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ソウスケの元へ

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 私はもちろんそのまま入院することになった。ソウスケは一度も私の見舞いには訪れなかった。

 待てども待てども彼の姿を見ることは出来ず、ヤキモキした気持ちで入院生活を送るしかなかった。

 離れた場所に住んでいた両親も病院からの連絡を受け駆けつけてくれた。今までは事故に遭っても無傷だった私が傷を負ったと聞いて真っ青になって慌てたそう。でも命には別状もなく、入院もそう長引くことはないと言われて安心する。

 一度家族が私の着替えを取りに行くためにアパートを訪れた。もしソウスケが部屋で待っていて親と鉢合わせたらとんでもない事態に陥るかもしれないと慌てたが、両親は特に何も言わなかった。部屋にはソウスケがいなかったようだ。

 そうなれば、やっぱりあの祠にいるのだろうか。

 退院を待ち侘びて早くあの祠へ行きたかった。多くの人たちの命を助け、結局は私も救われたのだ。ちゃんと会ってお礼がしたかった。人ではない彼と連絡を取る方法なんて何もなく、もどかしい気持ちでいっぱいだった。

 私の入院生活はなんだかんだ二週間に及んだ。退院したあやめや、春奈が何度も見舞いにきてくれ、たくさんの見舞品をくれたのは素直に嬉しく思う。あやめは『幸の女神じゃなくなっちゃったじゃん』と言いながらたくさんの漫画や食べ物をくれた。春奈も花やお菓子などを多く差し入れしてくれる。彼女の話を聞くに、やはりソウスケとは一度も会っていないとのことだった。

 そしてようやく退院の運びとなり、私は両親たちとともに病院を出た後、すぐさまあの祠へ向かった。




「沙希もしばらく実家でゆっくりすればいいのに」

 呆れて言う母の声に愛想笑いをする。車に乗って揺られながら、私は後部座席に座っていた。車にはかなり恐怖心があったが、病院からさすがに徒歩では帰れる距離でなかったのだ。公共交通機関を使うくらいなら、車の方がまだいい。

「まあ、それもいいんだけどさ。ほら、お見舞いにきてくれた友達にも改めてお礼言いに行きたくて」

「ああ、あの子たちね。よく来てくれたわねほんと」

「うん、お見舞い品も色々もらっちゃったしさ。落ち着いたらまた実家にゆっくりしに行くから。仕事ももうしばらく休みだし」

「もうあんたの不運に母さんも父さんもハラハラよ……仕事やめて帰ってきてほしいわ」
 
「ニートなんてやだよー」

「お祓いも効果ないのねえ、やだわほんと……今度霊能力者とかに相談しようかしら……」

 ぶつぶつと言う母に笑う。それ、絶対詐欺にあうやつ。

 車の窓から、見慣れた道が見えてくる。私はあっと窓ガラスに注目した。

「あ、お、お父さん、もう大丈夫だから、おろして!」

「え?」

「アパートの前は道狭いから、ここでいい!」

 言わずもがな、そこはあの祠の前だった。父が私の言うようにブレーキをかけて車を止める。心配そうに母が私を見る。
 
 入院生活ですっかり多くなった荷物を手に持ち、車のドアを開ける。

「家まで運ぶぞ」

 父が振り返って言ったのを、私は笑顔で断った。

「ううんもうそこだし大丈夫! 少ししたらまた実家に行くからね」

「無理しないのよ」

「うんありがとう!」

 未だ心配そうに私を見つめる二人に手を振り、そのまま車から降りた。目の前に木々が生い茂る見慣れた光景がある。ソウスケが咲かせた花たちはとっくに散っていた。

 ドアを閉めると、車がゆっくり発車していく。それをしっかり見送ると、私はすぐに振り返った。

 今にも朽ちてしまいそうな古い祠。ご利益なんて何もなさそうな、ひとりぼっちの祠。紛れもなく、ソウスケの祠だ。

 私は両手に持っていた紙袋を放り投げる勢いで地面に置いた。すぐに駆け寄っていく。

「ソウスケ!」

 砂や土を被ったそれに手を伸ばす。自分が汚れるのも気にせずに手で払いながら私は呼びかける。

「ソウスケ? 退院できたの、出てきて!」

 きっと彼の力はほとんどなくなっているのだと思う。側にいて、抱きついて、キスだってしてやろうと思った。それくらい私は感謝している。

 何度も私たちを助けてくれた彼には恩義しかない。家から追い出したことも、結局まだしっかり謝れてないのに。

「ソウスケ、ねえ?」

 ひんやりと冷たい祠に呼びかける。「相変わらず騒がしいな」、とかなんとか言って背後から彼がくるのを待ち侘びた。

 それでも、何度当たりを見渡してもソウスケは現れなかった。少しの風が吹くこともなく、その場は無音が流れている。

 長い間待ち続けるが、一向にあの聞き慣れた声は聞こえてこない。

「ソウスケ? ……ソウスケ?」

 何度も何度も呼びかけた。でも、何も反応はない。

「……ソウスケ……?」

 自分の声が震えてくるのを自覚した。きっとソウスケはここにいるもんだと思っていた。私を待っていてくれるんだって。どうして、いないの?

 もしかして、他にすごい陽の気を持った人を見つけてそっちに行ったんだろうか? どこかで居候してる?

 そう考えても、ありえないと確信していた。さやの生まれ変わりの春奈のところすら行かなかったのに、今更私に黙ってどこかに行っちゃうなんて考えられない。

 口は悪いけど根は優しい人だ。いなくなったら私が心配することくらい彼はわかってるはずだもの、どっか行くなら行くで必ず話してくれる。

 そこまで考えて心臓が冷える。

 まさか

「…………力、使い果たしたの……?」


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