爪弾き者の第一王女は敵国の年下王子の妻となる

河合青

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2.雪の降る国

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「俺としてはいいんじゃないかって思いますよ。ちょっとクセは強そうですが」
 レオナルドはジョルジュから差し出された手紙を受け取り、イヴァンからの報告に目を通す。
 几帳面に並ぶ文字から伝わるのは、この一週間でイヴァンが目にした城内の様子と第一王女の姿。
「……なんというか、淡々と準備に追われていたようだね」
「慌ただしく過ごすよりはいいんじゃないですか? まぁ、周囲からは色々されたそうですけどね。ドレスも台無しになったとか」
 レオナルドの手元を覗き込み、ジョルジュが下の方を指差した。
「本当だ。どうするのかな」
「まあ、なんとかできるんでしょうね。そうでなければイヴァンの方から用意する必要があると言ってきますし、その程度で狼狽えられたら今までよく生き残れたなあって感心してしまいます」
「確か姫は母親が妾で、その上平民だったよね。後ろ楯がない第一王女は確かに生き残るだけでも厳しそうだ」
「だから、クセが強そうなんですよ。二十歳まで城の中で生き残れるということは、相当な無能か曲者かです」
 断言するジョルジュに、レオナルドも頷いた。レイノアール国ですら、正当な後ろ楯を持っていながら淘汰される王子王女は存在する。
 生き残れたのは彼の言う通り、無能か曲者のどちらかでしかない。どちらであっても、迎える側としては厄介以外の何でもない。
 しかし、レオナルドはアカネース国で聞いた娘の言葉を思い出す。
「……ねぇ、ジョルジュ。愛と恋の違いって何?」
「また唐突に……。どうしたんですか」
 第一王女は貴方を愛すると、アカネースの娘は叫んだ。顔は朧気で、声もはっきりとは覚えていないけれど、投げられた言葉だけは手放してはいない。
 不思議そうに首をかしげたジョルジュを見上げ、レオナルドは目を伏せた。
 先程の質問の意図が、自分自身でもよくわからなかった。ただ、愛するという言葉を使った娘の思いが今でも理解できないのだ。
 特に、男女間の愛や恋はレオナルドには難しい。
 父と母が愛し合っているようには思えない。これまで自分に言い寄ってきた貴族の娘たちはその瞳に映る権力への媚が見えてしまったから、恋に落ちる前に現実に帰ってくる。
 兄や妹、ジョルジュやイヴァンを大切に思う気持ちは愛だと言われれば、レオナルドも少しは納得ができた。しかし、それは親愛や友愛に近いもので、夫婦の愛とは異なってくるだろう。
 考えれば考えるほどに絡まり出す思考を、振り払ったのはジョルジュの大きな掌だった。
「難しく考えなくてもいいですよ」
 への字に結ばれたレオナルドの唇をほどくように、ジョルジュの両の掌がレオナルドの頬を包み込んだ。
 真っ直ぐにレオナルドを見つめるムーングレイが仮面の奥で煌めいて、緩やかに細められる。
「恋は衝動的なもの、そして不安定なものです。ですが、愛は堅い決意です。俺やイヴァンがレオン様に抱く想いは、間違いなく愛です。貴方のために仕えるという決意ですから」
「決意……?」
「えぇ。愛するということは、自分の心で決めて良いのです」
 ジョルジュはレオナルドの頬から手を離すと、嬉しそうに声を弾ませた。
「レオン様はきっと、アカネースの姫を愛そうとしているのですね」
 肯定することも、否定することも出来ずに、レオナルドは呆然とジョルジュを見上げていた。
 自分が、アカネースの姫を愛そうとしている。そんなことは、意識したこともなかったからだ。
 そして、ジョルジュの言葉の通りなら、アカネースの姫はこの婚姻に堅い決意を持って挑む人間ということになる。所詮は従者の娘の言い分でしかなかったが、姫を間近に見た人間の言葉なら信憑性は低くはないだろう。
 レオナルドは、自分の胸に手を置いてまだ花の咲いている白の庭園に目を向けた。雪のない庭には、僅かだが白い薔薇が咲いていた。
「ああ、レオンにジョルジュ。こんなところでどうかしたのかい?」
 二人きりの渡り廊下に新しく響いた声。
 穏やかな陽光を思わせる柔らかな声音に、レオナルドはほっと息を吐いた。
「兄様。長旅お疲れさまでした」
「うん。レオンもお疲れさま。アカネースの姫君はこちらに着いたその日に式だというから大変だね」
 微笑み掛けるアレクシスへと、ジョルジュは深々と頭を下げる。
「ご無事のお戻り、心よりお喜び申し上げます。しかし、やはり国境の山越えには時間が掛かるのでしょうか?」
「そうだね。ジョルジュは向こうに行ったことはないのだったかな? 雪の時期だったらもっと帰るのが遅くなったと思うよ」
 心地よく靴音を響かせてレオナルドの元へと歩み寄ると、アレクシスはレオナルドの隣に立ち同様に庭園に目を向ける。
 今は色彩豊かな庭園も、雪が降れば白一色に染まってしまう。
 アレクシスはどちらも好ましく、季節の移ろいに愛しさが募るのであった。
「そういえば、僕ら兄弟の中でレオンが一番に結婚することになったね」
「確かに、言われてみれば。兄様には婚約者がおりましたから、もう結婚しているも同然の気でいました」
「彼女の父は宰相だからね。私に正式な継承権が移るまでは婚姻を結ばせたくないのだと思うよ」
「逆に婚姻を結んでしまった方が、兄様の王位が揺るがぬものになるかと思うのですが」
 正直なところ、レオナルドは宰相のユーインのことをあまり好ましく思ってはいなかった。
 好戦派であった前王に反対し反戦派の現王に付いたユーインの本心が、現王の思想に共感してのものであるのか、自分が宰相という地位を得るためであったのか判断が付かない。
 本人は武闘派ではないため好戦的な性格ではないのだが、アカネース国に対して敵対的で、和平条約を結ぶ際にも締結文の文言を上手い具合に不平等条約となるように作成していた人物である。
 優秀であることは否定しないが、野心家な面が強すぎるような気もしている。
 娘のイセリナは既に十八であり、このまま数年もユーインの様子見に付き合って未婚のままというのは気の毒でもあった。
「ユーインが何を思って様子見をしているか、私には見当も付かないな。こういうのはレオンの方が知恵が回ると思うけど?」
「僕がユーインの立場なら、早々に兄様とイセリナ嬢の婚姻に踏み切ります。先程も言った通り、それが兄様の地盤を固めることに繋がりますから」
 困った様子で眉尻を下げ、アレクシスはジョルジュへと矛先を向けた。
「ジョルジュはどう考える?」
「俺ですか?」
 まさか、自分に話が振られるとは思っていなかった。しかし、レオナルドの部下としては適当に答えるわけにはいかない。
「……アレクシス様の地位を固めるよりも様子見を選んでいるということは、まだ状況が変わる可能性があると考えているのだと思います。つまり、ユーイン様は三人の王子の中でどなたが王位を継がれるか、掴みかねているのでしょう」
「掴みかねているって……。娘を兄様の婚約者にしておいて?」
「そりゃ、最も可能性が高いのはいつでも第一王子ですから早めに繋がりを作っておきたかったのでしょう。正妃様も、宰相殿の娘となれば文句はありません」
 ジョルジュの言い分は理解できたが、レオナルドにはユーインがアレクシスを後継者として踏み切れない理由がわからなかった。
 確かにアレクシスは政治に対しての関心は弱い。
 しかし、穏やかな人柄で人望は厚く、足りない部分を周囲と補い合いながら物事を進めていくことが出来る。歴代の王にも似たような者は存在し、その治世は穏やかに過ぎていくことが多かったはずだ。
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