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第一章
第一節 第二楽章 バックグラウンド休符譜
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隣にミキがいてくれて本当に助かった。
危うくあたしは脳震盪を起こすところだったのだから。
けど、あの音声は脳震盪より、あたしの意識を奪うのは早かった。
あぁ、いまあたしは夢の中にいるのか。明晰夢というやつだ。孤児院にあった本で読んだことがある。どおりで身体が異様に軽いわけだ。
それにここは、白色灯に覆われているのではないかと錯覚してしまうほど真っ白で、なにもない。
簡単に言えば、その気になれば浮けそうな空間。もしかしたらあたしはもう浮いているのかもしれない。
あたしが玄関前のフローリングで意識を失う直前に聴こえた、あたしの名前を呼ぶ声は、誰のものだったんだろう。
あんなにあたしのことを案じてくれてるような声、孤児院でも発されたことはない。
孤児院……、おかしいな、痛みなんて夢で感じるわけないのに、すごくその単語を浮かべるだけで頭が痛くなる。
「ここに、誰か来てよ……!」
寂しい……。誰かにこの心の空洞を埋めてもらわないと、あたしはこの頭痛から解放される気がしない。
”寂しい”って感情なんて、とっくに捨てたはずなのに、なんなんだよもう。
それにしても、今日は遽しかったなぁ。
外の友だちともすごく酷い別れ方しちゃったし、あたしはすごく取り乱しちゃった。神様に、泣いて、哭いて、祈ったら、なぜかサンタさんが来て、あたしを慰めてくれた。
そしてサンタさんに言われた通りのことをしたら、あたしは本当にあの地獄から解放される未来に来ることができた。不思議なこともあるものだ。
けど、まさかあんなことを院長が思っていたなんてな……。ううん、あれは院長なんかじゃない。本物の悪魔だ。おかげでその瘴気にあてられて、一気にこの真っ白空間に飛ばされたわけで。
気持ちもだけど、身体も動かしたなぁ。
たくさん走った。たくさん視た。たくさん泣いた。たくさん声を出した。たくさん笑った。
たくさん、人に触れられた。
サンタさんに頭を撫でられたのも、おとーさんに抱き締められたのも、なぜか拒絶しようなんて気にはならなかった。
あたしは……、そうか、ずっとミキの手を握りしめてたんだ。怖くて、離れたくなくて。
夢の中なのに左手だけ温かく感じるのは、きっとミキに触れられていたからだろう。
「ねぇ、ミキ。あなたとなら、想い合えるのかな?」
変化の兆しすらない虚無の光に包まれているのに、あたしはその虚空に問う。
「あぁ。これからきっと多くのことがミキを襲うだろう。けれどそれでも君が彼女を手放さないなら、君の祈りも、想いも、必ず届く。」
けれどこの世界は答えをくれた。なんとも優しい世界だ。
「ありがとう。」
あたしはその回答に心からの感謝を伝える。
その直後、世界の光は唐突消えた。それはもう、雷が落ちたときの停電のように。
けれど、あたしの左手はその消えた光の代わりになるかのように、僅かに輝いていた。
その光は小さくはあるけれど、先ほどまでの無機質なそれより、暖かさに溢れていた。
そろそろ、目覚めることができそうだ。なんだか身体自体はすごく重たい……、というか動かしづらいけど。
あたしは左手の光を目に焼き付け、夢から現実に戻った。
「……ゆさ……、ずっと……、隣にいる、から、ね……。」
ミキはあたしの隣で熟睡していた。あたしが照れ臭く感じてしまうような寝言を呟きながら。
あたしの左手を、握りしめたまま。
いつの間にかあたしは一人用のベッドに寝かしつけられていたらしい。夢の中で身動きしづらかったのはミキがあたしの隣で眠っていたからか。
あぁ、そうか。
あのときあたしの名を叫んだ声は……、ミキの声だったんだ。
あの暖かさは……、ミキのものだったんだ。
あの最後の光は、ミキ自身だったんだ。
もう部屋の明かりも消えているし、そのおかげで光が消えたときの夢の中と大差ないほど暗くなっている。陽は落ちきっているのかと思い窓を探すが、この部屋には一つとしてそのようなものはなかった。
「ここが、ミキの部屋……?」
部屋に対する疑問符は尽きないけど、狭いベッドのせいでミキと触れ合ってしまっているあたしの左半身は、ミキの温もりから離れたくないと訴えているのか、けっこう痺れている。
「ミキを起こすのもなんか悪い気がするな……。」
それにしても、ずっとこうして手を離さないでくれていたんだ。
そう思うとあたしはホッとするのと同時に、人の心が宿ってるとあたしが勝手に信じてる左手が、少し熱を持ったのがわかった。
「いまなら……、いいよね。」
自分に言い聞かせるように独り言をこぼす。
そしてあたしは、身体をミキのいる左側に向かせ、自分の右腕をミキの背中に回し、起こしてしまわない程度に、彼女を抱き締めた。
「頼まれても手放してあげないよ。」
そう、夢の中の世界に向けてあたしは誓う。
そして、ミキの温もりにもう一度身を委ね、再びあたしは夢の世界に入る。
次はミキもいる夢でありますように、と左手に願いながら。
危うくあたしは脳震盪を起こすところだったのだから。
けど、あの音声は脳震盪より、あたしの意識を奪うのは早かった。
あぁ、いまあたしは夢の中にいるのか。明晰夢というやつだ。孤児院にあった本で読んだことがある。どおりで身体が異様に軽いわけだ。
それにここは、白色灯に覆われているのではないかと錯覚してしまうほど真っ白で、なにもない。
簡単に言えば、その気になれば浮けそうな空間。もしかしたらあたしはもう浮いているのかもしれない。
あたしが玄関前のフローリングで意識を失う直前に聴こえた、あたしの名前を呼ぶ声は、誰のものだったんだろう。
あんなにあたしのことを案じてくれてるような声、孤児院でも発されたことはない。
孤児院……、おかしいな、痛みなんて夢で感じるわけないのに、すごくその単語を浮かべるだけで頭が痛くなる。
「ここに、誰か来てよ……!」
寂しい……。誰かにこの心の空洞を埋めてもらわないと、あたしはこの頭痛から解放される気がしない。
”寂しい”って感情なんて、とっくに捨てたはずなのに、なんなんだよもう。
それにしても、今日は遽しかったなぁ。
外の友だちともすごく酷い別れ方しちゃったし、あたしはすごく取り乱しちゃった。神様に、泣いて、哭いて、祈ったら、なぜかサンタさんが来て、あたしを慰めてくれた。
そしてサンタさんに言われた通りのことをしたら、あたしは本当にあの地獄から解放される未来に来ることができた。不思議なこともあるものだ。
けど、まさかあんなことを院長が思っていたなんてな……。ううん、あれは院長なんかじゃない。本物の悪魔だ。おかげでその瘴気にあてられて、一気にこの真っ白空間に飛ばされたわけで。
気持ちもだけど、身体も動かしたなぁ。
たくさん走った。たくさん視た。たくさん泣いた。たくさん声を出した。たくさん笑った。
たくさん、人に触れられた。
サンタさんに頭を撫でられたのも、おとーさんに抱き締められたのも、なぜか拒絶しようなんて気にはならなかった。
あたしは……、そうか、ずっとミキの手を握りしめてたんだ。怖くて、離れたくなくて。
夢の中なのに左手だけ温かく感じるのは、きっとミキに触れられていたからだろう。
「ねぇ、ミキ。あなたとなら、想い合えるのかな?」
変化の兆しすらない虚無の光に包まれているのに、あたしはその虚空に問う。
「あぁ。これからきっと多くのことがミキを襲うだろう。けれどそれでも君が彼女を手放さないなら、君の祈りも、想いも、必ず届く。」
けれどこの世界は答えをくれた。なんとも優しい世界だ。
「ありがとう。」
あたしはその回答に心からの感謝を伝える。
その直後、世界の光は唐突消えた。それはもう、雷が落ちたときの停電のように。
けれど、あたしの左手はその消えた光の代わりになるかのように、僅かに輝いていた。
その光は小さくはあるけれど、先ほどまでの無機質なそれより、暖かさに溢れていた。
そろそろ、目覚めることができそうだ。なんだか身体自体はすごく重たい……、というか動かしづらいけど。
あたしは左手の光を目に焼き付け、夢から現実に戻った。
「……ゆさ……、ずっと……、隣にいる、から、ね……。」
ミキはあたしの隣で熟睡していた。あたしが照れ臭く感じてしまうような寝言を呟きながら。
あたしの左手を、握りしめたまま。
いつの間にかあたしは一人用のベッドに寝かしつけられていたらしい。夢の中で身動きしづらかったのはミキがあたしの隣で眠っていたからか。
あぁ、そうか。
あのときあたしの名を叫んだ声は……、ミキの声だったんだ。
あの暖かさは……、ミキのものだったんだ。
あの最後の光は、ミキ自身だったんだ。
もう部屋の明かりも消えているし、そのおかげで光が消えたときの夢の中と大差ないほど暗くなっている。陽は落ちきっているのかと思い窓を探すが、この部屋には一つとしてそのようなものはなかった。
「ここが、ミキの部屋……?」
部屋に対する疑問符は尽きないけど、狭いベッドのせいでミキと触れ合ってしまっているあたしの左半身は、ミキの温もりから離れたくないと訴えているのか、けっこう痺れている。
「ミキを起こすのもなんか悪い気がするな……。」
それにしても、ずっとこうして手を離さないでくれていたんだ。
そう思うとあたしはホッとするのと同時に、人の心が宿ってるとあたしが勝手に信じてる左手が、少し熱を持ったのがわかった。
「いまなら……、いいよね。」
自分に言い聞かせるように独り言をこぼす。
そしてあたしは、身体をミキのいる左側に向かせ、自分の右腕をミキの背中に回し、起こしてしまわない程度に、彼女を抱き締めた。
「頼まれても手放してあげないよ。」
そう、夢の中の世界に向けてあたしは誓う。
そして、ミキの温もりにもう一度身を委ね、再びあたしは夢の世界に入る。
次はミキもいる夢でありますように、と左手に願いながら。
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