〚短編〛俺のち〇こに××が生えた件

清田あお

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次の金曜日の夕方、LINEのメッセージがきていた。交流のあるテレビ局のプロデューサーからだった。

《当日にごめん! 由良くん今晩暇? 十九時~@恵比寿 合コン代打頼めない? CAとか美容部員とか皆顔面レベル高いよ》

彼はいつもプライベートでも仕事でもお世話になっている取引先の一人だ。こっちの合コンに欠員が出たときも何度も助けてもらったし、仕事の口利きをしてもらったこともある。仕事もあらかた片付いたし、今日は楡巳も先約があるらしく「介助」もないので、いかないわけがなかった。

(久しぶりの合コン、気合入るわ!)

 まだ棘は相変わらず治っていないからお持ち帰りは厳しいが、意気揚々と、《もち行きます!》とLINEを送った。

(あっ……)

なのに、既読がついた瞬間、じく、と胃のあたりに不快な熱が広がっていく。腹からあがってきて、心臓のあたりまで変な音が鳴り始める。

急いでメッセージを取り消そうにも《やった! よろ!》ともうすでに追撃LINEがきていた。その瞬間、楡巳の顔が浮かんだ。

(いや、でも、別に楡巳に止められているわけじゃねえし)

 介助の日以外、楡巳が誰と会っているかなんて、こちらが気にしたことも制限したこともない。付き合っているわけでもないんだし、こんなことを義理立てする義務もない。そもそも大前提として、楡巳と由良は不釣り合いにも程がある。

(そんなことより、合コン遅刻しねえように早く仕事終わらせねーと!)

 腹のあたりでぐるぐる回っている違和感を振り払うべく、由良はキーボードに向かい直した。





 その夜の合コンは、かなりの当たり回だった。どの女の子も可愛いし、話が合うタイプが揃っていた。残業で遅れている女の子一人を除いて、場はかなり温まっていた。

 にも関わらず、テンションは昔よりも上がらず、半分自棄になって赤ワインをあおる。

「ごめんなさーい、仕事長引いちゃって」

 由良の背後から、遅れている女の子が来たようだ。どんな子かと思い、後ろを振り向いた瞬間、由良は笑顔を張り付けたまま凍り付いた。

「えっ」

「えっ、伊織!?」

 テーブルに小走りで駆け寄ってきたのは、美香だった。

「ふたり知り合い?」

 誘ってくれたテレビ局の社員が訊いてくる。

「あー、大学のサークル同じだったんです。広告研究会」

 答える声が、思ったより低くなってしまった。元カノです、なんて言えない。不自然になってしまったかな、と心配になっているさなか、美香は長いウェーブヘアをかきあげ、にっこり微笑んだ。

「久しぶりだね、伊織。元気?」

「ああ、そっちも元気そうでよかった」

 営業十年で培ったスマイルを三秒で張り付けると、テーブルは「じゃあ、もっかい乾杯しよー」と再び盛り上がり始めた。

「楡巳くん、元気?」

 美香のビールを待つ間、美香が尋ねてくる。

「……」

「楡巳って?」

 美香の隣にいたCAの子が首を傾げる。

「由良くん、楡巳商事の社長の息子と大学生の頃からすっごく仲良いんだよー。同じD社なんだ」

「え~、すごーい」

 CAの子の目が急に輝きを増す。完全に目が「なら紹介してください」モードだが、さすがに「あいつゲイなんで」とは言えず、愛想笑いで誤魔化す。

「っていっても、部署も違うし、最近全然話してないですけどね」

「そうなんですねー。でもぜひ会ってみたいなー」

 CAの子が残念そうにしていると、美香のビールが来た。「ほらほら、乾杯しましょ、乾杯!」と、由良は積極的に声を張り上げた。





(ああー、最悪だ、まじで帰りたい)

 トイレの鏡の前で項垂れる。ちなみにやっぱり棘も治っていなくて、なおさら気分は落ち込んだ。合コンも佳境だったが、もうしばらくトイレにこもっている。もうさすがにテーブルに戻らないと。

美香にこんなところで会うなんて想定外すぎた。もう遠くに押し込めていたはずの記憶がよみがえって、アルコールと混じって吐きそうになる。 

ようやくトイレを出たところで、誰かに呼ばれた。

「伊織」

 美香だった。

「テーブルじゃあんま話せなかったからさ。この後飲み直さない?」

「いや、ごめん。仕事残ってるし」

 適当な嘘を、美香は訝しがらなかった。

「大変だね。仕事どう?」

「ぼちぼち。そっちは」

「わたし? ああ、結構仕事楽しいんだよね。最近恵比寿店の管轄任されて、忙しい。まあ、そのおかげで見ての通り売れ残っちゃって婚活中だけどさ。まじ想定外~」

 あはは、と美香はラメが光るピンクのネイルをひらひらさせて笑う。化粧品会社の美容部員として活躍しているらしい。大学生の頃は、給料の高いD社に内定した由良と最後まで別れたくないと修羅場になったけれど、いま彼女は彼女なりに頑張っているらしい。顔もぐっとたくましくなった。

美香の、こういうあっけらかんとしているところが好きだった。我儘な女だと揶揄する友人もいたが、誰にでも同じ顔で分け隔てないところが好きだった。でももうそれも、取り戻せない過去になってしまった。

「伊織、いま付き合ってる人いないの?」

「……いない」

「そうなんだー。でも、伊織、すごい垢ぬけた。かっこよくなったよね。大学生の頃とは大違い。やっぱD社すごい」

「そんなことねえよ」

 筋トレも美容も努力した。でも嬉しくない。たとえ本気だとしても、褒められてもなんも嬉しくない。それは美香だからじゃない。今、可愛い女の子に腕をとられてすり寄られても嬉しくないと思う。

「伊織、すごいモテるって佐々木さんが言ってたよー。毎週のように違う合コン行ってるし、業界の人とも飲んでるって。すごいね」

「……どうもありがとう」

「ねえ、楡巳くんと本当に遊んでないの? 同じ会社なのに?」

「もう楡巳とは特に絡んでない。本当に」

「へー、そうなんだ意外」

 嘘だ。でも、楡巳のことをやいのやいの言われるのが何よりも嫌だった。

「で、本題はなんだよ」

 美香は由良のすぐ目の前までヒールを鳴らして歩み寄る。間近で見ると、上品なアイシャドウのラメがきらきらと輝いて、綺麗だった。なのに、その顔を見た瞬間、十年前のあの日を思い出して身が強張る。

美香は、にっこりとほほ笑んでいった。

「私達、もう一回やり直さない?」

 眩暈がした。大きい海に立っていて、波にさらわれて、脚がとられているようだ。どんどん身体の体温が下がっていく。 

「はあ……?」

眩暈の中で声を絞り出したとき、楡巳の顔が、脳裏に浮かぶ。

((楡巳……!)

怖くなって、ぎゅっと目を瞑る。ずっとずっと記憶の奥底に押し込めていた思いが頭の中で波のように押し寄せてきて、頭が真っ白になった。



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