦は、やはりまだ続いているのだ。
 グリュプスだけでも大変な目に遭っているというのに、それよりももっと大きな戦いが目の前にあるなんて。

「わたし……騎士に憧れなきゃ良かったかな」
「戦うのが怖いからですか?」

 シュテラは少し迷ってから首を横に振った。

「ううん。戦うより、何もかもなくなっちゃう方が怖いの」
「……そうですね」

 騎士になるということは、戦では戦士として戦うということだ。それはつまり、自分の母を失った時のように、誰かの幸せを奪うことでもある。
 自分がそんな目に遭ったというのに、他人に同じような目に遭わせるのは、今のシュテラにとってはとても考えられないことだった。

「エーラさん。お義父様は本当に誇り高い騎士だと言える?」

 エーラは唸った。何と答えれば良いものか。
 シュテラはこう言いたいのだ──戦で人の命や幸せを奪うことが、果たして誇り高い騎士だと言えるのか──と。

「私は、サイラス殿のことを誇りに思います。騎士とはそもそも、自己犠牲の上に成り立つものです。誰かの為に己を捨てる。だから、他人からはむしろ汚れて見えることもあるでしょう」
「じこ、ぎせい……」

 シュテラはおまじないのようにその言葉を繰り返す。
 七歳の娘にはまだ早いだろうか──エーラは一瞬躊躇ったが、この際だから、と自分を納得させて話を続けた。

「おとぎ話のように純銀の鎧をまとったていのいい騎士だけが騎士とは言えません。むしろ、血で汚れ、土にまみれ、人に貶され……それでもなお、誰かの役に立とうと前に立ち、或いは、誰かの代わりに罪を被ることさえ厭わない。……それこそが、人々に愛されるべき理想の騎士なのです」

 ──汚れるのが騎士だって? 
 かけ離れた理想と現実との差に、シュテラは愕然となった。マリアーナにこのことを伝えたらがっかりするだろうか。

(がっかり……?)

 いや、そんなはずはない。そもそも、マリアーナはこの街の光景を何度か目の当たりにしたことがあるのだ。きっと、今のシュテラと同じことを考えていただろう。
 それなのに──そうだとしても、マリアーナは今でも父親サイラスのような騎士を目指そうとしている。
 では、マリアーナの目に映る騎士とは、いったいどのようなものなのか。
 後でもう一度話を聞こう──と、シュテラは胸の奥にしまうのだった。


「お帰りなさいませ、エーラ様」

 城門前の兵士は礼儀正しく礼をした。やはり王宮の兵士は格が違う。
 エーラは満足そうに小さく頷くと、エフィリオの背から飛び下りた。シュテラもそれに倣う。

「朝早くからこのような遠方に……一体、どうされましたか?」

 前に出て説明しようとするシュテラを手で制し、エーラが口早に説明をした。

「なんと、サイラス殿が!?」
「急ぎ、ケイネス殿にお伝え願いたい。今日の日没までには戻らなければ助からないのだ」
「承知いたしました! 直ぐにお連れします! ……お前は、お二方を近くの客室へご案内するのだ!」
「はっ!」

 と、使命を受けたもう一人の兵士が背筋を伸ばして敬礼した。

「さあ、こちらへ。そちらの雷獣は世話係が後で厩舎へ連れていきます」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

ハズレスキル『自動販売機』を授かって婚約破棄されましたが、 実は回復薬も魔力食も出せる最強スキルでした

暖夢 由
ファンタジー
十八歳の成人儀式で授かったのは、誰も聞いたことのない《自動販売機スキル》。 役立たずと嘲られ、婚約者レオンには即座に婚約を破棄され、人生が崩れ落ちたように思えた。 だがそのスキルには、食べ物を作り、摂取すれば魔力を増やし、さらに“治癒効果”を付与できるという隠された力があった。 倒れた母を救い、王都の名門・ヴァルセイン伯爵夫人を救ったことで、カミーラは“呪詛”という闇の存在を知る。伯爵邸で出会った炎の力を持つ公爵家次男レグナスとの出会いが、彼女の運命を大きく変えていく。 やがて王都全体に“謎の病”が蔓延。カミーラは治癒スープの炊き出しを行い、人々を次々と回復へ導く。 一方、病の裏で糸を引いていたのは………。 “無価値”と嘲られたスキルが、いま世界を癒し、未来を照らす光となる――。

道化たちの末路

希臘楽園
ファンタジー
母亡き後、継承権もない父と愛人母娘が公爵家を狙い始めた。でも私には王太子という切り札がいる。半年間、道化たちが踊るのを、私たちは静かに楽しんで見ていた。AIに書かせてみた第3弾。今回も3000文字程度のお気楽な作品です。

前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy
恋愛
(※長編なため、少しネタバレを含みます) ある日目覚めたら、そこは見たことも聞いたこともない…異国でした。 ここは、どうやら転生後の人生。 私は大貴族の令嬢レティシア17歳…らしいのですが…全く記憶にございません。 有り難いことに言葉は理解できるし、読み書きも問題なし。 でも、見知らぬ世界で貴族生活?いやいや…私は平凡な日本人のようですよ?…無理です。 “前世の記憶”として目覚めた私は、現世の“レティシアの身体”で…静かな庶民生活を始める。 そんな私の前に、一人の貴族男性が現れた。 ちょっと?訳ありな彼が、私を…自分の『唯一の女性』であると誤解してしまったことから、庶民生活が一変してしまう。 高い身分の彼に関わってしまった私は、元いた国を飛び出して魔法の国で暮らすことになるのです。 大公殿下、大魔術師、聖女や神獣…等など…いろんな人との出会いを経て『レティシア』が自分らしく生きていく。 という、少々…長いお話です。 鈍感なレティシアが、大公殿下からの熱い眼差しに気付くのはいつなのでしょうか…? ※安定のご都合主義、独自の世界観です。お許し下さい。 ※ストーリーの進度は遅めかと思われます。 ※現在、不定期にて公開中です。よろしくお願い致します。 公開予定日を最新話に記載しておりますが、長期休載の場合はこちらでもお知らせをさせて頂きます。 ※ド素人の書いた3作目です。まだまだ優しい目で見て頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。 ※初公開から2年が過ぎました。少しでも良い作品に、読みやすく…と、時間があれば順次手直し(改稿)をしていく予定でおります。(現在、146話辺りまで手直し作業中) ※章の区切りを変更致しました。(9/22更新)

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

犬の散歩中に異世界召喚されました

おばあ
ファンタジー
そろそろ定年後とか終活とか考えなきゃいけないというくらいの歳になって飼い犬と一緒に異世界とやらへ飛ばされました。 何勝手なことをしてくれてんだいと腹が立ちましたので好き勝手やらせてもらいます。 カミサマの許可はもらいました。

虐げられた私、ずっと一緒にいた精霊たちの王に愛される〜私が愛し子だなんて知りませんでした〜

ボタニカルseven
恋愛
「今までお世話になりました」 あぁ、これでやっとこの人たちから解放されるんだ。 「セレス様、行きましょう」 「ありがとう、リリ」 私はセレス・バートレイ。四歳の頃に母親がなくなり父がしばらく家を留守にしたかと思えば愛人とその子供を連れてきた。私はそれから今までその愛人と子供に虐げられてきた。心が折れそうになった時だってあったが、いつも隣で見守ってきてくれた精霊たちが支えてくれた。 ある日精霊たちはいった。 「あの方が迎えに来る」 カクヨム/なろう様でも連載させていただいております

処理中です...