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3.ただ一つの祝福を
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王都レゾアンの中央部、白の庭園。
それを囲む城壁の内部は、監視や砲撃に使用できるようにと一部に部屋が造られている。そのうちの一つにレオナルドはいた。
外側からは視認しにくくなっている監視用の窓から、彼は無事に王都入りを果たした一台の馬車を見つめていた。
「やはりここでしたか」
音もなく扉は開き、静かな声が金属質な空間に響いた。男性にしては柔らかい声は、冷たい空間では尚更に耳に心地よく届いてくれる。
レオナルドはやってきたイヴァンを振り返ると、安心したように頬を緩めた。
「ごめん。僕がいなくて騒ぎになっていた?」
「いえ、今は会場や女性の身支度で忙しいようですね。まだレオナルド様の準備にまでは手が回っておりません」
「それならいいけど」
再び窓の外に視線を戻したレオナルド。イヴァンは隣に並び、空いているスペースから同じように窓を覗く。
「思っていたよりお早いお着きですね。ここのところずっと天候に恵まれていたからでしょうか」
「そうだね。それに加えて、道中で大きな問題が起きなかったのが理由だと思うよ」
問題がないと言い切れるのは、ジュルジュへの信頼感に寄るものである。それについてはイヴァンも同意のため、特に口を挟むことはしなかった。
「あれ……正門に回されている……?」
門兵と馬車を引く騎士が二言三言、言葉を交わしたように遠目から確認できた。そして、馬車は階段上に建設されたレゾアンで最上階層まで直通の通路に繋がる裏門ではなく、全ての階層を抜けていく正門へと馬首を向けたのだ。
「これは良くないですね……」
呟いたのはイヴァンである。本来ならば、要人を乗せた馬車は裏門に通され城へと入る。それは距離や時間の短縮の意味もあるが、一般市民の目に触れないようにという配慮もあるのだ。
今回のようにアカネース国の人間を乗せているとすれば尚更、人目を忍ぶのが余計な混乱を引き起こさないために重要となる。
その証拠に、後に続いていたオズマン商会の馬車は裏門へと回されている。意図的に誘導された王女の乗る馬車を見つめ、レオナルドは表情を険しくした。
「市民達は今日、アカネースの王女が入城なさることを知っているはずです。あの馬車を見れば……気付くでしょう」
「危害を加えようとする者がいてもおかしくはないということだね」
イヴァンは頷き、唇を噛んだ。まさか、門兵が正妃の命令に従うとは考えてもいなかった。
「油断しておりました。まさか彼らが……」
「母様が直接従わせられる兵士というのはそう多くないのだけど、あの人は口が上手いから。父様に、新しい娘に街を見せてあげたいだとか何とか言ったんじゃないかな」
レオナルドの吐き出した息は重い。何よりもレオナルドが正妃であるナタリーを厄介だと感じている点は、父のブローディアがナタリーを心から愛してしまっていることであった。
理性も常識も持ち合わせているブローディアは決してナタリーに溺れて政治の目を曇らせることはしないが、今回のように些細な一手ならば思いのままに操ることがナタリーには出来る。
「ジョルジュがいるから王女の身の危険はないと思うけれど……」
二人の不安げな瞳が見守る中、ゆっくりと馬車は最下層の四階層中央部に敷き詰められた赤煉瓦の道を進んでいく。
大通りということもあり、脇には露店や商店が多く、買い物客でごった返していた。
上部から見下ろすレオナルドには、彼らの視線が馬車に集中していることがよくわかった。皆買い物の手を止め、顔を馬車へと向けている。
しかし、そこに宿る感情の色は見えない。
「……四階層に住むのは主に外に畑を持つ農民か商人たちです。彼らにとってアカネースとの戦争はこの城壁の外で行われていた遠い世界の話に等しいでしょう。ですが……」
「暴動が起きるとしたら、次の三階層か……」
「えぇ。二階層まで上がることが出来ればあそこは身分の高い者達ばかりですから騒ぎにはならないと思いますが、三階層は身分が低かったり若かったりと、主に戦場に駆り出されていた騎士達が多く暮らしておりますから、最も不満の募っている層でしょう」
レオナルドは拳を握り締めた。戦争が終わったのだから、もう恨み言を言うなと口にすることは簡単だ。
しかし、それでは間違っていることはよくわかっている。
恨みも、怒りも、全て受け止めるのが王族の役目で、この婚姻の意味なのだ。
だからといって、避けられるはずの怒りをわざわざぶつけられる必要もないとレオナルドは思う。今回、アカネースの王女がぶつけられる怒りは正当なものではない。
「なにか……なにかできることは……」
国民が彼女を否定しても、受け入れる人間もいるのだと伝える方法はないだろうか。自分がアカネースの王女を迎え入れる気持ちがあるのだと、国民達に伝えることができないだろうか。
「白薔薇の姫……」
イヴァンに聞かされた彼女の花。誕生花と呼ばれるレイノアール国にはない風習は、彼女にこの雪国と同じ色の花を与えていた。
レオナルドは顔を上げ、空を見上げた。硝子越しに目にした空は、目が眩むほどに眩しい。
「二階層の城壁に向かうよ。イヴァンは先に行って様子を見ていてほしい」
「レオナルド様は?」
「一度上に上がってから行く。急げば馬車が三階層に到着するのに間に合うはずだ。もし、間に合わなくて暴動が起きるようなら僕の名前を出して良いから止めてくれ」
レオナルドに考えがあるのならば、イヴァンはそれに従うだけだ。黙って頷くと、イヴァンは一足先に駆け出した。
一度だけ振り返り、レオナルドは進み行く馬車に目をやった。彼女のことは、まだなにも知らない。
それを囲む城壁の内部は、監視や砲撃に使用できるようにと一部に部屋が造られている。そのうちの一つにレオナルドはいた。
外側からは視認しにくくなっている監視用の窓から、彼は無事に王都入りを果たした一台の馬車を見つめていた。
「やはりここでしたか」
音もなく扉は開き、静かな声が金属質な空間に響いた。男性にしては柔らかい声は、冷たい空間では尚更に耳に心地よく届いてくれる。
レオナルドはやってきたイヴァンを振り返ると、安心したように頬を緩めた。
「ごめん。僕がいなくて騒ぎになっていた?」
「いえ、今は会場や女性の身支度で忙しいようですね。まだレオナルド様の準備にまでは手が回っておりません」
「それならいいけど」
再び窓の外に視線を戻したレオナルド。イヴァンは隣に並び、空いているスペースから同じように窓を覗く。
「思っていたよりお早いお着きですね。ここのところずっと天候に恵まれていたからでしょうか」
「そうだね。それに加えて、道中で大きな問題が起きなかったのが理由だと思うよ」
問題がないと言い切れるのは、ジュルジュへの信頼感に寄るものである。それについてはイヴァンも同意のため、特に口を挟むことはしなかった。
「あれ……正門に回されている……?」
門兵と馬車を引く騎士が二言三言、言葉を交わしたように遠目から確認できた。そして、馬車は階段上に建設されたレゾアンで最上階層まで直通の通路に繋がる裏門ではなく、全ての階層を抜けていく正門へと馬首を向けたのだ。
「これは良くないですね……」
呟いたのはイヴァンである。本来ならば、要人を乗せた馬車は裏門に通され城へと入る。それは距離や時間の短縮の意味もあるが、一般市民の目に触れないようにという配慮もあるのだ。
今回のようにアカネース国の人間を乗せているとすれば尚更、人目を忍ぶのが余計な混乱を引き起こさないために重要となる。
その証拠に、後に続いていたオズマン商会の馬車は裏門へと回されている。意図的に誘導された王女の乗る馬車を見つめ、レオナルドは表情を険しくした。
「市民達は今日、アカネースの王女が入城なさることを知っているはずです。あの馬車を見れば……気付くでしょう」
「危害を加えようとする者がいてもおかしくはないということだね」
イヴァンは頷き、唇を噛んだ。まさか、門兵が正妃の命令に従うとは考えてもいなかった。
「油断しておりました。まさか彼らが……」
「母様が直接従わせられる兵士というのはそう多くないのだけど、あの人は口が上手いから。父様に、新しい娘に街を見せてあげたいだとか何とか言ったんじゃないかな」
レオナルドの吐き出した息は重い。何よりもレオナルドが正妃であるナタリーを厄介だと感じている点は、父のブローディアがナタリーを心から愛してしまっていることであった。
理性も常識も持ち合わせているブローディアは決してナタリーに溺れて政治の目を曇らせることはしないが、今回のように些細な一手ならば思いのままに操ることがナタリーには出来る。
「ジョルジュがいるから王女の身の危険はないと思うけれど……」
二人の不安げな瞳が見守る中、ゆっくりと馬車は最下層の四階層中央部に敷き詰められた赤煉瓦の道を進んでいく。
大通りということもあり、脇には露店や商店が多く、買い物客でごった返していた。
上部から見下ろすレオナルドには、彼らの視線が馬車に集中していることがよくわかった。皆買い物の手を止め、顔を馬車へと向けている。
しかし、そこに宿る感情の色は見えない。
「……四階層に住むのは主に外に畑を持つ農民か商人たちです。彼らにとってアカネースとの戦争はこの城壁の外で行われていた遠い世界の話に等しいでしょう。ですが……」
「暴動が起きるとしたら、次の三階層か……」
「えぇ。二階層まで上がることが出来ればあそこは身分の高い者達ばかりですから騒ぎにはならないと思いますが、三階層は身分が低かったり若かったりと、主に戦場に駆り出されていた騎士達が多く暮らしておりますから、最も不満の募っている層でしょう」
レオナルドは拳を握り締めた。戦争が終わったのだから、もう恨み言を言うなと口にすることは簡単だ。
しかし、それでは間違っていることはよくわかっている。
恨みも、怒りも、全て受け止めるのが王族の役目で、この婚姻の意味なのだ。
だからといって、避けられるはずの怒りをわざわざぶつけられる必要もないとレオナルドは思う。今回、アカネースの王女がぶつけられる怒りは正当なものではない。
「なにか……なにかできることは……」
国民が彼女を否定しても、受け入れる人間もいるのだと伝える方法はないだろうか。自分がアカネースの王女を迎え入れる気持ちがあるのだと、国民達に伝えることができないだろうか。
「白薔薇の姫……」
イヴァンに聞かされた彼女の花。誕生花と呼ばれるレイノアール国にはない風習は、彼女にこの雪国と同じ色の花を与えていた。
レオナルドは顔を上げ、空を見上げた。硝子越しに目にした空は、目が眩むほどに眩しい。
「二階層の城壁に向かうよ。イヴァンは先に行って様子を見ていてほしい」
「レオナルド様は?」
「一度上に上がってから行く。急げば馬車が三階層に到着するのに間に合うはずだ。もし、間に合わなくて暴動が起きるようなら僕の名前を出して良いから止めてくれ」
レオナルドに考えがあるのならば、イヴァンはそれに従うだけだ。黙って頷くと、イヴァンは一足先に駆け出した。
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