巡回

ねこ皇子

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㉗混戦3

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「ああ、ナノハナくん……やっぱり会いに来てくれたのね」

 ナノハナに意識が向いている隙に、アリサと圭一は数子の懐から脱出した。
 数子は気にせず、ナノハナに意識を向け続ける。

「……ナノハナくん、怪我しているじゃない。ちょっと待っていてねナノハナくん。今この子達を片付けるから。すぐ帰って手当てしようね」
「待てお前!」

 ナノハナは、再び子供達に危害を加えようとする数子に思わず叫ぶ。

「名前で呼んでほしいわ。ナノハナくん」
「……小山さん。その子達には手を出すな」
「でも、これらがいるとナノハナくん、お家に帰れないじゃない?」

 カッターナイフを出し入れする数子の視線がふと、先を向いた。
 視線を追うと、道の先から逃げて行ったはずのスイセンと生徒達が駆け戻ってきていた。
 そして、集団の先頭にいるのは【担任教師】豊田先生だった。

 数子が、わなわなと震え始めた。

「ああ……ああ……ああ!また邪魔者が増える!」

 地団駄を踏み、頭を掻きむしる。
 髪を振り乱す度に血が飛び散っていた。

「な、何ですかあなたは!」
 異形の雰囲気を纏う数子に向けて豊田先生が刺又を構える。
 

「ナノハナさん、無事だったんですね!」
「ああ、まぁ……なんとか」

 安堵した様子で駆け寄ってきたスイセンに、ナノハナは力なく笑って答えた。

「……皆は無事?」
「男の子が一人、はぐれてしまって……あと、圭一君の体調が……」

 反射的に圭一の様子を見る。
 アリサに抱えられている圭一の顔は生気がなく、もはや全身に力が入っていないようだった。
 すかさず圭一に駆け寄り担ぎ上げると、ひとまず数子から距離を離す。

「ああ!ナノハナさん!」
「無事で良かったです!」

 アリサと曜子が、ナノハナの生還に目を輝かせた。
 その表情を拝むことが出来ただけでもナノハナは、危険を冒した甲斐があったと思った。
 そんな若干の幸福感は、例の粘着質な声で断ち切られた。

「ああ!ナノハナくん!」

 豊田先生を挟んだ向こうで、数子がナノハナを呼ぶ。
 同じように名前を呼ばれただけなのにひどい嫌悪感だった。
 言葉は、発言する人によって初めて完成するものだと、妙な解釈を実感してしまった。

 思わず、皆で身を寄せ合い、わかりやすく数子から距離を取った。

 数子は、引き離れるナノハナにもちろん近寄ろうとした。
 しかし、豊田先生が刺又を押し付けた事によって近づくことは叶わなかった。
 思う様に進めない歯がゆさと、邪魔をされる苛立ちで、数子はカッターナイフを振り回しながらわけのわからない言葉を発す。

 異様な剣幕に恐れながらも、豊田先生は数子を必死に抑える。

「何です!落ち着いて!子供達から離れて!」
「ああぁぁああ!なのはなぁぁくんんん!なぁぁぁああんではなれるのぉよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!こっっちにぃきてよおぉぉぉおおおぉおおお!」

 流れる血を止める気もなく、顔面を真っ赤に湿らせながら奇声を上げる数子は、もはや化け物だった。
 ナノハナは、数子を抑える豊田先生の背中に目を向けた。

「この人は?先生なのか?」
 誰にともなく呟くと、やはりアリサが答えた。
「豊田先生。私たちの担任教師です。南雲君の話によれば、私達を助けてくれると」
「南雲君?」

 ナノハナが、後ろにいる男子生徒数名に目を向けた。
 彼と目が合った俊は、「僕が南雲です」という様に会釈をした。

 俊の言う事が本当なのだとしたら、目の前で戦ってくれている豊田先生を失うわけにはいかない。
 ナノハナは、スタンガンをスパークさせた。


「ぎゃぁぁぁぁああああ!」

 刺又で抑えられながらも暴れていた数子に、スタンガンを押し当てると凄まじい悲鳴を上げながら飛び退いた。その悲鳴は感電の痛みから出たものではなく、愛する者から拒絶された事への恐怖から出たものだった。

「……待ってよ。なにをするのナノハナくん?違うのよ……邪魔するのよ……」

 数子は血まみれの顔面を醜く歪めながら、立ち上がる。
 傷だらけの身体を引きずりながら、縋るように歩み寄って来た。

 ナノハナは左手でスタンガンを向けつつ、サコッシュの中にあるタオルに包まれた火炎瓶に右手をかける。

「どうしてそんなモノ向けるの?違うじゃない。どいつもこいつも、私とナノハナくんの仲を邪魔するのよ。わかるでしょう?……どうして私を攻撃するの?ナノハナくん、おかしいわ……」
「もう……俺に関らないでくれ」

 もはや、数子が何を言っているのか理解の出来ないナノハナは、率直な想いだけを述べた。
 数子の中で、どんな妄想世界が繰り広げられているのか、知る由もなければ知りたくもなかった。
 只々、関わりたくなかった。

 数子の表情は、読み取り不可能なものに歪み変わった。
 悲しみとも、困惑とも、怯えとも、怒りとも取れるその表情は、この世に前例が無い程、醜かった。

「……なんで?どうしてそんな事言うのよ……なんで……何でなんでなんで何でなんでなんで嫌よ何で何で何でなんでなんでなんで別れるのは絶対に嫌よいやいや嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌!嫌だ!何でだ!お前!」

 読み取れぬ感情のまま呟かれ始めた言葉は、どんどん憎しみ一色に染まっていった。
 今にも襲い掛かってきそうな程、憎しみに満ちていた。

 ナノハナはその剣幕に、思わず火炎瓶を取り出そうとするが必死に抑えた。
 火炎瓶は自分の命が本当に危ない時にしか使いたくはなかった。
 充分に人を殺せる力のあるこの武器は、相当な覚悟がないと放てない。
 もちろん命を奪う気はないし、威嚇として出そうとても、飯田先生と違って理性の伴っていない数子には、余計に興奮状態にするだけという事は火を見るよりも明らかだった。

「ちょっと君!静かに!落ち着きなさい!」
 異様な出来事に思わず言葉を失っていた豊田先生が、ようやく事を終結させようと努める。

「ナノハナさん、早くこの場から離れましょう!」

 アリサはナノハナの袖を掴み訴える。
 後ろを見ると子供達は、その場から動くことも出来ず、怯え、周りを気にしていた。

 豊田先生もアリサも行動が遅かった。
 悪い予感は早々にやって来る。
 荒くれる数子の後ろ。
 向こうから走って来る人影が見えてしまった。

「ああ、いたいた!」

 ハイテンションで向かってくる人影はやはりあの方。
 【人気教師】飯田先生である。

 学校指定の赤いジャージを身に纏う飯田先生は、身体の所々に包帯を巻いていた。

「きゃあぁぁああああ!」
 飯田先生の姿を見た【ヲタク女子グループ】の皆が悲鳴を上げ、逃げ出した。

「宮本さん達も!」
 俊と翼が圭一に肩を貸すと、アリサ達に逃げるように促す。
 【ヲタク女子グループ】が逃げたのと俊の叫びが合図となって、場の硬直が解ける。

 飯田先生に気を取られた一瞬だった。ナノハナは数子にしがみ付かれた。

「ナノハナくん……!」

 腰に巻きつく数子を見る。
 血塗られた顔面で圧倒的存在感を放つ、見開かれた二つの邪眼。
 それを見た瞬間、吐き気がする程の恐怖感が心の芯から沸き起こる。
 心臓を鷲掴みにされた様な感覚、血の気が引き、体温が一気に下がる感覚、それにも関わらず玉汗が全身に滲む感覚。
 体に悪影響のある、ありとあらゆる感覚が、一挙に襲い掛かってきた。

「うわあああぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!」

 ナノハナは叫んだ。そうしなければ、恐怖で心が壊れてしまいそうだった。
 そして、その恐怖感が物質となっている者、数子を思いっ切り殴りつけた。

 メキッっと鈍い音が拳を伝って聞こえてきた。
 数子は、身体を回転させながら地面を転がる。
 殴った際に数子の歯が食い込んでしまったのか、ナノハナの殴った手は痛々しく抉れていた。
 しかし、そんな拳の痛みも、人を殴った罪悪感も、ナノハナは味わっていなかった。

 地面を転がる数子の目は、ずっとナノハナを見ていた。
 身体が許す限り目を見開き、どんな衝撃の中だろうと瞬きもせず、その充血した瞳にナノハナを映し続けていた。
 ナノハナの恐怖を振り祓う行動は、新たな恐怖を生み出しただけであった。

「ナノハナさん!逃げましょう!」

 恐怖から目を離せなくなっていたナノハナは、アリサに腕を引っ張られようやく我に返った。
 皆は、大通りを暫く走り、死角が多くなるような脇道へと逃げ込んだ。
 最後に振り返って後方を確認すると、飯田先生がちょうど、倒れ込んでいる数子の脇を素通りするところだった。

 数子に追ってくる様子は無いが、飯田先生は必ずやって来る。


 圭一に刺された小型クナイを、脇腹から引き抜いた。

 口の中に鉄の味が満ちる。
 舌触りの悪さに堪らず吐くと、どす黒い血が眼下に広がった。

 呼吸が旨くできず、咳き込む。
 そのたび体中が激しく痛み、微量ながらも吐血をする。

 どうして、こんな事になっているのだろう……

 数子は急に、眩しさを感じた。
 引き抜いた小型クナイに日光が反射し、数子の顔を照らしていた。

 小型クナイを顔の前まで持ってくると、そこには勿論数子の顔が映し出される。
 数子は呟いた。

「醜い」

 数子は、受け入れがたい現実を確認するために行動を起こそうとしたが、その身体は中々動かなかった。

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