陽沈みて月昇る

町井 宇津

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〜第三章〜 舗装のない道

第十話

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 昇った朝日が空の中心で光り輝き出した頃、大会が開かれる予定の場所ではちょっとした動揺が広がっていた。
 「おい、どう言う事だ。誰も来ねぇぞ」
 「分からん、国王陛下も見にきてんのにな」
 そんな声が人集りからはぽつぽつと漏れてくる。
 「お父様、これは……?」
 そんな人集りよりも一段高く飾られた席にいたエマも混乱したように隣のカジャルに確認する。
 「待っておれ、今調査している」
 いつもより少し弱った様な声の返答。
 「……陛下、」
 そこにフージスが寄ってきてカジャルに耳打ちで何かを伝えていく。
 「では、消えたと……」
 「はい」
 二人の会話が終わるとカジャルは何かを覚悟する様に大きな深呼吸をし、席を立って前に一歩踏み出す。
 「静粛に!」
 カジャルのそのシンプルな一言は広がりつつあった不穏なざわつきを沈める。
 しかし、それを止めた一言もまた不穏なものではあった。
 「……今日、開催が予定されていた大会の中止をここに宣言する!」
 一度は止まったざわつきがまた生まれる。
 それは先程以上の広がりを見せ、たちまち会場を、その辺り一帯すらを埋めた。
 「お父様!どう言う事ですか!」
 ざわつきが浸透したのは何も人集りの方だけではない。
 同様を明らかにし、問い詰めるようにカジャルに迫るエマ。
 しかし、彼女に対しカジャルはただ、「今は言えない」としか答えなかった。
 その日は前日同様に多くので店が出店しており、それを利用する人々の声で賑わったがその賑わいをいいものと感じた者は限りなく少なかった。

 「どう言う事なのよ!」
 部屋に戻ったエマはその疑問をぶつける様に荒々しい様子でドレスを脱ぎ捨てていた。
 「エマ様、はしたないですよ」
 「でも!……」
 「落ち着いて下さい!落ち着きましょう」
 言い聞かせるようなウルザの言葉はエマの中を荒れた波のような精神をゆっくりと収めていった。
 「ごめんなさい……」
 「いいえ、お茶でもお入れしますね」
 エマが落ち着きを取り戻したのを確認するとウルザはそう言ってお茶の準備に取り掛かる。
 「でも、何で中止なんて……」
 「エマ様、どうぞ」
 「ありがとう」
 エマを席に勧め、そこに入れたばかりのお茶を差し出す。
 「そうですね……私も今回の件は少し心配ですね」
 「えっ?心配って?」
 「今回の大会の中止って選手に何かあったからともっぱらの噂ですよ」
 「そ、そうなの!?」
 「ご存知ではなかったのですか?」
 「うん……」
 今の話を聞いていたエマの頭には真っ先にシーデの顔が出ていた。
 そんなことは無いと考えようとしても、一度生まれた不安は消えること無く、紙に落とされた水滴の様にじわじわと広がっていく。
 紅茶に口をつけどうにか落ち着こうとするがその努力は幸をそうすことは無かった。
 「ウルザ……」
 「はい、何でしょうか?」
 「今から部屋を出る、見なかったことにしてくれる?」
 長年一緒にいたウルザにとって彼女が何をしようとしていて、どこに行くのかなんて事はその言葉だけで充分だった。
 「しかし……エマ様「お願い!」」
 唐突に声を荒らげるエマ。
 ウルザには分かっていた、彼女が焦る理由が、涙でその瞳をいっぱいにしてる訳が。
 「お願い……」
 「エマ様……」
 静寂な時間が過ぎ去っていく。
 どちらも視線を落とし、言葉が生まれてこない空間。
 エマは覚悟したように顔を上げて言葉を作る。
 「あのね、実は私、告白されたの……」
 誰に?なんて愚問はない、ウルザもエマの目を見て静かに佇む。
 「大会に優勝したら、私を貰いに来るって……でも、彼は来なかった」
 頬に伝う涙のように、言葉を零していく。
 「で、でも彼は、シーデは今まで約束を破ったことは無いの!一度だって……だから、だから……っ」
 バタンッ。
 エマの足元にいつも外に出る時着ていた服が乱雑に置かれる。
 「ウルザ?」
 そして、ウルザの目の前には天地がひっくり返ったかの様な状態のクローゼットがあった。
 「いけない、私とした事がこんなに散らかしてしまいました」
 エマに背を向けたままウルザは続ける。
 「すぐにでも、片付けなければ……エマ様、今の私には貴方が何をしているのか分からないんですから、勝手にどこかに行かないで下さいね」
 エマからの言葉はない。
 代わりにウルザの背からは布が擦れ落ちる音がする。
 「あー、急がなきゃ……これは一時間位かかるかも知れませんね」
 「……ありがとう」
 「はい?エマ様何かおっしゃいましたか?」
 それにいいえと答えるようにドアを閉める音が部屋をこだました。 
 「いい結果じゃないかも知れません、でも頑張ってください……エマ様」
 そう願う様に呟くとウルザはクローゼットの中の洋服を片付け始める。
 一枚一枚ゆっくりとまるでアルバムのページを捲るように。

 エマは走っていた。
 目的地はもちろんシーデ達含めファイナリスト全員が宿泊していたホテル。
 ホテルとの距離はとても近く、エマの足で走れば五分もかからないような位置にあるホテル。 
 「えっ?姫様!?」
 ホテルの従業員らしき人の声はエマの耳に届こうとも、彼女は足を止めることなくそのまま建物の中へと駆け込んでいく。
 建物の中には外よりも多くの人がいた。
 中にはエマのことに気づき声をかける人もいた。
 しかし、誰一人として彼女は足を遅めることは無くましては、止めることなどなかった。
 三階の一番奥から二つ手前の部屋。
 そこがシーデの宿泊する部屋だった。
 「はぁはぁ……」
 その扉の前に着いたエマは全身で呼吸する様に大きく深呼吸をすると恐る恐るドアをノックする。
 「はい、今出ます」そんな言葉を待っていた。
 いつもの様に男の人にしては少し高くてか細い声で優しい笑みを浮かべて。
 少し困った様な顔しても、何だかんだ我儘に付き合ってくれる彼を待っていた。
 しかし、エマが待ち望んだその時は訪れなかった。
 「……何で、何でよ。シーデ……出てよ」
 扉に倒れ込む様に泣き崩れるエマを支えてくれる人はいなかった。
 それどころか、扉すら支えること無くゆっくりと開いていく。
 「えっ?……なんで……」
 そんな疑問を抱えて部屋に入ろうと少し開いたドアをおした時だった。
 「エマ様、こちらで何を?」
 肩に手を乗せて言われたその言葉にエマは手を乗せられた肩をすくめる。
 「フージス……貴方こそなぜ?」
 「今回の件についての捜査ですよ、エマ様はどうなさったんですか?」
 「何でもないわ……」
 そう言って頬の涙を払うとフージスとその横に控えていたフードの人達を睨み、彼等のあいだを通って進む。
 「何でもないということはないのではないでしょうか?泣きあとも見られますし」
 「貴方には関係ないでしょ!」
 エマはイラつきを隠すことなく言葉を発する。
 彼女にとって方に手を置いた人がシーデであって欲しかったと心の底から思っていただろうし、ましては嫌いな相手にそれをやられて落胆がない人などいないだろう。
 「そんなにお怒りにならないでください」
 「……」
 「姫様が探しているのはあの酒場の息子ですよね?」
 「だから何よ!」
 「いえ、彼がどうなったのか少し分かったものですからお教えしようと思ったのですが……」
 「えっ本当に!?」
 「はい、でも冷静になってからの方がいいでしょうからまた今度にしましょうか」
 勿体ぶる様にゆっくりと炙るような口調で話を進めるフージス。
 「な、何よ、今教えなさい」
 「冷静になってからにしましょう」
 「私は冷静です」
 「そんな筈は、冷静な姫様ならそんな頼み方はしない筈ですよ?」
 周りの煌びやかな飾りが光を反射して楽しげに揺れる。
 「フージス……様、その件について教えていただいてもよろしいですか?」
 エマはフージスに対し、頭を下げていた。
 「はい、実はですね、あの少年を含めてファイナリスト全員が攫われている様なんですよ」
 「本当なの?」
 「……」
 「……本当なんですか?」
 「はい、間違いないかと」
 とそこに横にいたフードの人が慌てたように耳打ちをする。
 「ふっ問題ない、彼女はまだ子供だ」
 「しかし……いえ、失礼しました」
 何か更に言おうとしたがフージスの無言の圧力によってそれは蓋をされてしまう。
 「では、これで失礼します。姫様」
 そう会釈するとシーデの部屋の方へと歩いていく。
 「シーデを探さなきゃ……」
 一人残されたエマは覚悟したような口調でそう呟いて帰路についた。
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
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