爪弾き者の第一王女は敵国の年下王子の妻となる

河合青

文字の大きさ
45 / 56
2.雪の降る国

13

 オズマン邸での夕食は基本的にヴィオレッタ一人でとっている。
 ゴーゼルは仕事が忙しく夕食の時間に邸宅にいないことが多く、今日のように来客があれば尚更に時間が合わない。使用人たちと共に食事をとるなどもっての他である。
 この世の贅沢を詰め込んだ広い食卓に一人、側に侍女が控えてはいるが、一人ヴィオレッタは粛々とナイフとフォークを進めていた。
 リーゼロッテが訪れているのだから、今夜も食事は別々だろう。ゴーゼルと食卓を共にするときはいつも窮屈で、ただでさえ味気のない食事が益々無味なものとなってしまう。
「今日、ゴーゼルがこちらに戻ってくる時間は聞いている?」
 そこに存在しないかのように、気配を消して佇む侍女にヴィオレッタは訪ねた。彼女は伏せていた瞼を持ち上げ、少々煩わしそうに唇を引き結ぶ。
「いいえ。リーゼロッテ様がいらしておりますので、お食事はご一緒に外でと伺っております」
 そう、と頷くヴィオレッタの瞳には安堵と、少しばかりの寂しさが含まれていた。ヴィオレッタ自身にはその正体が寂しさであることには気付いていない。ただ、誰一人知る顔のない舞踏会に放り出されたような居心地の悪さを感じていた。
「……おや、旦那様がお戻りになられたようです」 
 ヴィオレッタには興味のないゴーゼルの足音も、侍女は敏感に察するらしい。彼女は扉へと駆け寄ると、待ちわびていた心を隠すように丁寧に、主を部屋へと招き入れた。
「お帰りなさいませ、旦那様」
「あぁ、ただいまシィナ。ヴィオラは……あぁ、いるね」
 侍女へと微笑み掛けると、ゴーゼルは手荷物を彼女へと手渡し片付けるように命じた。先程まで色のない顔しかできなかった侍女が、それはそれは嬉しそうにゴーゼルの荷物を抱えて走り去る様を見て、ヴィオレッタはテーブルの下で拳を握りしめた。
 自分に対しては冷たい態度しか見せない侍女が腹立たしい。例え政略結婚でそこに愛はなくとも、自分の旦那に色目を使う女が憎らしい。
 そして何より、今のこの環境を作り出してしまった自分自身が憎らしくて嫌いだった。
 ヴィオレッタは立ち上がると、妻として形だけでもゴーゼルを迎えるようにその場で頭を下げた。
「お帰りなさいませ。……お姉様とお食事と伺っていたから、もっと遅くなるものだとばかり思っていたわ」
 あなた、女性の客を相手にすると一晩帰ってこないこともあるものね。
 心に浮かんだ言葉は、自分を惨めにするだけなので口には出さなかった。
「商談自体は円満に進んだから、食事は本当に友好を深めるためだけだったのでね。リーゼロッテ様もお疲れだろうから早めにお開きにしたんだよ」
 穏やかな声色はその言葉が嘘ではないことを証明している。
 数時間前に浴びせられた言葉の冷たさとは正反対だった。
 ヴィオレッタは、少しだけほっとしている。ゴーゼルの仕事に興味はないが、自分の仕出かした行為が大きな問題を引き起こしたとなってしまえば益々この屋敷で居心地が悪くなってしまう。
 小さく息を吐いた彼女に首を傾げつつ、ゴーゼルは彼女の隣へと場所を移した。突然詰められた距離に困惑を隠しきれず、ヴィオレッタは怯えた小鳥のような瞳でゴーゼルを見上げる。
「彼女に聞いたんだ。この先に不安はないのか、と」
「それが、なにか?」
 胸の前で握りしめた拳を空いていた片手で包み、ヴィオレッタはゴーゼルを睨み付ける。得体の知れない不安を隠すための虚勢でしかないことは、ヴィオレッタ自身がよくわかっている。
 下手をすれば親子程歳の離れた妻を見下ろすゴーゼルの糸目がちな瞳には彼の心が現れにくく、口元には本音かわからぬ微笑みが浮かんでいる。
「何て答えたと思う?」
 試すような問いかけだった。ヴィオレッタはあからさまに表情を険しく歪ませると、両腕を組んで顔を背けてしまった。
「くだらない。どうせあの人のことだから、涼しい顔で言ったのでしょう? 『不安なんてありません。私は平和のために尽くします』とね」
 まるで聖母のように微笑んで、この世の醜さなど知らないような顔をするのだろう。想像が容易過ぎて、ヴィオレッタは意識せずともため息を吐いてしまった。
 ヴィオレッタはリーゼロッテの笑顔が嫌いだった。幼い頃から、ずっと思っていたことだった。
 リーゼロッテの笑顔は、冷たい。心の機微が顔に出るのではなく、人との間に明確な拒絶を望むとき彼女は女神のように微笑む。
「私もそう思ったんだけどね、あの方はどうやら私たちが考えるよりもずっと厄介な人のようだ」
感想 0

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
 第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。  言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。  喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。    12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。 ==== ●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。  前作では、二人との出会い~同居を描いています。  順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。  ※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。

「お前を愛する事はない」を信じたので

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」 お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。

白い結婚のまま、旦那様は薔薇のような美人に夢中になりました

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢リディアは、美貌で有名な侯爵レオンハルトに嫁いだ。 けれど結婚して二年、夫婦は一度も結ばれないまま――白い結婚だった。 それでも旦那様は優しかった。 冷たいわけではない。気づかいの言葉も、穏やかな笑顔もくれる。 だからリディアは、愛されてはいなくても、いつか少しは夫婦になれるのではないかと信じていた。 そんなある日、彼女は知ってしまう。 旦那様が薔薇の君と呼ばれる絶世の美女に心を奪われていることを。 彼が触れなかったのは私にだけだったのだと。 都合のいい奥方として、役に立っていたと悟る 静かに離縁を決意したリディアは、実家へ戻ったあと、女子学院で働き始める。 すると侯爵夫人時代には当たり前だった実務のすべてが、外では驚くほど必要とされていた。 感謝され、認められ、自分の足で立ち始めた彼女は、少しずつ見違えるほど美しくなっていく