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⑬出会い
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「あれ?誰もいない。声がしたと思ったんだけどな」
「いないですね……」
ビデオカメラを片手に街を歩く彼等は、不謹慎にも《巡回》の様子をカメラに収めようと外に出ていた二人。
動画配信者【ユーツーバー】ナノハナとスイセンであった。
ナノハナは、声の聞こえた辺りをカメラ越しに見ていた。
そして、物陰からこちらに飛び出してくる二つの人影を捉えた。
「ナノハナ?ナノハナじゃん!」
「本物?何で?なんでここに!」
そう言いながら興奮気味に飛び出してきたのは、龍と尚也だった。
ナノハナは彼等に詰め寄られ、狼狽した。
「お、おう。急になんだ君達。俺の動画観てくれてるの?」
「観てる観てる!」
「この前の『スパゲッティ茹でてみた』面白かったよ!」
「俺は『女を勘違いさせてみた』ってやつ好きだな」
「ああ、そんな。昔のから最近のやつまで観てくれてるんだね。ありがとー」
礼儀の欠けた二人にナノハナは、とりあえず愛嬌を振り撒いた。
別の個所に隠れていた圭一たちも、現れた男達に害がないと見て、ひとまず出てきた。
「おい!ケイイチ!ナノハナだよ!」
「……ほんとだ。マジじゃん」
「なに?知り合い?」
ナノハナを知らないアリサが圭一に耳打ちをする。
「いや、知り合いっていうか……アリサ知らない?人気の【ユーツーバー】なんだけど」
「知らないから聞いたのよ。有名な動画の配信者なのね」
龍と尚也はひとしきりナノハナに、あれこれ喋りはしゃいだところで、ようやく隣に佇むスイセンに意識を向けた。
「そこのお兄さんは、新メンバー?」
「ナノハナの動画で見たこと無いけど、カメラマン?」
スイセンは、その随分な物言いに内心イラつきつつ、作り笑いを顔に張り付けた。
「ううん、一応俺も【ユーツーバー】だよ。スイセンって言うんだけど。見たこと無い?」
龍と尚也は顔を見合わせ、首を横に振った。
「ごめん、知らない」
「観たこと無いや」
「そっかー……」
微妙な空気が流れたことを察し、それを断ち切るかのようにナノハナが若干声のトーンを上げて話を持ち出した。
「そうだ、君達ってもしかして《巡回》対象者の子達?」
そう切り出した瞬間、皆の顔からさっと表情が消えた。次には、急に縋るような表情を向けてきた。
「ねぇ、ナノハナ!助けて!」
キタ!と、ナノハナは歓喜した。その喜びは表に出さず、新鮮な対応を演じる。
「な、なに急に?なんかあったの?」
「俺達、学校の先生に殺されそうなの!」
「まぁ、自宅学習中に外で遊んでいるのがバレたらそりゃあ、ぶっ殺されるわなぁ」
ナノハナは、「殺される」の意味をわざと間違った解釈をし、おどけてみせる。
案の定、彼らは必死に訴えてきた。
「そうじゃない!本気で殺されるの!タクヤが……友達が殺されちゃったし!」
「は?どこで?」
「駅近くのカラオケ店を少し行ったところ!」
「あの大通り!俺達の目の前で!」
「マジでか……」
適当な相槌を打ちながら、ナノハナは考えていた。
どうするべきか。その大通りに行けばこの子たちの友達の遺体があるようだ。
衝撃映像が撮れる。
でも、もしかしたら遺体は回収やら処分やらを施されて、もう既に無い可能性もある。
それに、この子たちに密着した方が面白いかもしれない。
そんな思考を巡らせるナノハナをよそに、アリサはもう一度、圭一に耳打ちをした。
「圭一、こんな所で立ち止まっている場合じゃない」
「ああ、そうだな。おい龍、尚也!もう行くぞ!」
ナノハナは、焦った。
家を出てから十数分、ようやく巡回対象の子供達を見つけたのだ。
友達を殺されてしまったという情報だけでは物足りない。
こんなもので別れるわけにはいかなかった。
「え、君達これからどこ行くの?俺がなんとかしてやろうか?」
「え?ほんとに!」
単純に喜ぶ龍を遮って、アリサが前に出た。
「いえ、大丈夫です。あなた方もなにか用があったんじゃないのですか?」
「え、いや……特にはないけど」
アリサの強気な態度に、ナノハナは少し面を食らう。
「用がないなら早く帰った方がいいですよ。今、外で何かあっても助けを呼べませんから。それともあなた方、電車が止まって帰れないとか?」
「いや、そういうわけじゃ」
「おい、どうしたんだアリサ。なんでそんなに攻撃的なんだよ」
様子のおかしいアリサに尚也が口を挟む。
「別に。とりあえず私はこの人達の助けはいらない」
「なんでよ?ナノハナ達の何が気に入らない?」
アリサは地面に視線を落として少し間を空けた後、キッっとナノハナを睨みつけた。
「……この人達、【ユーツーバー】なんでしょ?私はそういう人達の動画を観ないからよく知らないけれど、中には注目度や知名度を上げるが為だけに、不謹慎な映像を撮る人がいるって噂では聞くわ。この、《巡回》の実態を知っているのであったのなら、面白半分で撮りにくる人だっているかもしれない。この人達がどうかはわからないけど」
彼女の言い分に、ナノハナは言葉を詰まらせた。
中学生の女の子に、考えを見透かされていたようで、恥ずかしくなる。
「もし、この人達がそういう不謹慎な人達だとしたら、私たちを騙して先生達に引き渡すかもしれないでしょ?人が殺される所を撮影するために」
「……え」
さっきまで助けを求めていた龍と尚也が顔を引きつらせ、ナノハナから一歩引いた。
ナノハナはまずいと思い、即座に否定した。
事実、さすがに命を引き渡すなんて事までは考えていなかった。
「じゃあ、なにをしに外へ出ていたのですか?」
否定した直後に、アリサから直接的な質問が投げかけられ、再び言葉を詰まらせた。ナノハナはスイセンに目配せをしたが、彼も困った顔をするばかりだ。
もちろん正直に「《巡回》の様子を撮りに」なんていうのは駄目だ。
彼女が懸念する事となんら変わらない。警戒から軽蔑に変わっておしまいだ。
ならば、《巡回》の様子を撮る事に、警戒されない方向で理由付けをすればいい。
この子らが今、恐れているもの、否定したいもの。この《巡回》という政策を一緒に否定すればいい。
ナノハナは目を瞑って息を吸い、そしてふーっと吐いた。
「……正直に言うか。君の言う通り《巡回》の様子を撮りに来た。《巡回》の内容もちゃんと理解して。でも、面白半分とか、君が考えるようなただの衝撃映像とか不謹慎なものを撮ろうってわけではないんだ」
ナノハナはまず、彼女が自分たちに持っているのであろうイメージを否定した。
もちろんアリサは変わらず、怪訝な表情をしている。
そんな彼女に構わずナノハナは、何かを言われる前に話を進めた。
「俺はこの《巡回》っていう政策に、物申したいと常々思っていたんだ。自宅学習をしなかっただけで殺されるなんて、おかしいと思わないか?」
殺される最大の理由は、「自宅学習をしない事」ではないが、事の理不尽さを際立たせるために、あえてそこしか言わない。
「……うん」
頷いたのは、龍と尚也だった。ナノハナは内心で舌打ちをした。
この二人はどうでもいいのだ。問題は目の前にいる美少女。
もう一人、圭一と呼ばれていた少年も難しい顔をしているが、この彼女さえ説得出来れば、彼も納得するだろう。
残り一人の女の子は先ほどから一言も喋らないし、周りに流されるはずだ。
「だから、《巡回》の様子を俺が全世界に発信して、皆に、国民に嫌悪感を持ってもらおうとしているんだ。皆、無法地帯となる外を怖がって引き篭もり、《巡回》の様子をしっかり肉眼で見ないから、行われている政策くらいでいられるんだ。だから俺は……」
ナノハナは、急に言葉が出てこなくなってしまった。
言い包めないといけないのに、言うべきことも頭では纏まっているはずなのに、どうしても発言が出来ない。
「……とりあえず、なんとかしたいと思ってる」
ようやく出たのは、そんな言葉だった。ナノハナは俯き、ついにそのまま黙ってしまった。
ため息が聞こえてきた。そのため息に顔を上げたナノハナは、目を見張った。
アリサが、何故か微笑んでいた。
「……そうでしたか」
警戒の解けた彼女の柔らかい声と表情を視て疑問が残りつつも、なんとか巧く言い包めたと思い、ナノハナは喜んだ。
アリサは言葉を続けた。
「……では、あなたの家に行ってもいいですか?」
「え?」
「あなたは、この町に電車で来たわけではないのでしょう?さっき、電車が止まって帰れないわけじゃないって。家が近くなのではないのですか?」
早口に話し出す彼女に、ナノハナは唖然とした。
確かに家は近くだ。しかし、ここへ来た経緯などいくらでも捏造できる。
それでもナノハナは、これ以上なにかを言う気はめっきりなくなってしまった。
アリサの変化に、気付いてしまったからだ。
先ほど、巧く言葉が出なかったのも、その変化を僅かに気付いてしまっていたからだった。
彼女の身体が、小刻みに震えていたのだ。
「もし車などで来ていたのだとしたら、車に乗せてください。私たちを安全な所で匿ってください。そうしてくれたら、今度は私達が、カメラに向かって《巡回》に対しての訴えかけをします。どうですか?」
彼女の身体の震えは声にまで伝染し、その瞳はどんどん熱を帯びてきている。
ナノハナは、もはや何も言えずにいた。
そんな彼に向かってアリサは踏ん張り、一瞬だけ震えを止めて相手の眼を真っ直ぐ見据えた。
「お願いします……助けて……!」
ついに、彼女の瞳から涙が零れた。
ナノハナのは、理解した。
そうか。彼女はただ、怖かったのだ。
目の前で友達が殺され、頼れるはずの大人は、天敵かもしれないという恐怖。
さっきも言い包められたわけじゃない。
何か、信じる余地があるものが欲しかったのだ。
たとえ出まかせだったとしても、それを鵜呑みにして信じる希望が必要だったのだ。
それなのに自分は、なんて馬鹿なのだろう。
「俺からも、お願いします」
「お願いします」
アリサの隣に来た圭一と曜子が、頭を下げる。
一歩離れた所で龍と尚也も頭を下げた。
【陽キャグループ】全員からお辞儀をされている光景を見て、そこでようやくナノハナは、自分が茫然と立ち尽くしているだけである事に気付いた。
答えは決まった。選択の余地などはない。
「わかった。君たちを助けさせてくれ」
その答えを聞いた子供達は安堵し、心からの笑顔を見せた。
その笑顔を見た彼もまた、得も言われぬ安心感に包まれていた。
それと同時に、失われていた大切なものを一つ取り戻した感覚があった。
「いないですね……」
ビデオカメラを片手に街を歩く彼等は、不謹慎にも《巡回》の様子をカメラに収めようと外に出ていた二人。
動画配信者【ユーツーバー】ナノハナとスイセンであった。
ナノハナは、声の聞こえた辺りをカメラ越しに見ていた。
そして、物陰からこちらに飛び出してくる二つの人影を捉えた。
「ナノハナ?ナノハナじゃん!」
「本物?何で?なんでここに!」
そう言いながら興奮気味に飛び出してきたのは、龍と尚也だった。
ナノハナは彼等に詰め寄られ、狼狽した。
「お、おう。急になんだ君達。俺の動画観てくれてるの?」
「観てる観てる!」
「この前の『スパゲッティ茹でてみた』面白かったよ!」
「俺は『女を勘違いさせてみた』ってやつ好きだな」
「ああ、そんな。昔のから最近のやつまで観てくれてるんだね。ありがとー」
礼儀の欠けた二人にナノハナは、とりあえず愛嬌を振り撒いた。
別の個所に隠れていた圭一たちも、現れた男達に害がないと見て、ひとまず出てきた。
「おい!ケイイチ!ナノハナだよ!」
「……ほんとだ。マジじゃん」
「なに?知り合い?」
ナノハナを知らないアリサが圭一に耳打ちをする。
「いや、知り合いっていうか……アリサ知らない?人気の【ユーツーバー】なんだけど」
「知らないから聞いたのよ。有名な動画の配信者なのね」
龍と尚也はひとしきりナノハナに、あれこれ喋りはしゃいだところで、ようやく隣に佇むスイセンに意識を向けた。
「そこのお兄さんは、新メンバー?」
「ナノハナの動画で見たこと無いけど、カメラマン?」
スイセンは、その随分な物言いに内心イラつきつつ、作り笑いを顔に張り付けた。
「ううん、一応俺も【ユーツーバー】だよ。スイセンって言うんだけど。見たこと無い?」
龍と尚也は顔を見合わせ、首を横に振った。
「ごめん、知らない」
「観たこと無いや」
「そっかー……」
微妙な空気が流れたことを察し、それを断ち切るかのようにナノハナが若干声のトーンを上げて話を持ち出した。
「そうだ、君達ってもしかして《巡回》対象者の子達?」
そう切り出した瞬間、皆の顔からさっと表情が消えた。次には、急に縋るような表情を向けてきた。
「ねぇ、ナノハナ!助けて!」
キタ!と、ナノハナは歓喜した。その喜びは表に出さず、新鮮な対応を演じる。
「な、なに急に?なんかあったの?」
「俺達、学校の先生に殺されそうなの!」
「まぁ、自宅学習中に外で遊んでいるのがバレたらそりゃあ、ぶっ殺されるわなぁ」
ナノハナは、「殺される」の意味をわざと間違った解釈をし、おどけてみせる。
案の定、彼らは必死に訴えてきた。
「そうじゃない!本気で殺されるの!タクヤが……友達が殺されちゃったし!」
「は?どこで?」
「駅近くのカラオケ店を少し行ったところ!」
「あの大通り!俺達の目の前で!」
「マジでか……」
適当な相槌を打ちながら、ナノハナは考えていた。
どうするべきか。その大通りに行けばこの子たちの友達の遺体があるようだ。
衝撃映像が撮れる。
でも、もしかしたら遺体は回収やら処分やらを施されて、もう既に無い可能性もある。
それに、この子たちに密着した方が面白いかもしれない。
そんな思考を巡らせるナノハナをよそに、アリサはもう一度、圭一に耳打ちをした。
「圭一、こんな所で立ち止まっている場合じゃない」
「ああ、そうだな。おい龍、尚也!もう行くぞ!」
ナノハナは、焦った。
家を出てから十数分、ようやく巡回対象の子供達を見つけたのだ。
友達を殺されてしまったという情報だけでは物足りない。
こんなもので別れるわけにはいかなかった。
「え、君達これからどこ行くの?俺がなんとかしてやろうか?」
「え?ほんとに!」
単純に喜ぶ龍を遮って、アリサが前に出た。
「いえ、大丈夫です。あなた方もなにか用があったんじゃないのですか?」
「え、いや……特にはないけど」
アリサの強気な態度に、ナノハナは少し面を食らう。
「用がないなら早く帰った方がいいですよ。今、外で何かあっても助けを呼べませんから。それともあなた方、電車が止まって帰れないとか?」
「いや、そういうわけじゃ」
「おい、どうしたんだアリサ。なんでそんなに攻撃的なんだよ」
様子のおかしいアリサに尚也が口を挟む。
「別に。とりあえず私はこの人達の助けはいらない」
「なんでよ?ナノハナ達の何が気に入らない?」
アリサは地面に視線を落として少し間を空けた後、キッっとナノハナを睨みつけた。
「……この人達、【ユーツーバー】なんでしょ?私はそういう人達の動画を観ないからよく知らないけれど、中には注目度や知名度を上げるが為だけに、不謹慎な映像を撮る人がいるって噂では聞くわ。この、《巡回》の実態を知っているのであったのなら、面白半分で撮りにくる人だっているかもしれない。この人達がどうかはわからないけど」
彼女の言い分に、ナノハナは言葉を詰まらせた。
中学生の女の子に、考えを見透かされていたようで、恥ずかしくなる。
「もし、この人達がそういう不謹慎な人達だとしたら、私たちを騙して先生達に引き渡すかもしれないでしょ?人が殺される所を撮影するために」
「……え」
さっきまで助けを求めていた龍と尚也が顔を引きつらせ、ナノハナから一歩引いた。
ナノハナはまずいと思い、即座に否定した。
事実、さすがに命を引き渡すなんて事までは考えていなかった。
「じゃあ、なにをしに外へ出ていたのですか?」
否定した直後に、アリサから直接的な質問が投げかけられ、再び言葉を詰まらせた。ナノハナはスイセンに目配せをしたが、彼も困った顔をするばかりだ。
もちろん正直に「《巡回》の様子を撮りに」なんていうのは駄目だ。
彼女が懸念する事となんら変わらない。警戒から軽蔑に変わっておしまいだ。
ならば、《巡回》の様子を撮る事に、警戒されない方向で理由付けをすればいい。
この子らが今、恐れているもの、否定したいもの。この《巡回》という政策を一緒に否定すればいい。
ナノハナは目を瞑って息を吸い、そしてふーっと吐いた。
「……正直に言うか。君の言う通り《巡回》の様子を撮りに来た。《巡回》の内容もちゃんと理解して。でも、面白半分とか、君が考えるようなただの衝撃映像とか不謹慎なものを撮ろうってわけではないんだ」
ナノハナはまず、彼女が自分たちに持っているのであろうイメージを否定した。
もちろんアリサは変わらず、怪訝な表情をしている。
そんな彼女に構わずナノハナは、何かを言われる前に話を進めた。
「俺はこの《巡回》っていう政策に、物申したいと常々思っていたんだ。自宅学習をしなかっただけで殺されるなんて、おかしいと思わないか?」
殺される最大の理由は、「自宅学習をしない事」ではないが、事の理不尽さを際立たせるために、あえてそこしか言わない。
「……うん」
頷いたのは、龍と尚也だった。ナノハナは内心で舌打ちをした。
この二人はどうでもいいのだ。問題は目の前にいる美少女。
もう一人、圭一と呼ばれていた少年も難しい顔をしているが、この彼女さえ説得出来れば、彼も納得するだろう。
残り一人の女の子は先ほどから一言も喋らないし、周りに流されるはずだ。
「だから、《巡回》の様子を俺が全世界に発信して、皆に、国民に嫌悪感を持ってもらおうとしているんだ。皆、無法地帯となる外を怖がって引き篭もり、《巡回》の様子をしっかり肉眼で見ないから、行われている政策くらいでいられるんだ。だから俺は……」
ナノハナは、急に言葉が出てこなくなってしまった。
言い包めないといけないのに、言うべきことも頭では纏まっているはずなのに、どうしても発言が出来ない。
「……とりあえず、なんとかしたいと思ってる」
ようやく出たのは、そんな言葉だった。ナノハナは俯き、ついにそのまま黙ってしまった。
ため息が聞こえてきた。そのため息に顔を上げたナノハナは、目を見張った。
アリサが、何故か微笑んでいた。
「……そうでしたか」
警戒の解けた彼女の柔らかい声と表情を視て疑問が残りつつも、なんとか巧く言い包めたと思い、ナノハナは喜んだ。
アリサは言葉を続けた。
「……では、あなたの家に行ってもいいですか?」
「え?」
「あなたは、この町に電車で来たわけではないのでしょう?さっき、電車が止まって帰れないわけじゃないって。家が近くなのではないのですか?」
早口に話し出す彼女に、ナノハナは唖然とした。
確かに家は近くだ。しかし、ここへ来た経緯などいくらでも捏造できる。
それでもナノハナは、これ以上なにかを言う気はめっきりなくなってしまった。
アリサの変化に、気付いてしまったからだ。
先ほど、巧く言葉が出なかったのも、その変化を僅かに気付いてしまっていたからだった。
彼女の身体が、小刻みに震えていたのだ。
「もし車などで来ていたのだとしたら、車に乗せてください。私たちを安全な所で匿ってください。そうしてくれたら、今度は私達が、カメラに向かって《巡回》に対しての訴えかけをします。どうですか?」
彼女の身体の震えは声にまで伝染し、その瞳はどんどん熱を帯びてきている。
ナノハナは、もはや何も言えずにいた。
そんな彼に向かってアリサは踏ん張り、一瞬だけ震えを止めて相手の眼を真っ直ぐ見据えた。
「お願いします……助けて……!」
ついに、彼女の瞳から涙が零れた。
ナノハナのは、理解した。
そうか。彼女はただ、怖かったのだ。
目の前で友達が殺され、頼れるはずの大人は、天敵かもしれないという恐怖。
さっきも言い包められたわけじゃない。
何か、信じる余地があるものが欲しかったのだ。
たとえ出まかせだったとしても、それを鵜呑みにして信じる希望が必要だったのだ。
それなのに自分は、なんて馬鹿なのだろう。
「俺からも、お願いします」
「お願いします」
アリサの隣に来た圭一と曜子が、頭を下げる。
一歩離れた所で龍と尚也も頭を下げた。
【陽キャグループ】全員からお辞儀をされている光景を見て、そこでようやくナノハナは、自分が茫然と立ち尽くしているだけである事に気付いた。
答えは決まった。選択の余地などはない。
「わかった。君たちを助けさせてくれ」
その答えを聞いた子供達は安堵し、心からの笑顔を見せた。
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