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教えたくなかった
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「さっき言われてその通りだと思った。俺は人に甘えすぎたから、いい加減自分のことは自分でしないとね。高橋さんの気持ちは嬉しいけど、君は君でこれから仕事を沢山覚える必要があるからね。自分のことを頑張って」
断りのセリフが聞こえてきて、私は安心で泣きそうになった。ああ、よかった、少なくとも高橋さんにこの合鍵を渡すことはなさそうだ。肩の力が抜ける。
彼女は頬を膨らませて拗ねている。成瀬さんは話を切り上げるように言った。
「免許証貰うね、届けてくれてありがとう。もう夜遅いから」
「はーい今日のところは帰りますね。あ、佐伯さんももう帰りますよね? 一緒にタクシー乗っていきませんか? 家どこですか」
「え!? あ、えっと、今日は友達の家に泊まるから……会社の近くなんだけど」
「よかった方角一緒。じゃあタクシー相乗りしましょ。成瀬さん、おやすみなさーい」
高橋さんは私の腕を強く掴んだ。長い爪がやや食い込んで痛みを覚えるほどだ。結局今日、成瀬さんに話したいと思っていたことが叶わない。私は困った視線を送ったが、成瀬さんもどうしようもない。高橋さんがいる限り、私がここで残るのは無理がある。
諦めて頷いた。
「じゃあ、成瀬さん、おやすみなさい」
「うん、ありがとう」
名残惜しさを感じながら、私たちは離れた。タイミングを改める必要があるみたいだ。仕方ない、またラインで日程を調整しよう。
私と高橋さんが並んで歩き出す。腕はがっちりつかまれたままだ。一度振り返ると、成瀬さんがこちらをじっと見送っていた。高橋さんもそれに気づき、笑顔で手を振る。
二人でエレベーターに乗り込んだ。そこでやっと腕が解放される。扉が閉まって下降しだすと、少しの間沈黙が流れた。
私は気まずさに耐えられず、なるべく普段通りを装って話しかけてみる。
「あ、この辺はあまりタクシー通らないから、電話で呼んでみるね」
「お願いしまーす」
さっきより幾分か低い声で言う。うーん、私が古い人間なのかな、先輩にそう言われたら『自分が掛けますよ』って私なら言うんだけど……まあいいか。
私はなるべくゆっくりした動作で電話を掛ける。少しでも高橋さんと二人で話す時間を減らしたいと思ったのだ。生憎瞬時に電話は繋がり、一台タクシーを頼んだ。すぐに来れるようだったので、そこは幸いだった。
マンションを出てエントランスも抜ける。すっかり暗くなった空には星が輝いていた。冷え切った風が頬を刺して痛みを覚える。吐き出した息が白く上るのを眺めながら、まあ、相手は高橋さんだけど、大和と鉢合わせたときのことを考えれば、一人で帰宅じゃないのはよかったと思っておこう、と考えた。
玄関の前に二人立ってタクシーを待っていた。
「てゆうか、やっと分かりました。そりゃ勘違いしますよねー」
突然主語もなく話し出した。きょとん、としてそちらを見る。
「佐伯さん、前成瀬さんのこと好きっぽい雰囲気出してたから。二人って全然接点ないはずなのに、成瀬さんも妙に高橋さんを庇うようなこと言うなーって不思議に思ってたんです。そういう関係だったんですねー」
「い、いや、私は別に成瀬さんのことを」
「勘違いしちゃいますよねえそりゃ。ご飯作ってほしい、なんて言われたら、どんだけ釣り合ってないって分かってても期待するの分かります!」
いちいち棘をつけなければ話せない病気なのだろうか?
それでも、その言葉が図星だと思って何も言い返せなかった。釣り合ってないって分かってたけど、好きになってしまった。
ふふ、と高橋さんは笑う。
「大丈夫、誰にも言いませんよ。あの成瀬さんとそんな親しいなんて知られたら、女子たちに睨まれますからねー」
「あ、ありがと」
「でももうこれで分かりましたよね? 成瀬さんが本当に佐伯さんを特別に思ってたら、今日あんなにあっさり引き下がらなかったと思うんです。ちゃんと現実を見て、佐伯さんは富田さんと結婚した方がいいんじゃないですかあ? ちょっと他に目移りしやすい人みたいですけどね」
「…………」
「あ! そうだ、成瀬さんって食べ物何が好きですか?」
笑顔で尋ねられ、たじろいだ。急に何を聞いてくるのだろう。
「それ聞いてどうするの?」
「え、どうするって。私が明日から成瀬さんにご飯作ってあげるんですよ」
「断られてたじゃない!」
ぎょっとして言った。さっき成瀬さんはきっぱり遠慮するって言ってたはずだ。それを高橋さんも聞いていたのに、一体何を言ってるんだろう。
しかし彼女は笑いながら、そんなことも分からないんですか、とばかりに私を見た。
「佐伯さんの前ではお願いします、って言いにくいでしょー? 成瀬さんの優しさですよ! 私は分かります。明日からはこっそり私が成瀬さんに差し入れを作って届けますね! 料理得意なんですよ。成瀬さんって何が好きなんですか?」
そうなのか、とぼんやり思った。
私がいる手前、高橋さんに許可を出しにくかっただけで、本当はお願いしたいと思ってたのかな。二日連続で二人でご飯に行くぐらいの関係なら、確かに高橋さんにやってほしいと思うのかもしれない。
じゃあこれからはやっぱり、高橋さんが今まで私がやってみたいに? 成瀬さんの駄目なとことか全部この子も知るようになって、ご飯あげたり買い物に行ったりするの?
この鞄の中に入ってる合鍵、成瀬さんに返したら、高橋さんのところに行くんだろうか。
「成瀬さんの、好物は……」
「はい!」
「なんでも、好き、みたいだよ……」
自分で情けなくなるぐらい、小さくくぐもった声で答えた。
カレー、だなんて、教えたくなかった。
断りのセリフが聞こえてきて、私は安心で泣きそうになった。ああ、よかった、少なくとも高橋さんにこの合鍵を渡すことはなさそうだ。肩の力が抜ける。
彼女は頬を膨らませて拗ねている。成瀬さんは話を切り上げるように言った。
「免許証貰うね、届けてくれてありがとう。もう夜遅いから」
「はーい今日のところは帰りますね。あ、佐伯さんももう帰りますよね? 一緒にタクシー乗っていきませんか? 家どこですか」
「え!? あ、えっと、今日は友達の家に泊まるから……会社の近くなんだけど」
「よかった方角一緒。じゃあタクシー相乗りしましょ。成瀬さん、おやすみなさーい」
高橋さんは私の腕を強く掴んだ。長い爪がやや食い込んで痛みを覚えるほどだ。結局今日、成瀬さんに話したいと思っていたことが叶わない。私は困った視線を送ったが、成瀬さんもどうしようもない。高橋さんがいる限り、私がここで残るのは無理がある。
諦めて頷いた。
「じゃあ、成瀬さん、おやすみなさい」
「うん、ありがとう」
名残惜しさを感じながら、私たちは離れた。タイミングを改める必要があるみたいだ。仕方ない、またラインで日程を調整しよう。
私と高橋さんが並んで歩き出す。腕はがっちりつかまれたままだ。一度振り返ると、成瀬さんがこちらをじっと見送っていた。高橋さんもそれに気づき、笑顔で手を振る。
二人でエレベーターに乗り込んだ。そこでやっと腕が解放される。扉が閉まって下降しだすと、少しの間沈黙が流れた。
私は気まずさに耐えられず、なるべく普段通りを装って話しかけてみる。
「あ、この辺はあまりタクシー通らないから、電話で呼んでみるね」
「お願いしまーす」
さっきより幾分か低い声で言う。うーん、私が古い人間なのかな、先輩にそう言われたら『自分が掛けますよ』って私なら言うんだけど……まあいいか。
私はなるべくゆっくりした動作で電話を掛ける。少しでも高橋さんと二人で話す時間を減らしたいと思ったのだ。生憎瞬時に電話は繋がり、一台タクシーを頼んだ。すぐに来れるようだったので、そこは幸いだった。
マンションを出てエントランスも抜ける。すっかり暗くなった空には星が輝いていた。冷え切った風が頬を刺して痛みを覚える。吐き出した息が白く上るのを眺めながら、まあ、相手は高橋さんだけど、大和と鉢合わせたときのことを考えれば、一人で帰宅じゃないのはよかったと思っておこう、と考えた。
玄関の前に二人立ってタクシーを待っていた。
「てゆうか、やっと分かりました。そりゃ勘違いしますよねー」
突然主語もなく話し出した。きょとん、としてそちらを見る。
「佐伯さん、前成瀬さんのこと好きっぽい雰囲気出してたから。二人って全然接点ないはずなのに、成瀬さんも妙に高橋さんを庇うようなこと言うなーって不思議に思ってたんです。そういう関係だったんですねー」
「い、いや、私は別に成瀬さんのことを」
「勘違いしちゃいますよねえそりゃ。ご飯作ってほしい、なんて言われたら、どんだけ釣り合ってないって分かってても期待するの分かります!」
いちいち棘をつけなければ話せない病気なのだろうか?
それでも、その言葉が図星だと思って何も言い返せなかった。釣り合ってないって分かってたけど、好きになってしまった。
ふふ、と高橋さんは笑う。
「大丈夫、誰にも言いませんよ。あの成瀬さんとそんな親しいなんて知られたら、女子たちに睨まれますからねー」
「あ、ありがと」
「でももうこれで分かりましたよね? 成瀬さんが本当に佐伯さんを特別に思ってたら、今日あんなにあっさり引き下がらなかったと思うんです。ちゃんと現実を見て、佐伯さんは富田さんと結婚した方がいいんじゃないですかあ? ちょっと他に目移りしやすい人みたいですけどね」
「…………」
「あ! そうだ、成瀬さんって食べ物何が好きですか?」
笑顔で尋ねられ、たじろいだ。急に何を聞いてくるのだろう。
「それ聞いてどうするの?」
「え、どうするって。私が明日から成瀬さんにご飯作ってあげるんですよ」
「断られてたじゃない!」
ぎょっとして言った。さっき成瀬さんはきっぱり遠慮するって言ってたはずだ。それを高橋さんも聞いていたのに、一体何を言ってるんだろう。
しかし彼女は笑いながら、そんなことも分からないんですか、とばかりに私を見た。
「佐伯さんの前ではお願いします、って言いにくいでしょー? 成瀬さんの優しさですよ! 私は分かります。明日からはこっそり私が成瀬さんに差し入れを作って届けますね! 料理得意なんですよ。成瀬さんって何が好きなんですか?」
そうなのか、とぼんやり思った。
私がいる手前、高橋さんに許可を出しにくかっただけで、本当はお願いしたいと思ってたのかな。二日連続で二人でご飯に行くぐらいの関係なら、確かに高橋さんにやってほしいと思うのかもしれない。
じゃあこれからはやっぱり、高橋さんが今まで私がやってみたいに? 成瀬さんの駄目なとことか全部この子も知るようになって、ご飯あげたり買い物に行ったりするの?
この鞄の中に入ってる合鍵、成瀬さんに返したら、高橋さんのところに行くんだろうか。
「成瀬さんの、好物は……」
「はい!」
「なんでも、好き、みたいだよ……」
自分で情けなくなるぐらい、小さくくぐもった声で答えた。
カレー、だなんて、教えたくなかった。
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