巡回

ねこ皇子

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⑱親

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 飯田先生が斎藤理代子を殺害したのと同じ頃。
 【殺人鬼】大原マサ彦の襲撃から奇跡的に逃れることの出来た3年A組生徒の保護者である三人は、《巡回》している二人の教師を見つけていた。

 大柄で体格のいい男、細くてモデル体型の女。
 【ヤクザ教師】一文字先生と、【美人女教師】小野先生だった。

 保護者三人は警戒をした。

 《巡回》の規定上では一応、教師は巡回指導対象の生徒以外の人物には手を出してはいけない決まりになっている。
 それでも奴ら教師は、既に子供達を殺しているかもしれない。
 それだけで警戒に値する。正直関わりたくないと思っていた。

 しかし、我が子の安否を知るには、関わらないわけにはいかない。
 それに、殺人鬼の存在を知らせなければならない。
 三人の保護者は、二人の教師に接近した。

「秋柏岡中学校の先生方ですよね?」

 声を掛けられた二人、一文字先生と小野先生は警戒した。
 《巡回》中の教師にとって、生徒の保護者と遭うということは天敵との遭遇、命の危険と同意義なのだ。小野先生が一歩下がり、一文字先生が一歩前に出た。

「はい。左様でございます」

 一文字先生は、保護者達を見下ろし、その外見に見合う低い声を出した。
 その威圧に、三名共表情が強張る。それでも引き下がる様子はない。

「う、うちの子……殺していませんよね?」

 一文字先生はふっと一息つくと、後ろに控えている小野先生にクリップボードを出すように指示をした。

「お名前を窺ってもよろしいですか?」

 聞くと、三人の保護者はそれぞれ、『伊達』『根口』『相場』と、名字のみで名乗った。リストを見ると、三名いずれも線が引かれていなかった。

「わたくし達の知る範囲では、まだ指導しておりませんね」

 もし仮に【指導】していたとしてもこう言うつもりであったが、実際この三名は指導していなかったので、一文字先生はありのままを伝える。
 保護者達はひとまずと言った感じで安堵の表情を見せたが、その表情はすぐさま緊張に満ちたものに変わる。『相場』と名乗った母親が、一文字先生に一歩詰め寄った。

「先生方、《巡回》を中止してください……!」

 案の定な申し出に、一文字先生は内心呆れつつ丁重に答えた。

「……【感染予防&完全教育プログラム 《巡回》】は、随分な人数の人間が動く大掛かりな政策です。私たち、教師の一任で中止することは出来ません」

 彼は過去の経験から、保護者達が《巡回》の中止を申し出す事は予想できていた。
 問題はこの先であった。
 ここから予想できる保護者の行動は三つ。
 続けて食い下がるか、素直に引き下がって我が子を探しに行くか、物理的に襲い掛かって来るかだ。

「《巡回》を中止することは、先生方の為でもあるのですよ」
「と、言いますと?」

 予想内だった。保護者はやはり食い下がってきた。
 しかし、次に出た言葉は、予想外のものだった。

「この街に、殺人犯がいるんです」
「殺人犯?」
「はい……私達は、子供達を探すため、保護者同士で集まっていたんです。そこへ、あの逃亡中の殺人犯、大原マサ彦が来て……皆さんを無差別に殺していったんです」

 その時の事を思い出したのか、『根口』と名乗った母親が道路の脇に行き、嘔吐した。
 一文字先生と小野先生は顔を見合わせた。
 にわかに信じられない話だ。
 しかし、彼女等の顔色を見ると、子供達の心配をしていた時より遥かに青ざめている。嘘をついているようには見えなかった。

 ピィーー!パァーー!

 近くで笛が鳴った。
 教師の誰かが、生徒を一人【指導】し、他の生徒が逃げたようだ。

「小野先生、見てきてもらえますか?」

 一文字先生が指示すると小野先生は、「はい」と頷き、笛の鳴った方へ向かって行った。一文字先生は、保護者達に向き直り、対応を再開した。


「あれっ?一文字先生じゃないですか?」
 ややあって、一文字先生達の元に、飯田先生が現れた。

「飯田先生。先ほど笛を鳴らしたのは貴方ですか?」
「え?ああ、はい。俺は鳴らしましたけど」
「小野先生に様子を見に行かせたのですけど会いませんでしたか?」
「あー、会わなかったっすね」
「そうですか。すれ違ってしまったのですね」
「一文字先生、この人達は?」
「3年A組生徒の保護者の方々です」
「ああ、やっぱりそうなんですね。お名前は?」

 一文字先生から各々の名前を聞き、クリップボードを確認する。
 そして、飯田先生は声色を全く変えずに告げる。

「お、根口さんの息子さん。根口卓也は『指導』しましたよ」

 その場が、静まりかえった。

 二人の保護者は、根口母の事を心配そうに見た。
 根口母は、口をポカンと開けて、飯田先生の事を見ている。
 その飯田先生はいうと、飄々とした表情で口笛なんかを吹きながらクリップボードを眺めていた。
 一文字先生は次に起こることを予測し、表情に焦りの色を浮かべる。

「え、どうしたんですか皆さん?押し黙っちゃって」
「飯田先生、もう少し言い方を」
「え、だって本当の事ですし、嘘をつくのも不誠実じゃないですか?」

「……た、卓也は……し、し、死んだの、ですか?」
「はい。そういうことになりますね」
「うそ……です?」
「えー、まだその段階ですか?めんどくさ……」

 根口母は、その場に座り込んでしまった。
 脇の二人が、気の毒そうに寄り添う。
 そんな三人に飯田先生は冷ややかな視線をぶつけた。

「いやまぁ、そりゃあショックかとは思いますけど。俺は仕事をしているだけですし。それに、寄り道する方が悪いと言いますか、あなた方の教育不足といいますか」
「飯田先生、そこまでです」

 もう一度、一文字先生が窘めると、飯田先生は気に入らなそうに鼻をならした。

「別にいいじゃないですか。この人達に今更気を遣わなくたって」
「そういうことではないです。これ以上は」

 突然、根口母が猛禽類のような咆哮を上げた。
 そして、寄り添っていた二人を押しのけると、腰に携えていた鎌を握った。

 一文字先生は「やはり」と言ったような呆れた表情を浮かべ、飯田先生に耳打ちをした。

「ほら、馬鹿正直に話すとこうなってしまうんですよ」
「まぁ、息子が殺されたんですから、気が狂っても不思議ではないですよね。ほっとけばいいじゃないですか?」
「気が狂うだけならいいんです。彼女、きっと襲ってきます。少し離れた方が」
「はぁ?大丈夫っすよ」

 根口母は、手にした鎌を二人の教師に向けながら、にじり寄ってきた。

「卓也の……冗談、ですよね?」
「うーわ、まだ言ってる……」

 呆れを超し、引いた様子で呟いた飯田先生を彼女がぎょろりと睨んだ。

「お前……お前か?お前がやったってか?」
「だからそう言ってるのに……」
「おめぇが犯人なんだなぁ!」

 感情の高ぶりに比例して口汚くなること、そしてその物言いに、飯田先生もいい加減イラついていた。

 犯人だと?まるで悪い事をしたような物言いじゃないか。

 飯田先生はもう、『指導』なんて隠語は使わなかった。

「あなたの息子、根口卓也は、俺がぶち殺しました」

 次の瞬間、根口母の身体が弾かれた様に飛躍した。
 鎌を力強く振り上げ、顔は憎しみで歪み、その瞳には怒りとも悲しみともとれる涙を浮かべていた。

 そんな激情は、生温かな赤い風となって散布した。


「飯田先生……」
「え?なんですか?正当防衛になりません?」
「いやまぁ、なるかもしれないですけど。ちゃんと報告書には書いてくださいよ。求められたら始末書と顛末書も」
「はぁ、えー。めんどくさすぎる……巡回中による事故で処理しちゃってもいいでしょう」

 二人の教師は、腰を抜かしている二人の保護者にようやく顔を向けた。

「あなた達も、邪魔したら殺しますんで」
「飯田先生、よしなさい。そんなわけで、《巡回》は引き続き行われます。殺人犯の情報、有難うございました。気をつけてお帰りください」
「んん?なんですか殺人犯って?」
「あとで説明します。まずは『指導』状況の共有をしましょう」
「はーい」

 突然、パァーー!と笛の音が鳴り響いた。

「おや、誰か見つけたようですね。小野先生かな?」
「おお!よっしゃ、急ぎましょう!次こそ仕留めるぞ!」

 一文字先生は腰を抜かしている彼女等に一礼し、飯田先生と共にその場を後にした。



 その場に残された二人の保護者は、気が済むまで吐き続けた。
 先に落ち着きを取り戻した相場母が、発言する。

「伊達さん。急ぎましょう。早く行かないと子供が殺されてしまいます」
「いや……私は帰ります」
「は?何を言っているんですか?子供が殺されてしまうんですよ?」
「だって……でも、怖い。怖いんです」

 遠くから、笛の音が聞こえる。もう、相場母は気が気ではなかった。

「そうですか。私は行きますから」

 いまだに座り込み、頭を抱えて怯える彼女を置いて、相場母は戦場へ向かった。
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