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カレーは私のお腹の中
しおりを挟む慌てて自分たちの職場へ向かった。やることはお互い盛りだくさんだ、特に成瀬さんは営業部のエース。私よりずっと重要な案件を沢山持っている人だ。
私はすぐさま自分のデスクに行き、隣の今泉さんに挨拶をした。パソコンを立ち上げ、さて何から始めようかと思っていると、甲高い声が響いてきた。
「おはようございます成瀬さん!」
耳を塞いでしまいたいぐらい、拒否反応が凄い。私は自然と眉を顰めていた。やや離れた場所に目を向けると、やはり高橋さんがうさぎかよと突っ込みたくなるぐらいに跳ねながら成瀬さんのデスクに近づいていた。朝っぱらから、なんだよ。
彼女はオフィス中に響き渡るような声で言った。
「お味はどうでした??」
カレーのことだ、と分かった。
朝一番にみんなの前で、カレーの感想を聞いているのだあの子は。
成瀬さんはああ、と思い出したように鞄から空の容器を取り出した。それを見て高橋さんはわっと声を上げる。
「全部食べてくれたんですかー!? 私が作ったカレー!」
私が作った、をやけに強調している。周りがざわめくのが分かった。そりゃそうだよね、手作りのカレーを差し入れするなんて普通、深い仲だと勘違いしてしまう。
成瀬さんは立ち上がり、容器を高橋さんに手渡す。
「はい、凄く美味しかったらしいよ」
「よかったですうー! 頑張って作ったんで」
「佐伯さんが全部食べてくれた」
成瀬さんの言葉に、高橋さんは笑顔のまま固まった。私の名が出たことにより、周りの社員たちも固まった。隣に座る今泉さんに至っては、勢いよく私を振り返る。曖昧な笑みを浮かべて答えるしかなかった。
成瀬さんは未だ笑顔を凍らせたままの高橋さんに言う。
「断ったはずだけど、もう一度言うね。俺高橋さんからの料理はいらないから。佐伯さんが作ったもの以外食べられないし」
何十の目が一斉に私を見た。こんなに誰かに注目されることなんてなかなかない。私は居心地が悪くなって小さくなった。
高橋さんも私の方を見る。そして理解できない、というように顔を歪めて首を傾げた。
「な、成瀬さんそう言うこと言うのよくないですよー? ほら、前も言ったけど佐伯さんに頼りすぎも」
「でも特別な人にならしてもらってもいい、って言ってたじゃん」
「は???」
「佐伯さんとようやく付き合えることになったので、もう引っ掻き回すのやめてくれる?」
「…………は」
高橋さんは目を真ん丸にした。時間が止まったかのような沈黙が流れる。それを破るかのように、誰かの電話が鳴り響いた。慌ててそれに対応する人の音で我に返ったのか、高橋さんは大きな声で叫んだ。
「嘘、そんなの嘘ですよね!?」
「ほんとだけど。まあ、この話は置いておこう、それより高橋さんに話したいことがある。
君何しに会社に来てるの?」
「……え、え?」
「今の指導係の村田と三人で時間を割き、今後について話したわけだけど、君からは全然やる気が感じられないっていうか。未だに少しでも複雑な仕事があるとほかの社員に頼ってるの、気づいてるよ。お前らも簡単に受け入れんな」
成瀬さんが誰にともなく苛立った声で言った。自覚があるらしい数名の男性社員が視線を泳がせている。
「仕事が出来ないのは別にいい、そこにやる気があるなら。一生懸命やって出来ないならフォローするつもりだったけど、全然そんなの感じられないんだよね。今も、朝からみんな集中して仕事してる中でカレーの味の感想聞きに来るってさ。それに加えて、トラブルを巻き込むようなことばかりしてる」
「え、何のことですか」
「散々君が裏で煽ってた彼のことはもう片付きました。プライベートなことを持ち込んでもめごとを起こすような人ははっきり言って迷惑」
高橋さんはようやく気が付いたようだ、大和のことだと分かったんだろう。凄い形相で私の方を睨みつけた。今泉さんが小声で「こわ」と呟いたのが耳に届く。そんな彼女に、成瀬さんはさらに追い打ちをかける。
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