完璧からはほど遠い

橘しづき

文字の大きさ
7 / 61

すがすがしい気持ち

しおりを挟む
 私はすぐに付け足した。

「あ、でも当然ですけど会社の人には誰にも言わないでくださいね!」

「え? なんで?」

「成瀬さんのご飯作ってるなんてばれたら私殺されますよ!」

「なんで俺のご飯作ったら殺されるの?」

 きょとん、としてこちらを見ている。まじか、自分がどれほど影響力のある人間か自覚ないタイプなのか。女子たちの壮絶な取り合いも気づいてないのかなあ。

「……とにかく、秘密です」

 成瀬さんはあっと思い出したように言う。

「それは全然いいんだけどさ、彼氏とか大丈夫? いい思いしないでしょ」

 言われてつい視線を下ろした。苦笑しながら答える。

「彼氏は今、いません」

「え」

「昨日からいません」

 ほとんど忘れていた大和と高橋さんのことを思い出す。すると成瀬さんの声が少しだけ低くなった。

「それは昨日、佐伯さんが珍しいミスをやらかしたことと関係ある?」

 どきっとする。

 緩んでいた気持ちが引き締まる。そのことで散々迷惑かけたのだ。社会人としてみっともないと自分でも思う。

 私は静かに頭を下げた。

「プライベートと仕事をごっちゃにさせるなんて、本当に情けないです。すみませんでした」

「まあ確かにプライベートを持ち込むのはよくないことではある。でも、私生活あってこその仕事だ。私生活が充実してなければ仕事も上手く行かないのは当然のこと。
 何かあったの?」

「……私の身近な子と、浮気されまして」

 苦笑いして答える。高橋さんの名前は伏せておいた。同じ部署内の人に言うのはよくない、と微かな理性が働いたのだ。正直言えば、言ってやりたい気持ちは十分ある。

 でももしかしたら、私の彼氏だと知らなかったのかもしれない。そうすれば悪いのは大和一人であって、彼女は騙されていたとも言える。

「すみません、それで上の空だったのは確かです。ちゃんと自分をコントロールできないうちは、休むのも手だと改めて痛感しました。たくさんご迷惑をおかけして」

「よかったじゃん」

 言いかけている途中でそんな言葉が届き、私は驚きで顔を上げた。雑炊を食べ終わった成瀬さんは、胡坐をかいていた。微笑を浮かべ、彼は私を見ている。

「そんなくだらない男だって気づけて。知らないまま時間を無駄にするところだったっしょ? 浮気なんてする男、ろくな奴じゃない。結婚なんてしてしまってたら大事」

「まあ、それは、確かに……」

「だから今気づけてよかったよほんと。
 すごく悔しいだろうけど、一番の復讐は佐伯さんが幸せになること。元カレにも浮気相手にも、それが一番辛いはず。忘れて佐伯さんがキラキラしてるのが一番堪えるはず。
 辛いけど踏ん張ってみな」

 そうきっぱり言い切ってくれた言葉は、すとんと自分の心に収まった。今の成瀬さんは、間違いなくいつもの成瀬さんだ。凛とした声、自信に満ちた言い方、誰しもが頷いてしまう説得力。

 胸が熱くなる。なぜか泣きそうになってしまったのを隠すように俯き、何とかお礼を言った。

 そうか、そうだ。私が余裕な顔して幸せになることが一番の復讐なんだ。あんなふうにミスをやらかすなんて、それこそ駄目なパターン。

 私は私として輝かなきゃならない。それが一番いい方法なんだ。

「成瀬さん、ありがとうございます、私なんか吹っ切れ」

 顔を上げてお礼を言いかけたとき、言葉を止めた。つい今さっきまできりっとしていた彼はいつの間にか床に寝そべっていた。床に頬をぴったり当て、幸せそうに目を閉じている。

 おい。

「ああ……お腹膨れたら眠くて幸せ……俺もうちょっと寝るわ。佐伯さんは……財布からタクシー代と食費とか取って行ってね…………」

「だからあ! 知り合いでも人に財布なんて預けちゃいけません! まだ治り切ってないんですよ、こんな床で寝たら悪化します、ベッドに戻って!」

「もう無理……一歩も動けない……」

「起きてええええ!」

 全身脱力してしまっている成瀬さんを必死に起こし、何とか立ち上がらせ寝室へ向かわせた。彼はもう半分夢の中のようで、目を瞑ったままのそのそと歩いて寝室へ入って行った。

 ベッドにダイブしたのを見送ると、私はぜえぜえ言いながら食べ終えた後片づけなどをし、簡単にメモ書きを残すと、ようやく成瀬さんの家から出た。この一晩で起こったすべてが、いまだに信じられなかった。あの成瀬さんを看病したどころか、とんでもない一面を見てしまった。多分、会社の人に言っても信じてくれないだろう。

 外に出ると寒さで肌が痛んだ。ぶるっと体を震わせながら、すぐ近くにある自分のアパートを目指して歩く。白い空を見上げると、自分の息がのぼって行った。

 ああ、でもなんだろう。

 すっごくすがすがしいや。

 ミスはしてしまったけど、それは何とか大事にならなかったし。色々ありすぎて大和のことは忘れていたし。成瀬さんに言われたセリフにも救われたし。

 昨日とはまるで気分が違う。

 少しだけ微笑んで、私は足を速ませた。月曜からまた新たな自分として頑張るんだ、そう意気込んで。

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】1日1回のキスをしよう 〜対価はチョコレートで 〜

田沢みん
恋愛
ハナとコタローは、 お隣同士の幼馴染。 親から甘いもの禁止令を出されたハナがコタローにチョコレートをせがんだら、 コタローがその対価として望んだのは、 なんとキス。 えっ、 どういうこと?! そして今日もハナはチョコを受け取りキスをする。 このキスは対価交換。 それ以外に意味はない…… はずだけど……。 理想の幼馴染み発見! これは、 ちょっとツンデレで素直じゃないヒロインが、イケメンモテ男、しかも一途で尽くし属性の幼馴染みと恋人に変わるまでの王道もの青春ラブストーリーです。 *本編完結済み。今後は不定期で番外編を追加していきます。 *本作は『小説家になろう』でも『沙和子』名義で掲載しています。 *イラストはミカスケ様です。

結婚する事に決めたから

KONAN
恋愛
私は既婚者です。 新たな職場で出会った彼女と結婚する為に、私がその時どう考え、どう行動したのかを書き記していきます。 まずは、離婚してから行動を起こします。 主な登場人物 東條なお 似ている芸能人 ○原隼人さん 32歳既婚。 中学、高校はテニス部 電気工事の資格と実務経験あり。 車、バイク、船の免許を持っている。 現在、新聞販売店所長代理。 趣味はイカ釣り。 竹田みさき 似ている芸能人 ○野芽衣さん 32歳未婚、シングルマザー 医療事務 息子1人 親分(大島) 似ている芸能人 ○田新太さん 70代 施設の送迎運転手 板金屋(大倉) 似ている芸能人 ○藤大樹さん 23歳 介護助手 理学療法士になる為、勉強中 よっしー課長(吉本) 似ている芸能人 ○倉涼子さん 施設医療事務課長 登山が趣味 o谷事務長 ○重豊さん 施設医療事務事務長 腰痛持ち 池さん 似ている芸能人 ○田あき子さん 居宅部門管理者 看護師 下山さん(ともさん) 似ている芸能人 ○地真央さん 医療事務 息子と娘はテニス選手 t助 似ている芸能人 ○ツオくん(アニメ) 施設医療事務事務長 o谷事務長異動後の事務長 雄一郎 ゆういちろう 似ている芸能人 ○鹿央士さん 弟の同級生 中学テニス部 高校陸上部 大学帰宅部 髪の赤い看護師(川木えみ) 似ている芸能人 ○田來未さん 准看護師 ヤンキー 怖い

シンデレラは王子様と離婚することになりました。

及川 桜
恋愛
シンデレラは王子様と結婚して幸せになり・・・ なりませんでした!! 【現代版 シンデレラストーリー】 貧乏OLは、ひょんなことから会社の社長と出会い結婚することになりました。 はたから見れば、王子様に見初められたシンデレラストーリー。 しかしながら、その実態は? 離婚前提の結婚生活。 果たして、シンデレラは無事に王子様と離婚できるのでしょうか。

ヒロインになれませんが。

橘しづき
恋愛
 安西朱里、二十七歳。    顔もスタイルもいいのに、なぜか本命には選ばれず変な男ばかり寄ってきてしまう。初対面の女性には嫌われることも多く、いつも気がつけば当て馬女役。損な役回りだと友人からも言われる始末。  そんな朱里は、異動で営業部に所属することに。そこで、タイプの違うイケメン二人を発見。さらには、真面目で控えめ、そして可愛らしいヒロイン像にぴったりの女の子も。    イケメンのうち一人の片思いを察した朱里は、その二人の恋を応援しようと必死に走り回るが……。    全然上手くいかなくて、何かがおかしい??

先輩、お久しぶりです

吉生伊織
恋愛
若宮千春 大手不動産会社 秘書課 × 藤井昂良 大手不動産会社 経営企画本部 『陵介とデキてたんなら俺も邪魔してたよな。 もうこれからは誘わないし、誘ってこないでくれ』 大学生の時に起きたちょっとした誤解で、先輩への片想いはあっけなく終わってしまった。 誤解を解きたくて探し回っていたが見つけられず、そのまま音信不通に。 もう会うことは叶わないと思っていた数年後、社会人になってから偶然再会。 ――それも同じ会社で働いていた!? 音信不通になるほど嫌われていたはずなのに、徐々に距離が縮む二人。 打ち解けあっていくうちに、先輩は徐々に甘くなっていき……

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

FLORAL-敏腕社長が可愛がるのは路地裏の花屋の店主-

さとう涼
恋愛
恋愛を封印し、花屋の店主として一心不乱に仕事に打ち込んでいた咲都。そんなある日、ひとりの男性(社長)が花を買いにくる──。出会いは偶然。だけど咲都を気に入った彼はなにかにつけて咲都と接点を持とうとしてくる。 「お昼ごはんを一緒に食べてくれるだけでいいんだよ。なにも難しいことなんてないだろう?」 「でも……」 「もしつき合ってくれたら、今回の仕事を長期プランに変更してあげるよ」 「はい?」 「とりあえず一年契約でどう?」 穏やかでやさしそうな雰囲気なのに意外に策士。最初は身分差にとまどっていた咲都だが、気づいたらすっかり彼のペースに巻き込まれていた。 ☆第14回恋愛小説大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございました。

社内恋愛の絶対条件!"溺愛は退勤時間が過ぎてから"

桜井 響華
恋愛
派遣受付嬢をしている胡桃沢 和奏は、副社長専属秘書である相良 大貴に一目惚れをして勢い余って告白してしまうが、冷たくあしらわれる。諦めモードで日々過ごしていたが、チャンス到来───!?

処理中です...