視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

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光の入らない部屋と笑わない少女

変化する映像

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 岩田さんに一言声をかけてシャワーを借り、控え室へ戻った。入れ替わりに九条さんもシャワーを浴びに行ったため、私は部屋に一人残されていた。

 朝方は眠気が強かったが、今はシャワーを浴びたせいで頭がスッキリしている。なんとなく糖分が欲しくなって、以前リナちゃんに返された焼き菓子を食べていた。

 林檎と紅茶のケーキだった。確かに小さな子に紅茶味はお気に召さないのも仕方ないかもしれない。

 バター香る上品な味だった。ボーッとしているのもなんなので、昨晩見ていたあの映像を再生して今一度見直していみる。

 慣れない手つきで何とか機械を起動させ時間を戻し、問題のシーンに差し掛かる。

 岩田さんがうなされていて、それをリナちゃんがベッドサイドで覗き込んでいる様子だ。1度目にした光景だというのに、未だ私は慣れずゾッとした。

「……何を思って観察しているんだろう……」

 亡くなった母を思い浮かべる。私だったら、お母さんが隣で苦しそうにしてたら起こしたり名前を呼んだりするだろうけど、この子は……。

 20分間、きっと大人ですらそんな時間同じ体制で居続けるのは辛いのにこの子はじっと動かず見ているだけだ。岩田さんはずっと唸り続けている。

 りんごのケーキが急に胃もたれするように感じた。食事をしながら見るべきじゃなかったかもしれない。

 後悔しながらそれでも小さくケーキを齧り、画面を見続ける。ようやく岩田さんの声が止み、リナちゃんがベッドに戻るところだ。

 小さな体が布団の中に足を入れ、上半身を倒していく。ここ、ここだ。

 体が倒れた瞬間に映る女性。白い着物を着た、若い……

「……あれ」

 声が漏れた。ピタリと手を止める。

 一瞬見えた女の人は相変わらずリナちゃんの背後に見えるのだが、昨晩はその顔までは見えなかったはず。

 それが今は見えた。暗視カメラの中ハッキリと物が見えないはずの画面にその姿が。

 真っ赤な紅を塗った薄い唇。

「……もう一度」

 どこか震える手で操作する。ほんの少し時間を戻す。

 リナちゃんが布団に足を入れる。

 上半身を倒す。

 白い着物、結った黒髪、赤い紅、小さめの鼻?

「……もう、一回」

 りんごのケーキを床に適当に置き、私は同じことを繰り返す。

 リナちゃんが布団に足を入れる。

 上半身を倒す。

 白い着物、結った黒髪、赤い紅、小さめの鼻、切長の一重の目。

「……待って……」

 手の震えは加速する。またしても私は映像を戻す。

 リナちゃんが布団に足を入れる。

 上半身を倒す。

 白い着物、結った黒髪、赤い紅、小さめの鼻、切長の一重の目はリナちゃんを見さげているかと思うと、次の瞬間こちらを見た。

「 ! 」

 ドキドキと胸が鳴る。

 間違いない。映像の中で、この女は変化している。

 たった一瞬映るだけだけど、その中で再生するたび確実に変化していっている。昨晩は顔はハッキリ見えなかったのに今は目の前にこの人がいるのかと錯覚するほどに明確にわかる。

 再び戻そうとして一瞬たじろぐ。お風呂に行っている九条さんを待った方がいいだろうか。でも、時間が経つ事でこの現象が止まってしまったら? 霊とは気まぐれなのだ。

 それに何より、

「……手が止まらない……」

 機械を操作する自分の手はもう無意識に動いていた。もはや私のものではないように。

 額に汗が滲んだ。目の前のモニターはまたリナちゃんを映し出している。

 リナちゃんが寝る。生きている人間と同じくらい鮮明に映る女は鋭い視線をカメラに寄越す。蛇に睨まれた蛙のように私は全身が強張る。

 ああ、昨日も思ったけど、この女の人って恐怖というよりどこか神々しい。威圧感があってオーラも違う。ただの霊に対する恐ろしさではないのだ。

 女と目が合った状態が続く。

 ……続く?

「……ちょ」

 一気に震えが全身に広がった。

 この人が映るのは一瞬だけだったはず。そのあと隣の岩田さんがすぐ飛び起きるんだから。

 でも起きるはずの岩田さんは何も動かない。リナちゃんも岩田さんも呼吸すら感じないほどに。

 女は消えない。リナちゃんの頭部近くで正座している様子がわかる。

 消えない、なぜ? 岩田さんが、起きない?

 映像を止めようと手を伸ばしたくても自分の体はまるでいうことを聞かなかった。金縛りにあったようだった。

 女の強い視線は私をとらえて離さず魔法のようだった。鋭い視線から目を離すことが出来ない。

 だめだ、だめ。このまま見ててはいけない。

 必死にそう自分に言い聞かせるもそれはなんの力も発さなかった。そしてとうとう、画面の中の女がすっと立ち上がったのが分かった。

 下半身は殆ど消えていてよく見えなかった。

「あ……」

 こちらを見たまま、女がゆっくり私の方に近寄ってくる。

 それは歩みを進める動きとは異なり、すーっと流れるように女の上半身は移動した。

 どんどんカメラに近づいてくる。彼女の顔がよりハッキリ認識出来るようになる。どこか厳かな、不思議なオーラを醸し出していた。暗視カメラの映像の中で、この人だけが別次元のように存在している。

「ちょ、ちょっと待っ」

 彼女の顔が大きくなってくる

 徐々に、徐々に

 岩田さんは起きない

 私の体も動かない
 
 彼女の目は私だけを見ている


 
 だめ

 それ以上、来られては


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