ある女神の休日

中尾嘉男

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3日に一度は悪い事が訪れる。
それは私が身をもって経験した人生から学んだ周期である。
悪いことに限らなくとも、あらゆる災いは訪れる周期っていうものが存在する。
言葉が涙で澱んで、正確な発声ではなかった少年の言葉が、とおい雲の彼方から聞こえるような錯覚に私は微睡んだ。
憂鬱な・・・
ただただ憂鬱な週末に、少女は昨夜みた悪夢の事を考えて、もういちど怯えなおしていた。
窮屈な人生を生きてきた歪みの結果である。
乾涸びた心を彼らは孤独と、そんな言葉で誤魔化している。
誰もが同胞に抱えた深い傷を隠している。
貧しい子供たちの住んでいた場所は、床も柱も屋根もないような無空間で、誰もが何処かを患っていた。
私は少年少女たちを引き連れて歩く。
それに同意していない子供もいる。
誘拐犯のような心地になる。
それでも進んでいかなければならなかった。
行く果ての知れない残された世界で、私たちが最期の種族かもしれなかったから。



人生はトラップの連続だった。
誰も幸せにはならないし、なれない。
憧れさえも許されない。
廃人とは、鬱病の事だろうか。
幸福を奪われた私たちは、いつも手をとりあって歩みを早めた。
仲間意識があるわけではない。
ただ種族の存続をかけてのことだ。
「良いやつほど先に死ぬってのは本当ね」
少女の言葉に感情はない。
これまでの経緯で彼女は、自分の不安をコントロールする術を学んでいた。
良い人間ほど他人を助けようとして不必要に足を引っ張られてしまう。
だから、当然のことだろう。
私も良い人間ではない。
自覚はあるが、我が身を振り返る余裕がないほどに切迫した今がある。
私は今日を。
今を第一に考えて生きていくしかないのだから。
荒野があった。
砂漠もあった。
灼熱の陽射しも。

この世界の果てを、どんなに探してみたとしても、私達は見渡すだけの数しか生き残っていないのだけど。

日に日に数が減ってきている気がしていた。
でも、言いだせなかった。
気のせいだと思い過ごしていたからだ。

「共喰いするなんて、雑種だと思う?
    でも、節足動物には、よくある話」

空腹が限度を越すと、友達だって家族だって、ただの餌に見えてくる。
それは理性で押し殺すものなんだろうけど、できなくなる。
目には見えない死神に後髪をつかまれてしまうから。

殺した肉を分解してバックに入れて歩くんだ。
バックが血塗れになっている。
それに服も、肌も。
臭いは拭っても取れはしない。
それでも誰も咎められない。
此処での正義は存続である。
歩けなくなった者は捨てていく。
生き延びる事が、もっとも過酷な試練なのだ。

ほんの数ヶ月前なのに、現実に私達は急に地獄を経験した。
目には見えない悪魔の侵食。
瞳の色が失せて、バタバタと泡をふいて倒れる者も、体のいたる部分の肌の色が、紫芋の色になって、皮がやぶけて、ぐぢゅぐぢゅになって、内蔵を吐き出す者も、とにかく全身の毛穴から血を吹き出しながら、血を吐いて絶命する者と、その症状は様々だが、共通して言える事と言えば、誰も、その全貌を知らなかったという事実に他ならない。
なんせ生き延びた私たちの中にも、その事実に至ってはいないのだ。

なにが原因であるか解らないから、食べものにも、見るものにも、目には見えない空気にさえも私たちは恐怖する。

未来に救いが見つからない。

想いを集約して言葉にかいて詩をかくような真似ができればいいんだけど、私には、ただ些細な願いにさえ、無駄に多くの語を重ねて、上手く意志を伝えることは出来ない。

ただただ無能の人でなしだから。

「まるで町ごと移動するようなものだと思っていたけど、もう数えるほどしか生き残っていないのね」
「みんな逃げたんだよ。
人数が多いと配当がすくないからだよ」
「本当に逃げたのなら。
    逃げのびる事ができたのなら、いいけれど」
    目には見えない何者かによって、その存在を、痕跡ごと葬られているのではないかと、私は思った。

    私は善人ではないけれど、街ひとつ分の人類が無くなる状況下にあって、無傷で生き延びられるほど強靭な肉体も精神も持ち合わせている自信はない。

「しょせん、はやいかおそいか。
    どうせ皆いなくなるんだ」
「だとしても私は人生をまだ諦めきれないわ」

    陽が落ちていた。
    その青年は死の間際に私の本性を悟ったのだ。

「本当は、私が一番、死にたがっていたのかも」
   
    意識を失った傀儡。
    それは最早、私にとっては食料でしかない。

「私の事を酷いヤツだなんて思わないで。
   私は皆を救ってあげたかっただけなんだから」

   希望はないのだと、現状の無惨さを認識する恐怖からね。

   そして、それはこれからやってくる。
   私はそれを噛みしめて明日を目指すのだ。

   たった一人きりの琥珀色の球体の上を彷徨いながら。
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