1 / 2
1
唯識
しおりを挟む
今となっては、もう昔の話になるが、唐という国に父親を亡くして途方に暮れる少年がいた。
まだ十歳の彼には人生の不安が重く、のしかかって思うのだった。
僧になって生きるしか道はない。
と。
世界は貧困に喘いでいる。
その日暮らしでも幸せなのだ。
ただ生きて、日々をやり過ごせるならば、それだけで。
しかし、そんな人生に何の意味があるのだろうか。
生活も神経も貧しいだけなんて我慢がならない。
彼は科挙(試験)を受けて僧になるため努力した。
それこそ死ぬ想いで勉強した。
「年齢制限もあるし、国でも五本の指に入るくらい頭がよくなければダメだ。
君のような雑種が科挙を受けること自体、国家への冒涜じゃないのかい」
と責める者も少なくない。
出自の貧しい彼にとって、世間は冷たく、味方は誰もいなかった。
だからこそ、反骨精神が強い青年になった。
孤独だから、やり遂げたと言える。
十数年後には彼は僧として仏教を学んでいた。
そして、さらに数年後。
誰にも許されずに生きる。
その覚悟によって、彼は一生の孤独を受け入れていたからこそ、誰もが抱かなかった疑問に立ちどまる。
「なぜ、おなじ仏教なのに考え方がひとつじゃないんだろう」
彼は疑問の追求を怠らなかった。
誰にも求められてはいない自分は、他人のために生きることはできない。
ならばいっそ、死をも覚悟して、己の道を追求するべきではないのだろうか。
「仏教発祥の地で、本来の仏陀の言葉を学び、真実の言葉で貧困の国の心を救済する事ができるのではないでしょうか」
それは無謀な絵空事だった。
国家も許可を出さなかった。
わかりきった事だが、国抜けは死罪。
だからこそ、生命がけでやる価値がある。
大義名分としての『救済』を大風呂敷に、彼は誰にも認めてもらえない旅を始めることになる。
もう後戻りは許されない。
不東。
その言葉を胸に彼はひたすら西に向かった。
連れは一頭の痩せ馬だけ。
絹の道を何度も行き来していると聞いて、投げうった私財の使い道のひとつになっていた。
そうして旅をはじめたのだが、予想どおり過酷な道すじ。
貧困には慣れていたが、身体を動かす事には慣れていない。
神経毒の様なものに気をやられて、何度も発狂しそうになる。
関所を避けるために、敢えて、けわしい道をいくしかない。
それも苦行に等しかった。
「しあわせにはなれませんでした」
僧侶が病に伏せている。
それは路傍の石の様だった。
見過ごせなかったのは単に気まぐれだった。
その僧侶は彼の腕の中で息を引き取った。
死に際に経典の巻物を彼に手渡して。
「しあわせにはなれませんでした」
僧侶の付き添いの女が言った。
彼は病に詳しいからと薬を調合してみたが助けることはできない。
最後には思いもよらずに涙がでた。
「あと数年は必要です。
もしかしたら十数年。
あるいは数百年後。
とはいえ、世の中は変わります。
それをするのが自分とは言えませんが」
と、その答えは出せなかった。
なんの自信も根拠もない。
成果を誇る事も出来ないんだ。
彼は旅を続けるしか道がなかった。
魂と踵を削り、すり減らしながら、その先の不確かな未来を目指して進んだんだ。
死の砂漠・タクラマカン。
なれぬ道に手をすべらせて、水筒をおとして砂漠に水を吸わせてしまった。
それが昨日の事となり、先日の事となり、先週の事、先月の事・・・
日は無闇に通り過ぎていく。
絶食は幼き頃よりの日常だったが、断水には意識が殺られて、己が内から壊れていくのを感じていた。
そんな時だ。
彼は死んだ男から譲りうけた経典を手にしてみた。
般若心経。
数珠を数えながら声に出して読むと不思議と苦難が軽くなる気がした。
そして、運命を受け入れるかの如く、自分は死ぬのだと実感していた。
こわくはないの?
「ああ、もう大丈夫だ」
どうやら死ぬには、まだ無駄話が足りないようだ。
痩せ馬に声をかけて、会話をしていた。
頭がどうかしていた訳じゃない。
森を見つけたから安心したのだ。
「お前のおかげだよ」
痩せ馬がそれを彼に知らせたのだ。
絹の道を何度も行き来してきた馬だからこそ、私を救ってくれたのだなと彼は感謝した。
そこは小さな王国だった。
思いもよらずに歓迎されて、得意になって、説法していると王様に呼ばれて仕えるように命令される。
王は彼のような高僧を身近においておきたいといったが、人間さえもコレクションにするのは間違いだと彼はそれを断って牢獄に捕えられてしまった。
ここで死んでしまうのだろうか。
彼は断食をして、自分の身が滅んでも構わないという意思表示をして対抗した。
それが幸を制し釈放される。
ついでに道案内に何人かの配下と食糧を融通してくれた。
彼は思った。
「旅をはじめた頃は、外界は魑魅魍魎が跋扈する妖怪の巣だと聞いていたが、私の道を遮っていたのは、いつも普通の人間でした。
そして、私を助けたのも、いつも普通の人間でした」
と、自嘲のような呟きだった。
さらに幾月。
ようやく目的地に着いた。
バーミヤンの巨大石仏もみた。
三年がかりで着いて、三十歳になった。
何度も盗賊やならず者に傷つけられもしたが、辿りつけたことが良かったと、彼はそう思ったのだが、彼はインドの実態を知らなかった。
仏教は、千年の歴史の中で無数の宗派が乱立して、仏教以外の外道という教えまで存在していた。
また仏陀が悟りをひらいた菩提樹の下には菩薩像が転がっている始末。
様々な寺院や仏像が破壊されている。
そんな最中、シーラ・バドラという老人に会ったのはインドの僧の紹介だった。
百歳の老人だった。
三年前に仏陀からお告げを頂いて、彼を待っていたという。
彼は老人の勧めでナーランダーに腰をおちつける。
それから、十二年ほど仏教の神髄を求めて勉強した。
色即是空。
空即是色。
目に見える現実は、すべて頭の中でつくりだしているだけに過ぎない。
それを悟った彼は唐への帰郷を決意した。
同じ年月を要したが、帰りには協力者が存在した。
国法を破ってきたので罪人として処罰されることも覚悟はしていたが、民衆の心の救済を目的としての旅だったと、皆は彼を歓迎した。
それが国をあげての事だと知ったのは皇帝にお目取りしたからだった。
如何様な処分もうける所存ですと話す彼にたいして皇帝は言った。
出家したあなたに俗世界の法律など適用しませんよと、彼の活動を支援してくれた。
彼は仏教の正しい教えを広めるために仏陀の経典を翻訳する事に残りの生涯を費やす事にした。
真実唯一の仏陀の言葉を。
実際に彼は死ぬまで、それをやりきった。
それが彼の人生だった。
いったい、私は何者なのだろう?
と、常に、そんな事を考えながら。
人生は終わる。
ただ生活に追われ、誰とも絆を築く事はなく、痛みと苦しみ、絶望だけを自分の中に閉じ込めて、感情を露にする事もなかった。
彼は死んで極楽に辿り着けたのだろうか。
ただ遺骨は行方不明になったり分骨したりと、さらなる旅を続けたのだ。
彼の幸せとは心の救済にあった。
もちろん、そこには自らの幸せも含まれる。
彼の心は果たして救われたのだろうか。
俗名は陳褘。
そして、戒名を玄奘という彼の心は。
未だ尽きせぬ痛みの中にある。
自分とは何者かも解らぬ彼は、今も救済を求めて、やがて英雄と呼ばれるのだった。
まだ十歳の彼には人生の不安が重く、のしかかって思うのだった。
僧になって生きるしか道はない。
と。
世界は貧困に喘いでいる。
その日暮らしでも幸せなのだ。
ただ生きて、日々をやり過ごせるならば、それだけで。
しかし、そんな人生に何の意味があるのだろうか。
生活も神経も貧しいだけなんて我慢がならない。
彼は科挙(試験)を受けて僧になるため努力した。
それこそ死ぬ想いで勉強した。
「年齢制限もあるし、国でも五本の指に入るくらい頭がよくなければダメだ。
君のような雑種が科挙を受けること自体、国家への冒涜じゃないのかい」
と責める者も少なくない。
出自の貧しい彼にとって、世間は冷たく、味方は誰もいなかった。
だからこそ、反骨精神が強い青年になった。
孤独だから、やり遂げたと言える。
十数年後には彼は僧として仏教を学んでいた。
そして、さらに数年後。
誰にも許されずに生きる。
その覚悟によって、彼は一生の孤独を受け入れていたからこそ、誰もが抱かなかった疑問に立ちどまる。
「なぜ、おなじ仏教なのに考え方がひとつじゃないんだろう」
彼は疑問の追求を怠らなかった。
誰にも求められてはいない自分は、他人のために生きることはできない。
ならばいっそ、死をも覚悟して、己の道を追求するべきではないのだろうか。
「仏教発祥の地で、本来の仏陀の言葉を学び、真実の言葉で貧困の国の心を救済する事ができるのではないでしょうか」
それは無謀な絵空事だった。
国家も許可を出さなかった。
わかりきった事だが、国抜けは死罪。
だからこそ、生命がけでやる価値がある。
大義名分としての『救済』を大風呂敷に、彼は誰にも認めてもらえない旅を始めることになる。
もう後戻りは許されない。
不東。
その言葉を胸に彼はひたすら西に向かった。
連れは一頭の痩せ馬だけ。
絹の道を何度も行き来していると聞いて、投げうった私財の使い道のひとつになっていた。
そうして旅をはじめたのだが、予想どおり過酷な道すじ。
貧困には慣れていたが、身体を動かす事には慣れていない。
神経毒の様なものに気をやられて、何度も発狂しそうになる。
関所を避けるために、敢えて、けわしい道をいくしかない。
それも苦行に等しかった。
「しあわせにはなれませんでした」
僧侶が病に伏せている。
それは路傍の石の様だった。
見過ごせなかったのは単に気まぐれだった。
その僧侶は彼の腕の中で息を引き取った。
死に際に経典の巻物を彼に手渡して。
「しあわせにはなれませんでした」
僧侶の付き添いの女が言った。
彼は病に詳しいからと薬を調合してみたが助けることはできない。
最後には思いもよらずに涙がでた。
「あと数年は必要です。
もしかしたら十数年。
あるいは数百年後。
とはいえ、世の中は変わります。
それをするのが自分とは言えませんが」
と、その答えは出せなかった。
なんの自信も根拠もない。
成果を誇る事も出来ないんだ。
彼は旅を続けるしか道がなかった。
魂と踵を削り、すり減らしながら、その先の不確かな未来を目指して進んだんだ。
死の砂漠・タクラマカン。
なれぬ道に手をすべらせて、水筒をおとして砂漠に水を吸わせてしまった。
それが昨日の事となり、先日の事となり、先週の事、先月の事・・・
日は無闇に通り過ぎていく。
絶食は幼き頃よりの日常だったが、断水には意識が殺られて、己が内から壊れていくのを感じていた。
そんな時だ。
彼は死んだ男から譲りうけた経典を手にしてみた。
般若心経。
数珠を数えながら声に出して読むと不思議と苦難が軽くなる気がした。
そして、運命を受け入れるかの如く、自分は死ぬのだと実感していた。
こわくはないの?
「ああ、もう大丈夫だ」
どうやら死ぬには、まだ無駄話が足りないようだ。
痩せ馬に声をかけて、会話をしていた。
頭がどうかしていた訳じゃない。
森を見つけたから安心したのだ。
「お前のおかげだよ」
痩せ馬がそれを彼に知らせたのだ。
絹の道を何度も行き来してきた馬だからこそ、私を救ってくれたのだなと彼は感謝した。
そこは小さな王国だった。
思いもよらずに歓迎されて、得意になって、説法していると王様に呼ばれて仕えるように命令される。
王は彼のような高僧を身近においておきたいといったが、人間さえもコレクションにするのは間違いだと彼はそれを断って牢獄に捕えられてしまった。
ここで死んでしまうのだろうか。
彼は断食をして、自分の身が滅んでも構わないという意思表示をして対抗した。
それが幸を制し釈放される。
ついでに道案内に何人かの配下と食糧を融通してくれた。
彼は思った。
「旅をはじめた頃は、外界は魑魅魍魎が跋扈する妖怪の巣だと聞いていたが、私の道を遮っていたのは、いつも普通の人間でした。
そして、私を助けたのも、いつも普通の人間でした」
と、自嘲のような呟きだった。
さらに幾月。
ようやく目的地に着いた。
バーミヤンの巨大石仏もみた。
三年がかりで着いて、三十歳になった。
何度も盗賊やならず者に傷つけられもしたが、辿りつけたことが良かったと、彼はそう思ったのだが、彼はインドの実態を知らなかった。
仏教は、千年の歴史の中で無数の宗派が乱立して、仏教以外の外道という教えまで存在していた。
また仏陀が悟りをひらいた菩提樹の下には菩薩像が転がっている始末。
様々な寺院や仏像が破壊されている。
そんな最中、シーラ・バドラという老人に会ったのはインドの僧の紹介だった。
百歳の老人だった。
三年前に仏陀からお告げを頂いて、彼を待っていたという。
彼は老人の勧めでナーランダーに腰をおちつける。
それから、十二年ほど仏教の神髄を求めて勉強した。
色即是空。
空即是色。
目に見える現実は、すべて頭の中でつくりだしているだけに過ぎない。
それを悟った彼は唐への帰郷を決意した。
同じ年月を要したが、帰りには協力者が存在した。
国法を破ってきたので罪人として処罰されることも覚悟はしていたが、民衆の心の救済を目的としての旅だったと、皆は彼を歓迎した。
それが国をあげての事だと知ったのは皇帝にお目取りしたからだった。
如何様な処分もうける所存ですと話す彼にたいして皇帝は言った。
出家したあなたに俗世界の法律など適用しませんよと、彼の活動を支援してくれた。
彼は仏教の正しい教えを広めるために仏陀の経典を翻訳する事に残りの生涯を費やす事にした。
真実唯一の仏陀の言葉を。
実際に彼は死ぬまで、それをやりきった。
それが彼の人生だった。
いったい、私は何者なのだろう?
と、常に、そんな事を考えながら。
人生は終わる。
ただ生活に追われ、誰とも絆を築く事はなく、痛みと苦しみ、絶望だけを自分の中に閉じ込めて、感情を露にする事もなかった。
彼は死んで極楽に辿り着けたのだろうか。
ただ遺骨は行方不明になったり分骨したりと、さらなる旅を続けたのだ。
彼の幸せとは心の救済にあった。
もちろん、そこには自らの幸せも含まれる。
彼の心は果たして救われたのだろうか。
俗名は陳褘。
そして、戒名を玄奘という彼の心は。
未だ尽きせぬ痛みの中にある。
自分とは何者かも解らぬ彼は、今も救済を求めて、やがて英雄と呼ばれるのだった。
0
あなたにおすすめの小説
無用庵隠居清左衛門
蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。
第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。
松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。
幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。
この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。
そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。
清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。
俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。
清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。
ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。
清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、
無視したのであった。
そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。
「おぬし、本当にそれで良いのだな」
「拙者、一向に構いません」
「分かった。好きにするがよい」
こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。
超量産艦隊
ypaaaaaaa
歴史・時代
海軍内では八八艦隊の議論が熱を帯びていた頃、ある一人の天才によって地味ではあるが大きく日本の未来を変えるシステムが考案された。そのシステムとは、軍艦を一種の”箱”と捉えそこに何を詰めるかによって艦種を変えるという物である。海軍首脳部は直ちにこのシステムの有用性を認め次から建造される軍艦からこのシステムを導入することとした。
そうして、日本海軍は他国を圧倒する量産性を確保し戦雲渦巻く世界に漕ぎ出していく…
こういうの書く予定がある…程度に考えてもらうと幸いです!
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)
三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。
佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。
幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。
ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。
又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。
海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。
一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。
事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。
果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。
シロの鼻が真実を追い詰める!
別サイトで発表した作品のR15版です。
久遠の海へ ー最期の戦線ー
koto
歴史・時代
ソ連によるポツダム宣言受託拒否。血の滲む思いで降伏を決断した日本は、なおもソ連と戦争を続ける。
1945年8月11日。大日本帝国はポツダム宣言を受託し、無条件降伏を受け入れることとなる。ここに至り、長きに渡る戦争は日本の敗戦という形で終わる形となった。いや、終わるはずだった。
ソ連は日本国のポツダム宣言受託を拒否するという凶行を選び、満州や朝鮮半島、南樺太、千島列島に対し猛攻を続けている。
なおも戦争は続いている一方で、本土では着々と無条件降伏の準備が始められていた。九州から関東、東北に広がる陸軍部隊は戦争継続を訴える一部を除き武装解除が進められている。しかし海軍についてはなおも対ソ戦のため日本海、東シナ海、黄海にて戦争を継続していた。
すなわち、ソ連陣営を除く連合国はポツダム宣言受託を起因とする日本との停戦に合意し、しかしソ連との戦争に支援などは一切行わないという事だ。
この絶望的な状況下において、彼らは本土の降伏後、戦場で散っていった。
本作品に足を運んでいただき?ありがとうございます。
著者のkotoと申します。
応援や感想、更にはアドバイスなど頂けると幸いです。
特に、私は海軍系はまだ知っているのですが、陸軍はさっぱりです。
多々間違える部分があると思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる