爪弾き者の第一王女は敵国の年下王子の妻となる

河合青

文字の大きさ
48 / 56
2.雪の降る国

16

「お初にお目にかかります。わたくし、レオナルド様の御命令で王女様をお迎えに上がりました。名はジョルジュ・エスト。気軽にジョルジュ、とお呼びなさってください」
 翌日の正午、リーゼロッテの宿舎を訪ねたのはレイノアール王国の使いだという三人の男であった。
 その中の一人、顔を隠す仮面が目を引く青年が、まるで道化師のような演技掛かった口調でリーゼロッテの足元へと膝を付いた。残りの二名はジョルジュに不満げな視線を送りながら、その場で深く礼をしている。
 既にリーゼロッテ側の出立準備は整っている。元々荷はオズマン商会の馬車で、彼らがレイノアール国へと運ぶ商品と共に運ぶ予定となっていたため、レイノアールからの馬車にはリーゼロッテだけが乗り込むこととなる。
「では、道中お気をつけて。なにかありましたら、私の部下もご同行いたしますからお声掛けください」
「ありがとうございます、ゴーゼル。……ヴィオレッタも、お元気で」
 見送りの場には、ヴィオレッタも顔を見せていた。彼女は複雑な胸中を隠すように目を伏せると、小さな声で「お姉様も」とだけ応えた。
 ゴーゼルとヴィオレッタだけではない。見送りにはその他のオズマン商会の社員も顔を見せている。
 第一王女を一目見たいという野次馬根性の者もいれば、レイノアールに旅立つ同僚を見送りに来た者もいる。しかし、その中にマリンハルトの姿はなかった。
 リーゼロッテはそれ以上声を掛ける相手もなく、足元に跪くジョルジュに顔を上げさせる。
「それではジョルジュ。それにお二方も。今日からはレイノアール国の人間として、よろしくお願い致します」
「レオナルド様の奥様ということは、わたくしにとっても仕える主ということになりますから。この命を掛けて、貴方様をお城へとお連れいたします」
 ジョルジュの一言一言に、他の男たちが厄介そうに眉をしかめたのをリーゼロッテは見逃さない。既に何らかの思惑が動き出していることを察するには十分であった。

 レイノアール国へ入国を果たして、四日目の夜。王都に近く国の流通の要となっている大都市ゼレノスで最も大きな宿泊施設が、旅の最後となるだろう。
 王都へ向かう商人の通り道となるこの町では多くの宿で警備の私兵を抱えているため、治安の良さは国内一である。
 ゼレノスで最も高価かつ私兵の腕が立つ宿に部屋を取ったリーゼロッテ達は、明日の王都入りの準備を終え、思い思いの時間を過ごしていた。
「旅の疲れが溜まっていらっしゃるというのに、お手数をお掛けしてしまって申し訳ありませんでした」
「いいえ。私も自分の目で確認した方が安心できますから構いません」
 レイノアール行きに同行したオズマン商会の青年タキへと微笑み掛けたリーゼロッテ。つい先ほどまで、彼女はタキに頼まれ荷の点検に付き添っていたのだ。
 積み荷の点検を終え、タキはリーゼロッテを部屋に送るため隣を歩く。
 これまでの道中ではジョルジュがリーゼロッテの側を離れず、馬車にも同席していたのだが、ゼレノスの街で問題は起こらないだろうと考えているのか珍しくその姿はない。
「これでリーゼロッテ様のお荷物と我々の商品が混ざる心配はございませんから、明日の荷下ろしもスムーズに行えると思いますよ。……ところで、リーゼロッテ様。そちらは何なのでしょうか?」
 穏和な笑みを浮かべていたタキは、不思議そうな目をリーゼロッテの腕に抱えられている箱に向けた。胸に抱ける程度の大きさの木箱は、商品に紛れてオズマン商会の積み荷に混ざってしまっていたリーゼロッテの荷物である。
「これは城を出るときに従者から贈られたものです。街の者が用意したものらしく、私も中身は見ていないのですが……」
 リーゼロッテの言葉に、タキは瞳を輝かせる。王都に住む人間がリーゼロッテのために贈り物を用意する。それがどのような品であるのか、一人の商人としては興味を引かれた。
「中身、見てみませんか?」
 二十代半ばである年上のタキに子犬のような期待に満ちた眼差しを向けられてしまえば、リーゼロッテも苦笑するしかなかった。
 この人懐っこく悪意のない笑顔で多くの客から信用と好感を奪っていくタキを、レイノアール国との商談の頭に選んだゴーゼルの人選は間違っていないだろう。現に彼は、同行するレイノアールの騎士達と街に着くたびに食事を共にとる程には距離を詰めている。
 リーゼロッテは頷くと、抱えていた木箱の蓋に手を掛けた。痛いほどに注がれるタキの視線は、木箱から一瞬たりとも離れはしない。
「これは……」
「布……いえ、絹ですね。少しよろしいですか?」
 タキはリーゼロッテの了承を得ると、木箱に畳まれていた絹を手に取った。その際に、丁寧に畳まれていた絹の間から何かが滑り落ち、木製の廊下に鈍い音を立てて転がった。
「申し訳ありません……て、これ王印?」
 慌てて拾い上げたタキは、その金属版に掘られた薔薇の意匠に目を丸くした。服の袖で付いていた埃を払うと、困惑を隠しきれない表情でリーゼロッテへと王印を手渡した。
「どうしてこのようなところに?」
「……心当たりは、ありますが」
 まさか、リーゼロッテも王印がこのような場所にあるとは思わなかったのだろう。ぽかんと口を開けたまま、恐る恐るタキから王印を受け取った。
 アリアの身を守るために渡した王印が、リーゼロッテの元に戻ってきた。それが何を意味するかがわかったとしても、この行動に出たアリアの意図がリーゼロッテには掴みきれない。
「アリア……」
 無意識のうちに、リーゼロッテは彼女の名を口にしていた。王印を返すということは、ミレイニアの元へは行かなかったということだろう。ならば今、アリアがどこで何をして生活をしているか。それを知る術が今のリーゼロッテにはない。
 不安に塗り潰された瞳の色に気付き、タキは場の雰囲気を変えるようにわざと明るい声を出した。
「これ、ケノン公国の絹ではありませんか? うわースゴいなー。自分も数えるほどしか見たことないですよ」
 何があったのかを問うことは簡単であったが、リーゼロッテが簡単に口にするとは思えなかった。それならば、と彼はあえて頭の悪そうな声と語彙力でその場の雰囲気を吹き消そうとする。
「私も一着で良いからケノン産の絹で作った服が欲しいんですよね。ゴーゼルさんはいくつか持ってるみたいですけど、私のような未熟者では着てみたところで身の程に合っていないからカッコ悪くてなっちゃいますよ」
「未熟だなんてご謙遜を。貴方は一目でこれがケノンのものだと見抜いたではありませんか。それにその若さでレイノアール行きの任を与えられているのですから、期待されているということでしょう?」
「いやいや、ただ独り身の若者で身寄りもありませんから遠出させるのに丁度良かっただけです」
 尚も謙遜の姿勢を変えないタキに、リーゼロッテはいつも通りの穏やかな微笑みを向ける。彼女の微笑みに、タキはとりあえずほっと息を吐いた。
 しばらく歩みを進めていくと、上階に繋がる階段の前に辿り着く。リーゼロッテの部屋は上階にあるため、タキとはここで分かれることとなる。
「ここまでで結構です。それでは、また明日」
 会釈をして階段を登り始めたリーゼロッテを慌てて追いかけ、タキはその隣に足を並べた。
「お部屋までお送りします。リーゼロッテ様に何かあっては困りますから」
 いくら国内で最高級の警備を誇る宿泊宿とはいえ、ここは元敵国なのだ。タキが不安に思うのは当然であったが、リーゼロッテは苦笑と共に首を横に振った。
「大丈夫ですよ。少なくともこの建物の中に不審な人物は入ってこれませんし、私を殺して得をするような者も現状ではいないでしょう」
「ですが、損得は関係なしに恨みから貴方を狙う者がいるかもしれません」
「そうだとしたら、危険なのはアカネースの人間であるタキも同じことです。この宿は今後活発になる両国間の貿易でアカネースからの客を得たいと考えているそうですから、尚更に私の身に危険が及ぶ真似は避けたいでしょう」
 リーゼロッテの部屋のある最上階は部屋自体の数が少なく、警備兵は他の階と同数を控えさせている。当然それぞれの部屋には鍵が掛かっており、部屋を空けた隙に何者かが侵入するということも不可能であった。
 柔らかな声音であったがはっきりとした拒絶にタキはこれ以上説得を試みることは叶わなかった。しかし、一人行かせるわけにはいかず動けないままでいると、リーゼロッテはタキの肩を軽く叩いた。
「お気遣いありがとうございます。でも……貴方に部屋と前で別れるところを誰かに見られたとして、そこから根も葉もない噂を立てられてしまっては困りますから」
 これには、タキも納得せざるを得なかった。嫁入りを前にした女性が他の男と密会をしていたなどと噂をされてしまっては、今後の和平にも影響が出るかもしれない。
「……承知いたしました。では、お気をつけて」
 渋々頷いたタキは、リーゼロッテの背中が見えなくなるまでその場を動くことはしなかった。
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
 第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。  言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。  喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。    12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。 ==== ●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。  前作では、二人との出会い~同居を描いています。  順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。  ※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。

「お前を愛する事はない」を信じたので

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」 お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。

白い結婚のまま、旦那様は薔薇のような美人に夢中になりました

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢リディアは、美貌で有名な侯爵レオンハルトに嫁いだ。 けれど結婚して二年、夫婦は一度も結ばれないまま――白い結婚だった。 それでも旦那様は優しかった。 冷たいわけではない。気づかいの言葉も、穏やかな笑顔もくれる。 だからリディアは、愛されてはいなくても、いつか少しは夫婦になれるのではないかと信じていた。 そんなある日、彼女は知ってしまう。 旦那様が薔薇の君と呼ばれる絶世の美女に心を奪われていることを。 彼が触れなかったのは私にだけだったのだと。 都合のいい奥方として、役に立っていたと悟る 静かに離縁を決意したリディアは、実家へ戻ったあと、女子学院で働き始める。 すると侯爵夫人時代には当たり前だった実務のすべてが、外では驚くほど必要とされていた。 感謝され、認められ、自分の足で立ち始めた彼女は、少しずつ見違えるほど美しくなっていく

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。