完璧からはほど遠い

橘しづき

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ご飯くんって

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「ええ……あいつ、そんなやつだっけ……? 完全にイッちゃってるじゃん……」

「いやほんとに。そもそも向こうが浮気したくせにやたら上から目線だしさ……」

「ってことは、外堀を固める作戦に出たってことかな? 作戦って呼べるほどのこともないね、志乃が否定すればそれで済むし、自分は虚言するやつだって見られるのに分かってないのかな。あ、それともプロポーズする前に誰かに喋ってたのか。いやどちらにせよやばいな」

「大和が何を考えているのか全然分かんないよ」

 混乱して呟く私の肩に、沙織が手を置いた。

「とりあえず噂は任せて、私がちゃんと同期みんなに嘘だって言っておくから。あーでも、志乃の部署の子と浮気されて、って言うのは伏せたいよね? とりあえず大和がなんかやらかして志乃が振ったのを、あいつは復縁したがってる情けない奴って教えておくから」

「沙織~……」

「志乃はとにかくぶれない姿勢を貫きな。家に来るのが続くようなら警察呼ぶよって言って、本当に相談した方がいいかも。あいつやばいよ」

「うん、最悪そうなるね……」

「引っ越した方がいいんじゃない?」

 確かに、引っ越せば大和が来ることはなくなるだろう。その方が私も安心するので望ましいのだが、少し前に越したばかりで資金の方が辛い。

 それに……家が離れては、成瀬さんに料理を届けに行けなくなる。

「それは、もう少し考えてみる」

「そう? 誰かボディガードにでもなってくれればいいんだけどねえ。あ、あの人どうした、ご飯与えるバイトの」

「与えるってペットみたいな。
 えーと、うん、相変わらず続けてるけど、その人は……」

「好きなら告白して付き合ってもらえばいいじゃん」

「いやいや……って、え、なんで好きだって知ってるの!?」

 以前話した時、沙織は確かに『新しい恋』と呼んでいたが、私はきっぱり否定したはずだ。成瀬さんということも言っていないし、なのになぜ未だにそんなことを言ってくるんだろう?

 きょとんとしたのは沙織だ。

「え、大和に『好きな人がいる』って断ったって言ったの志乃じゃん。そしたら分かるよ、ご飯くんのことだって」

「ご飯くん」

「てゆーか前話聞いたときからそう思ってたけどね。志乃は違うって言ってたけど、ならあんなに楽しそうな顔で話さないって」

 指摘され、顔が熱くなった。

「そ、そんなに楽しそうにしてた……?」

「無茶苦茶ね。
 新しい男が出来れば大和もさすがに諦めるんじゃない? 守ってももらえるしいいことづくしだと思うんだけど」

 沙織は名案だとばかりに言ってくれるが、私は苦笑いして俯いた。

「でもどうやら、全く異性として見られてないみたいだし、全然成就しそうにないの」

「え、そうなの? そう思ってるのは志乃だけじゃない?」

「部屋に呼んだけど何もそんな雰囲気にならなかったの。駄目だよ」

 呼んだ、と言った瞬間沙織は私を二度見した。随分大胆なことをしたなと感心したのかもしれない。

 一緒にいて楽しんではくれていると思う。でも、きっと友達止まりだ。成瀬さんは私をそんなふうに見ていない。

 沙織は返答に困ったように眉を下げた。それに気づき、慌てて言った。

「ていうか時間! もう行かなきゃ、教えてくれてありがとうね!」

「ううん、同期にはちゃんと言っておくからね、志乃は気を付けるんだよ」

「ありがとう」

 そのまま沙織と別れる。深いため息をついた。私は結局、朝食代わりのジュースすら手に入れられず、手ぶらで仕事場に戻るしかなかった。






 朝一で会議があったのでそちらに向かい、他ごとを考えてしまいそうな頭を必死に仕事モードに切り替えた。以前みたいにプライベートなことでミスを犯してたまるか、という思いでいっぱいだった。
 
 追われるように仕事をこなし、昼前にようやく時間が出来る。朝から何も食べていないので空腹もすごかったが、私は食堂に走るより、まずすることがあった。

 オフィスを出て人気のない場所に行くと、大和に抗議のラインを送ったのだ。本来なら電話で怒鳴ってやりたいぐらいだが、向こうも仕事中だし何より声も聞きたくない。仕方なくスマホの液晶に怒りをぶつけるしかなく、何度も誤字を繰り返しながら、結婚するなんてガセネタを流したことを怒った。

 締めにはくどいぐらいにヨリは戻さない、と書いておいた。果たして、これで噂の訂正をしてくれるかどうか。

 送信したあと、落ち着かずじっと眺めていた。なかなか既読が付かないことにも苛立ち、心がざわめく。そりゃ仕事中なんだからすぐに既読にならなくてもしょうがないのだが、こちらの気にもなってほしい。

 やめやめ。あいつのせいで無駄な時間を過ごすなんてだめだ、空腹だからいら立ちもすごいんだ。

 私はそう自分に言い聞かせ、ようやく食堂に行こうかと足を踏み出した。そこでふと、目の前に誰かが立った。

「佐伯さーん」

 甲高い声。一瞬顔をゆがめてしまいそうになったのを瞬時に抑えた。高橋さんはニコニコ顔で私の前に立っていた。

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