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問題編

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 『U大学ミステリー研究会 喫茶店やってます』と書かれた看板を私が見つけたのは、長く暗い廊下を五分ほども進んで、来る棟を間違えてしまったのではないだろうかと思い始めた頃のことだった。建物に入るときに聞こえていた、いかにも学園祭らしい外の喧騒はもう一切聞こえなかった。

 開け放たれたままのドアから中を覗くと、一人の少女が衝立に半分ほど隠された机の前に座り、壁にもたれて暇そうに本を読んでいた。私が部屋の中に入ると、彼女は驚いたように顔を上げた。色の白い、美しい少女だった。

「いらっしゃいませ」

 彼女はそう言って立ち上がると、壁と机の狭い隙間を窮屈そうに通って、私を衝立のすぐ前の席に案内した。ゴシックロリータのような、フリルとレースが沢山付いたワンピースを着た彼女は、いかにも動きにくそうだった。

 私は、一歩、二歩と歩みを進めて、手前の椅子に鞄を置き、その向かい側の椅子に腰を下ろした。少女は私の前にメニューを置いた。メニューには、ドリンクメニューと、二種類のサンドイッチだけが書かれている。私はサンドイッチとコーヒーを頼んだ。少女はそれを聞くとすぐに衝立の向こうに消え、しばらくの間、部屋の中は静寂で満ちていた。

「君、一人なの? 」

 なんとなくその静けさが重苦しくなった私は、衝立と壁の隙間から、少女に話しかけてみた。

「はい、今はそうです」

 衝立の向こうから、彼女の声が聞こえた。

「大変でしょ、その、色々と」

「そうですね。そうかもしれませんね」

 なんとなく、彼女は微笑んでいるような気がした。

 そこで会話は途切れ、再び静寂が訪れたが、それは前ほど重苦しいものではなかった。衝立の向こうからは、湯を沸かす音と、パンを切るかすかな音が聞こえている。私の右足が壁に当たって鈍い音を立てた。

「お待たせしました」

 彼女は私の前にコーヒーとサンドイッチを置くと、自分ははじめに座っていた椅子に座り直した。サンドイッチを一口齧ると、からしの味が口の中いっぱいに広がる。思っていたよりも本格的な味だ。コーヒーはどう見てもインスタントだったが、サンドイッチがこれなら、来た甲斐もあったというものだろう。十分ほどかけて私はそれらを平らげると、もう一杯コーヒーを注文した。私のすぐ後ろにある唯一の窓からは、木の枝の間を通って、暖かな陽光が差し込んでいた。

「ねえ、君は何でこんな喫茶店なんてやってるの」

 私がそう尋ねると、彼女は驚いたようにえ、と小さな声を出した。

「なんでって、決まってるじゃないですか。活動資金のためですよ。それ以外に何があるんですか? 」

「本当にそれだけ? 」

 私は彼女の黒く大きな目を覗き込むようにして、もう一度尋ねた。吸い込まれそうなほど大きく、美しい瞳だった。

「そうですよ。どうしてそんなこと訊くんですか? 」


「どうしてって、それは……」


問題:なぜ『私』は、これほど執拗に喫茶を開く理由を尋ねるのか?その理由を答えてください。なお、答えは登場人物たちの心情など主観的な要素とは無関係です。
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