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1.望まれぬ婚姻
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肌を焼く日差しの、ジリジリと身を刺すような感覚が珍しい。
自国は一年の多くが雪に埋もれ、冬季を越えても曇天が空を覆うため直射日光が地上に届くことは滅多にないため、太陽の光を肌で感じることは彼にとっては貴重な経験であった。
「レオナルド、ぼさっとするな。置いていくぞ」
牙を向く狼のように刺のある声が、日差しの感触に気を引かれ、足を止めていたレオナルドを呼ぶ。
振り返り、左右非対称に切り揃えられたレオナルドの前髪が揺れた。
白銀の髪が日差しで色を変えてしまうのではないかと不安になる強い光の中、パールグレイの瞳は先に歩いていた兄弟達が角の喫茶店に入る姿を捉えていた。
駆け足で兄たちに続きドアを開ければ、すでに兄弟たちは席に着いていた。レオナルドは空けられていた席に腰を下ろす。
「なんだ、美人でもいたか?」
先程レオナルドを呼んだ青年、ヴァインスがにやにやとテーブルに頬杖を付いてレオナルドに問いかけた。
何かにつけて女性に絡めないと物を考えられない浮わついたヴァインスに、苛立ちを隠せずレオナルドはふいと顔を背けた。
「ふふ、ヴァンではないのだから、それはないと思うよ」
レオナルドが答える気がないと判断し、長男のアレクシスが苦笑混じりに否定の言葉を口にした。
彼は体を背もたれに預けると、呼吸を落ち着けるように大きく息を吐く。レオナルドよりも青みが強い銀髪を耳の後ろで一つに結わえていたが、慣れない日差しから受けた熱を放出しきれなかったのか火照った顔で息を整えていた。
アレクシスの隣では、末妹のシェリーが愛らしいレースのハンカチで彼の額の汗を拭き取っている。
体調に問題のないシェリーが、兄よりも辛そうな顔をしていた。
レオナルドはヴァインスの問いなどなかったような顔で、アレクシスへと体調を気遣う声を掛ける。
「兄様、やはり戻った方がいいのではないですか?」
「少し休めば大丈夫だよ」
「俺もレオナルドに賛成だがな。この日差しで出歩くのはきついだろ」
二人の弟に言われ、アレクシスは困った様子で頬を掻いた。
隣ではシェリーも頷いており、益々アレクシスは眉根を寄せる。澄んだターコイズブルーの瞳には、不安げな弟たちの顔が映る。
遠目に見れば、彼らはどこにでもいる兄弟に映るだろう。
しかし、彼らをアカネース王国で姿を見かけるのは本来ならばあり得ない。
それは、彼らの外見を見れば理由が明白であった。
四人揃っての透き通るような白い肌と色素の薄い髪や瞳は、彼らが隣国レイノアール王国の人間であることを証明していた。
アカネース国民からみれば、レイノアール王国は数ヵ月前まで侵略戦争を仕掛けていた国だ。停戦条約が締結されたとはいえ、まだ一月も経ってはいない。
両国の間で特産物の行き来は始まっていたが、人の行き来はまだ盛んではなかった。現在両国間を行き来するのは、身の危険と引き換えに商売のチャンスを掴もうとする商人くらいである。
そのような状況の中でも、彼ら兄弟が平気な顔で街を回れるのには理由がある。
「お兄様に何かあったらレイノアール王国はどうなるのですか……」
「シェリーの言う通りです。兄様は次期国王としての自覚が足りません」
心から心配の念を籠めて目を伏せるシェリーと、厳しい物言いながら困った様子で眉を潜めるレオナルド。二人の兄弟の気持ちを受け、申し訳なさそうにアレクシスは頬を掻いた。
頼りなさそうな表情を浮かべるアレクシスは、見た目の穏やかな雰囲気からは連想しにくいがレイノアール王家の正当な血を引く第一王子である。
そして、そのアレクシスの兄弟であるレオナルド達もまたレイノアール王家の継承権を持つ王子達なのだ。
この先友好を深めていくことになる国を自分の目で見よ。それが父の言葉であり、国王としての命令であった。
その命があり、護衛の騎士達が距離を取り見守る中で彼らは安全に街を見物している。
「しかし、せっかく自由に街を見て回って良いと父上から許しを頂いたのだから、少しくらい……」
「何が楽しいのかさっぱりだな。ま、今戻ったところでどうせ俺たちは暇なだけか。くだらないこと決めるのにどれだけ時間使う気なんだろうな」
「くだらないと言うけど、大事な話なんだよ?」
「はいはい。婚約者がいる兄上様には関係ない話だからいいよな、他人事でいられて」
ヴァインスが何を言いたいかがわかり、自然とレオナルドの眉間にはしわが寄せられる。
この件については、レオナルドも他人事ではいられない。だが、ヴァインスよりは大陸全土の現状を理解しているつもりのレオナルドは、兄のように婚姻をただの厄介事だと捉えることは出来なかった。
「……実際に、アカネース国とこれ以上戦争を続けていたら今度は背後から帝国が攻めてきます。今回の婚姻はヴァインス兄様が思う以上に重要なのですよ」
神妙な面持ちのレオナルドを一瞥し、ヴァインスは面倒くさそうに舌を鳴らした。
レイノアール国の北方には、広大な国土を持つレイノアールよりも更に広い領土と協力な軍を持つハディアス帝国が構えている。ハディアス帝国は積極的に他国に侵略の手を伸ばす軍事大国として大陸中に名を知られていた。
現在も北西に隣接する小国へと軍を派遣しているという話が届いており、隣接する国々にとっては常に動向を窺わねばならない危険な国であった。
「さすがに今年のうちにハディアスが侵攻してくることはないでしょうけど、早いうちにアカネースとの戦争で疲弊した国力を回復させないと安心できません」
「レオン、本当に今年のうちの侵攻はないと言い切れるのかい? 確かにあの国は今ソノンの遊牧民たちを侵略対象としているようだけれど、あの国は同時に他方向へ侵攻ができるだけの力はあるよ」
少しだけ顔色が良くなったアレクシスは、真剣な顔付きでレオナルドへと問い掛けた。これから長い冬季が訪れようとしているレイノアールにとって、残りの一年というのは思った以上に長い。
それまでにソノンの制圧を終え、次の矛先をレイノアールに向けることはありえない話ではない。
しかしレオナルドは心配はないと首を振る。
「ハディアス帝国の軍は確かに強力ですが、冬が訪れてしまえばレイノアールへと侵攻することはほとんど不可能となるでしょう。国境の高山地帯は天然の要塞ですし、冬は僕らと同じで雪の多い国でありながら、酪農や高山植物の栽培には力を入れていませんから満足に食物も育てられません」
今までもハディアス帝国は隣接国の中で、レイノアールだけは積極的に手出しをしていなかった。広大な土地と厳しい冬を乗り切るための食料調達の技術は最も欲するところであろうが、天然の城塞がそれを邪魔している。
「本当はアカネースと戦争をしている間に背後から侵略をしたかったのでしょうけれど、それはアカネースを手助けする形となるからやらなかったのだと思います。でも、両国が疲弊しきったところでハディアス帝国が立ち上がれば、二国纏めて手中に収めることができたでしょうね」
冬季が目前に迫り、なおかつ疲弊が進んだタイミングでの停戦は間違っていないとレオナルドは思う。
「そうなると、二国間の停戦とそれが嘘でないことの証明としての婚姻の発表を急がないとならないね。それだけでも、ある程度は帝国の抑止力となるだろうから」
アレクシスの言葉に、レオナルドは強く頷いた。
レイノアール王国を守るために、婚姻は大きな意味を持つ。そのことを全く考えていないヴァインスに冷たい視線を送るが、彼はどこ吹く風で両手を頭の後ろで組むとため息を吐いた。
「停戦のために、両王家が婚姻を結ぶなんて女どもの好きそうな悲恋の題材にはぴったりだな」
「ああ、それは確かにね。悲恋を題材にした歌には美しいものが多い」
ヴァインスにとってはレオナルドへの嫌みのつもりだったのだが、歌や絵画など芸術に強い興味を抱くアレクシスに嫌味は通じず、彼は火がついたように様々な作曲家の名前を口にし始めた。
芸術が絡むと周りが見えなくなる。それをつい忘れていたヴァインスは、面倒くさそうに首を回して視線だけをレオナルドに投げる。
適当なところで切り上げろ。そう告げるヴァインスの目配せを無視し、レオナルドは窓の外に目をやった。
王城と、青い空が見える。
冷たい印象を与える石造りの城は、見慣れた自国の城と大差ない。しかし、背後を飾る空の色が明るくなるだけで与える印象は生き生きとした活気ある建物に見えるから不思議だった。
自国は一年の多くが雪に埋もれ、冬季を越えても曇天が空を覆うため直射日光が地上に届くことは滅多にないため、太陽の光を肌で感じることは彼にとっては貴重な経験であった。
「レオナルド、ぼさっとするな。置いていくぞ」
牙を向く狼のように刺のある声が、日差しの感触に気を引かれ、足を止めていたレオナルドを呼ぶ。
振り返り、左右非対称に切り揃えられたレオナルドの前髪が揺れた。
白銀の髪が日差しで色を変えてしまうのではないかと不安になる強い光の中、パールグレイの瞳は先に歩いていた兄弟達が角の喫茶店に入る姿を捉えていた。
駆け足で兄たちに続きドアを開ければ、すでに兄弟たちは席に着いていた。レオナルドは空けられていた席に腰を下ろす。
「なんだ、美人でもいたか?」
先程レオナルドを呼んだ青年、ヴァインスがにやにやとテーブルに頬杖を付いてレオナルドに問いかけた。
何かにつけて女性に絡めないと物を考えられない浮わついたヴァインスに、苛立ちを隠せずレオナルドはふいと顔を背けた。
「ふふ、ヴァンではないのだから、それはないと思うよ」
レオナルドが答える気がないと判断し、長男のアレクシスが苦笑混じりに否定の言葉を口にした。
彼は体を背もたれに預けると、呼吸を落ち着けるように大きく息を吐く。レオナルドよりも青みが強い銀髪を耳の後ろで一つに結わえていたが、慣れない日差しから受けた熱を放出しきれなかったのか火照った顔で息を整えていた。
アレクシスの隣では、末妹のシェリーが愛らしいレースのハンカチで彼の額の汗を拭き取っている。
体調に問題のないシェリーが、兄よりも辛そうな顔をしていた。
レオナルドはヴァインスの問いなどなかったような顔で、アレクシスへと体調を気遣う声を掛ける。
「兄様、やはり戻った方がいいのではないですか?」
「少し休めば大丈夫だよ」
「俺もレオナルドに賛成だがな。この日差しで出歩くのはきついだろ」
二人の弟に言われ、アレクシスは困った様子で頬を掻いた。
隣ではシェリーも頷いており、益々アレクシスは眉根を寄せる。澄んだターコイズブルーの瞳には、不安げな弟たちの顔が映る。
遠目に見れば、彼らはどこにでもいる兄弟に映るだろう。
しかし、彼らをアカネース王国で姿を見かけるのは本来ならばあり得ない。
それは、彼らの外見を見れば理由が明白であった。
四人揃っての透き通るような白い肌と色素の薄い髪や瞳は、彼らが隣国レイノアール王国の人間であることを証明していた。
アカネース国民からみれば、レイノアール王国は数ヵ月前まで侵略戦争を仕掛けていた国だ。停戦条約が締結されたとはいえ、まだ一月も経ってはいない。
両国の間で特産物の行き来は始まっていたが、人の行き来はまだ盛んではなかった。現在両国間を行き来するのは、身の危険と引き換えに商売のチャンスを掴もうとする商人くらいである。
そのような状況の中でも、彼ら兄弟が平気な顔で街を回れるのには理由がある。
「お兄様に何かあったらレイノアール王国はどうなるのですか……」
「シェリーの言う通りです。兄様は次期国王としての自覚が足りません」
心から心配の念を籠めて目を伏せるシェリーと、厳しい物言いながら困った様子で眉を潜めるレオナルド。二人の兄弟の気持ちを受け、申し訳なさそうにアレクシスは頬を掻いた。
頼りなさそうな表情を浮かべるアレクシスは、見た目の穏やかな雰囲気からは連想しにくいがレイノアール王家の正当な血を引く第一王子である。
そして、そのアレクシスの兄弟であるレオナルド達もまたレイノアール王家の継承権を持つ王子達なのだ。
この先友好を深めていくことになる国を自分の目で見よ。それが父の言葉であり、国王としての命令であった。
その命があり、護衛の騎士達が距離を取り見守る中で彼らは安全に街を見物している。
「しかし、せっかく自由に街を見て回って良いと父上から許しを頂いたのだから、少しくらい……」
「何が楽しいのかさっぱりだな。ま、今戻ったところでどうせ俺たちは暇なだけか。くだらないこと決めるのにどれだけ時間使う気なんだろうな」
「くだらないと言うけど、大事な話なんだよ?」
「はいはい。婚約者がいる兄上様には関係ない話だからいいよな、他人事でいられて」
ヴァインスが何を言いたいかがわかり、自然とレオナルドの眉間にはしわが寄せられる。
この件については、レオナルドも他人事ではいられない。だが、ヴァインスよりは大陸全土の現状を理解しているつもりのレオナルドは、兄のように婚姻をただの厄介事だと捉えることは出来なかった。
「……実際に、アカネース国とこれ以上戦争を続けていたら今度は背後から帝国が攻めてきます。今回の婚姻はヴァインス兄様が思う以上に重要なのですよ」
神妙な面持ちのレオナルドを一瞥し、ヴァインスは面倒くさそうに舌を鳴らした。
レイノアール国の北方には、広大な国土を持つレイノアールよりも更に広い領土と協力な軍を持つハディアス帝国が構えている。ハディアス帝国は積極的に他国に侵略の手を伸ばす軍事大国として大陸中に名を知られていた。
現在も北西に隣接する小国へと軍を派遣しているという話が届いており、隣接する国々にとっては常に動向を窺わねばならない危険な国であった。
「さすがに今年のうちにハディアスが侵攻してくることはないでしょうけど、早いうちにアカネースとの戦争で疲弊した国力を回復させないと安心できません」
「レオン、本当に今年のうちの侵攻はないと言い切れるのかい? 確かにあの国は今ソノンの遊牧民たちを侵略対象としているようだけれど、あの国は同時に他方向へ侵攻ができるだけの力はあるよ」
少しだけ顔色が良くなったアレクシスは、真剣な顔付きでレオナルドへと問い掛けた。これから長い冬季が訪れようとしているレイノアールにとって、残りの一年というのは思った以上に長い。
それまでにソノンの制圧を終え、次の矛先をレイノアールに向けることはありえない話ではない。
しかしレオナルドは心配はないと首を振る。
「ハディアス帝国の軍は確かに強力ですが、冬が訪れてしまえばレイノアールへと侵攻することはほとんど不可能となるでしょう。国境の高山地帯は天然の要塞ですし、冬は僕らと同じで雪の多い国でありながら、酪農や高山植物の栽培には力を入れていませんから満足に食物も育てられません」
今までもハディアス帝国は隣接国の中で、レイノアールだけは積極的に手出しをしていなかった。広大な土地と厳しい冬を乗り切るための食料調達の技術は最も欲するところであろうが、天然の城塞がそれを邪魔している。
「本当はアカネースと戦争をしている間に背後から侵略をしたかったのでしょうけれど、それはアカネースを手助けする形となるからやらなかったのだと思います。でも、両国が疲弊しきったところでハディアス帝国が立ち上がれば、二国纏めて手中に収めることができたでしょうね」
冬季が目前に迫り、なおかつ疲弊が進んだタイミングでの停戦は間違っていないとレオナルドは思う。
「そうなると、二国間の停戦とそれが嘘でないことの証明としての婚姻の発表を急がないとならないね。それだけでも、ある程度は帝国の抑止力となるだろうから」
アレクシスの言葉に、レオナルドは強く頷いた。
レイノアール王国を守るために、婚姻は大きな意味を持つ。そのことを全く考えていないヴァインスに冷たい視線を送るが、彼はどこ吹く風で両手を頭の後ろで組むとため息を吐いた。
「停戦のために、両王家が婚姻を結ぶなんて女どもの好きそうな悲恋の題材にはぴったりだな」
「ああ、それは確かにね。悲恋を題材にした歌には美しいものが多い」
ヴァインスにとってはレオナルドへの嫌みのつもりだったのだが、歌や絵画など芸術に強い興味を抱くアレクシスに嫌味は通じず、彼は火がついたように様々な作曲家の名前を口にし始めた。
芸術が絡むと周りが見えなくなる。それをつい忘れていたヴァインスは、面倒くさそうに首を回して視線だけをレオナルドに投げる。
適当なところで切り上げろ。そう告げるヴァインスの目配せを無視し、レオナルドは窓の外に目をやった。
王城と、青い空が見える。
冷たい印象を与える石造りの城は、見慣れた自国の城と大差ない。しかし、背後を飾る空の色が明るくなるだけで与える印象は生き生きとした活気ある建物に見えるから不思議だった。
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