完璧からはほど遠い

橘しづき

文字の大きさ
30 / 61

会いたいのに

しおりを挟む


 仕事を終えても、大和から返信はなかった。既読にはなっているので読んでいるはずなのに、何をしているんだろう。いら立ちは止まらない。

 だが沙織からは、『みんなには私が訂正しておいた』との連絡を貰ってちょっと安心した、持つべきものは友人だ。

 だが、同期はともかく、高橋さんも知ってたみたいだし。誤解だって言って口止めもしたけど、あの子ちゃんと守ってくれるんだろうか。

 不安に駆られながら一旦家に帰る。夜道で大和に会ったりしないか背後を警戒して歩いた。沙織に言われた引っ越しというのも頭によぎるが、やはり成瀬さんと離れてしまうことも引っ掛かる。一応物件を見てみるが、どれもピンとこない。

 昨晩作ったカレーを手に持ち、私はすぐさま成瀬さんの家に向かった。

 特に大和らしき人もいないし、静かな道を通っていつものマンションにたどり着く。扉の前に立つとほっと安心感を抱いた。前も大和に復縁を迫られた時、成瀬さんの顔を見てホッとしたことがあったっけ。思えばあの時から、彼は私の中で特別だったのか。

 鍵を使って中に入る。いつものようにパンパンのゴミ袋。私は慣れているので特に何も思わず廊下を突き進んだ。

 リビングのドアを開ける。彼がソファに死んでいる光景が目に入ってくるかと思っていたが、まるで違った。

 部屋が真っ暗だった。

「あれ」

 冷え切った部屋に、一つもついていない電気。私はとりあえず近くにあったスイッチを押してみる。パッと明るくなり周囲が見えるようになったが、やはり成瀬さんはいなかった。

 私は今来た道を戻って、浴室前に立った。ノックをしてみる。

「成瀬さん?」

 耳を澄ましてみるが、シャワーの音も何も聞こえない。入浴中というわけでもなさそうだ。寝室にも入ってみたが、空っぽのベッドがあるだけだった。

「……留守、か」

 ぽつんと呟いた。

 訪問すればいつでもいたのに。それで犬みたいに笑いながら私の持ってきたご飯を食べるのが普通だったのに。

 今日に限っていないなんて……。

 私は一旦リビングに戻り、とりあえず持ってきたカレーをキッチンの上に置くも、ここじゃ気づかれないかもしれないと思った。テーブルはまだ届いていないのだ。

 ソファの前に場所を移動させる。冷え冷えした部屋なのでここでも大丈夫だろう。ソファの正面にぽつんと置かれた紙袋。なんとなくその隣に腰を下ろして、帰ってこないかなあ、と思った。

 残業だろうか。誰かとご飯でも行ってるんだろうか。そりゃ成瀬さんだって出かけることもあるよ。でもいつだってこの部屋にいてくれたから、勝手だけれど心細い。

 床からお尻に冷たい温度が伝わってくる。少しだけ待ってみよう、帰ってくるかもしれないから。

 そう思って膝を抱えてみる。どうしても今日は成瀬さんの顔を見て話したかったのだ。

 結局少しだけ、と思っていたくせに、その後一時間以上居座ることとなる。完全に冷え切った体で震えが来てしまうぐらいになったころ、諦めて帰宅した。その日成瀬さんは帰ってこなかったのだ。





 翌日、いまだに大和からの返信はないし、成瀬さんからの連絡もなかった。カレーを置いておいたので、『来てくれたんだねありがとう』ぐらいメッセージが入るかと思っていたのだ。めんどくさがりだけどそういうお礼はちゃんとしてくれる気がした。でも来なかった。

 私は重い体を動かして出勤した。会社に行くと成瀬さんは普通に来ていた。普段通り仕事モードの彼で、涼しい顔をしながら仕事をこなしている。私はそんな横顔を盗み見るしか出来ず、カレーちゃんと食べたのかな、なんてことを思っていた。

 帰宅した後、簡単なおかずを作ってまたしても成瀬さんの家へ走った。今日こそ会えるはず、そう信じて部屋に行ってみたが、なんと本日も部屋は真っ暗だったのである。

 寒い部屋に一人ぽつんと立ち、泣きたい衝動に駆られた。ただ、シンクには私がカレーを入れて持ってきていた容器が置いてあったので、カレーは食べたんだということだけが救われた。

 私はいてもたってもいられず、その場でラインを打ち込んだ。

『こんばんは、今おかずを持ってきています
 今日何時頃帰りますか? 話したいことがあります』

 入力する手はやや震えていた。返事が来るだろうか、と心配していたのだが、案外それはすぐに来た。

『ありがとう
 今会社にいます』

 短い文面だが、それを読んでホッとした。そうか、残業してるのか。思えば成瀬さんは大きな案件も色々抱えているし、忙しいのは当然。むしろ今まであまり残業してこなかったのが意外かも。

 だがすぐにもう一通、届いた。

『しばらく忙しいから何時に帰るか分かりません
 食事も大丈夫です』


「……え」

 しばらく、成瀬さんとは二人で会えない?

 急にどうしたというのだろう。近いうち何か大きな仕事なんてあったっけ? そうだとしても、食事も持ってこなくていい、って……残業の間に何か買う、ということだろうか。

 冷気のこもっている部屋が、なお寒くなったように感じた。全身が凍えそうだ。

 何か違和感を感じていた。そう、今までの成瀬さんなら、忙しくなるより前に私に一言言ってくれたんじゃないかなとか、私が話したいって言えばどこかで時間を作ってくれるんじゃないかなとか、そう思ってしまう。だってあまりにも急すぎる。

 だがそれは私の自惚れなんだろうか。一緒に出掛けて楽しめたことで、距離が縮んだと勝手に思っていただけなんだろうか。

 それとも、避けられるようなことをしたんだろうか。

「……しばらくって、いつよ」

 ぶわっと目に涙が浮かんだ。本人に聞いてもよかったけれど、きっと彼は曖昧な答えしか返してくれない、そんな気がした。



しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】1日1回のキスをしよう 〜対価はチョコレートで 〜

田沢みん
恋愛
ハナとコタローは、 お隣同士の幼馴染。 親から甘いもの禁止令を出されたハナがコタローにチョコレートをせがんだら、 コタローがその対価として望んだのは、 なんとキス。 えっ、 どういうこと?! そして今日もハナはチョコを受け取りキスをする。 このキスは対価交換。 それ以外に意味はない…… はずだけど……。 理想の幼馴染み発見! これは、 ちょっとツンデレで素直じゃないヒロインが、イケメンモテ男、しかも一途で尽くし属性の幼馴染みと恋人に変わるまでの王道もの青春ラブストーリーです。 *本編完結済み。今後は不定期で番外編を追加していきます。 *本作は『小説家になろう』でも『沙和子』名義で掲載しています。 *イラストはミカスケ様です。

結婚する事に決めたから

KONAN
恋愛
私は既婚者です。 新たな職場で出会った彼女と結婚する為に、私がその時どう考え、どう行動したのかを書き記していきます。 まずは、離婚してから行動を起こします。 主な登場人物 東條なお 似ている芸能人 ○原隼人さん 32歳既婚。 中学、高校はテニス部 電気工事の資格と実務経験あり。 車、バイク、船の免許を持っている。 現在、新聞販売店所長代理。 趣味はイカ釣り。 竹田みさき 似ている芸能人 ○野芽衣さん 32歳未婚、シングルマザー 医療事務 息子1人 親分(大島) 似ている芸能人 ○田新太さん 70代 施設の送迎運転手 板金屋(大倉) 似ている芸能人 ○藤大樹さん 23歳 介護助手 理学療法士になる為、勉強中 よっしー課長(吉本) 似ている芸能人 ○倉涼子さん 施設医療事務課長 登山が趣味 o谷事務長 ○重豊さん 施設医療事務事務長 腰痛持ち 池さん 似ている芸能人 ○田あき子さん 居宅部門管理者 看護師 下山さん(ともさん) 似ている芸能人 ○地真央さん 医療事務 息子と娘はテニス選手 t助 似ている芸能人 ○ツオくん(アニメ) 施設医療事務事務長 o谷事務長異動後の事務長 雄一郎 ゆういちろう 似ている芸能人 ○鹿央士さん 弟の同級生 中学テニス部 高校陸上部 大学帰宅部 髪の赤い看護師(川木えみ) 似ている芸能人 ○田來未さん 准看護師 ヤンキー 怖い

シンデレラは王子様と離婚することになりました。

及川 桜
恋愛
シンデレラは王子様と結婚して幸せになり・・・ なりませんでした!! 【現代版 シンデレラストーリー】 貧乏OLは、ひょんなことから会社の社長と出会い結婚することになりました。 はたから見れば、王子様に見初められたシンデレラストーリー。 しかしながら、その実態は? 離婚前提の結婚生活。 果たして、シンデレラは無事に王子様と離婚できるのでしょうか。

ヒロインになれませんが。

橘しづき
恋愛
 安西朱里、二十七歳。    顔もスタイルもいいのに、なぜか本命には選ばれず変な男ばかり寄ってきてしまう。初対面の女性には嫌われることも多く、いつも気がつけば当て馬女役。損な役回りだと友人からも言われる始末。  そんな朱里は、異動で営業部に所属することに。そこで、タイプの違うイケメン二人を発見。さらには、真面目で控えめ、そして可愛らしいヒロイン像にぴったりの女の子も。    イケメンのうち一人の片思いを察した朱里は、その二人の恋を応援しようと必死に走り回るが……。    全然上手くいかなくて、何かがおかしい??

先輩、お久しぶりです

吉生伊織
恋愛
若宮千春 大手不動産会社 秘書課 × 藤井昂良 大手不動産会社 経営企画本部 『陵介とデキてたんなら俺も邪魔してたよな。 もうこれからは誘わないし、誘ってこないでくれ』 大学生の時に起きたちょっとした誤解で、先輩への片想いはあっけなく終わってしまった。 誤解を解きたくて探し回っていたが見つけられず、そのまま音信不通に。 もう会うことは叶わないと思っていた数年後、社会人になってから偶然再会。 ――それも同じ会社で働いていた!? 音信不通になるほど嫌われていたはずなのに、徐々に距離が縮む二人。 打ち解けあっていくうちに、先輩は徐々に甘くなっていき……

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

FLORAL-敏腕社長が可愛がるのは路地裏の花屋の店主-

さとう涼
恋愛
恋愛を封印し、花屋の店主として一心不乱に仕事に打ち込んでいた咲都。そんなある日、ひとりの男性(社長)が花を買いにくる──。出会いは偶然。だけど咲都を気に入った彼はなにかにつけて咲都と接点を持とうとしてくる。 「お昼ごはんを一緒に食べてくれるだけでいいんだよ。なにも難しいことなんてないだろう?」 「でも……」 「もしつき合ってくれたら、今回の仕事を長期プランに変更してあげるよ」 「はい?」 「とりあえず一年契約でどう?」 穏やかでやさしそうな雰囲気なのに意外に策士。最初は身分差にとまどっていた咲都だが、気づいたらすっかり彼のペースに巻き込まれていた。 ☆第14回恋愛小説大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございました。

社内恋愛の絶対条件!"溺愛は退勤時間が過ぎてから"

桜井 響華
恋愛
派遣受付嬢をしている胡桃沢 和奏は、副社長専属秘書である相良 大貴に一目惚れをして勢い余って告白してしまうが、冷たくあしらわれる。諦めモードで日々過ごしていたが、チャンス到来───!?

処理中です...