75 / 450
目覚めない少女たち
目覚め
しおりを挟むゆらゆらと揺られる心地いい動きに、重い瞼を少しだけ持ち上げた。
体全体が浮いているような感覚に包まれていた。ぼうっとした頭で、視界に映る白い天井を見つめる。それと同時に、見慣れた顔があるのに気がついた。
「……本物……?」
疑心暗鬼になって独り言を呟く。その独り言に気づいたのか、九条さんがはっと私の顔を見下げた。彼は相変わらず白い肌に無造作な黒髪だった。ただその表情は、少し切羽詰まったような顔に見える。しまった、これはまた偽物か?
「光さん?」
「……え?」
「目が覚めたんですか?」
少し目を見開いて彼は私に尋ねた。私は未だイマイチ回転の悪い頭で考えながらとりあえず頷いてみる。また愛の告白でもされたらどう逃げよう。
私が頷いたのをみて、はあーっと九条さんは天井を見上げて長い息を吐いた。そしてすぐに眉をひそめた顔で私を見た。
「目覚めないかと思いましたよ」
「はあ……」
「突然気を失って、何をしても目を覚ましませんでした。これまで入られた時はもっと安易に目を覚ましたのに。これは本格的に危ういと判断して今学校を出ようとしていたところです」
「おや……本物?」
「さっきから何を言ってるんですか?」
私の言葉に首を傾げる。そんな彼の顔を見上げながら、ようやく頭が冷静になってくる。あれ、現実か。今度こそ本物の九条さんなんだろうか? もしまた偽物だったらどうしよう。
そう混乱している最中、自分の体が浮いていることに気がついた。そういえば、さっきからふわふわと浮遊感に襲われていたのだが……
「……ふぁ!!?」
状況を把握してつい変な声が漏れた。自分は、九条さんにいわゆるお姫様だっこをされている状態だった。それに気づいた瞬間一気にまた現実ではない説が強まる。だって、九条さんが私をお姫様抱っこって!
「す、すみません九条さん、重くないですか!?」
「ああ、忘れてました」
彼はそういうとゆっくり私をおろしてくれる。私はそのまま床に座りこむ。未だ全身に力が入らなかったからだ。
同時に、洋服が所々水に濡れていることに気がついた。はて、と思っていると、九条さんがそれに気づいたようにいう。
「すみません、なんとかして起こそうと水を顔にぶっかけまして」
「…………」
あ、これ、本物だ。本物の九条さんだ。そう確信する。
だって甘々な夢を見せようとした偽物の九条さんが女の顔に冷水ぶっかけないでしょう。温かい食事でも取ろうって言ってた人がやらかすとは到底思えない。
と冷静に分析した瞬間、さっきの抱っこが現実なんだと気がつき顔が熱くなる。いつだか言われた冗談が、ついに現実になるとは。でも、ぼうっとしてたからあんまり感覚覚えてない、しまったもうちょっと味わっておくべき……ってそうじゃない。
「わ、私入られたんでしょうか?」
「……入られた、んでしょうか。
あまりに目を覚さないので、私はてっきり五人目の目覚めない人になったのかと思ったのです」
そう言われて一気に心臓が冷える。そうか、私結構危険だったのかも。
思えば、違和感に気づかないうちは非常に幸せな夢かだった。あのまま時が止まればいいと思うくらい。九条さんの異変に気づかなければ、夢の中でずっと生きていたのかも……。
九条さんが続ける。
「あなたはここの生徒ではないですが、昔あまり友人がおらず寂しい学生時代だったと言っていたので。霊と波長が合ってしまったのかと」
「そ、そうなのかも……私、今すごく不思議な夢を見てたんです!」
「どんなですか」
「あの!」
言いかけてはたと止まる。いや待って、どう説明するの? 九条さんに告白されて喜んでたら偽物だと途中で気が付きましたって?
そんなの、私の恋心ばらすようなものじゃない?
固まった私の顔を、九条さんが覗き込む。
「光さん?」
「なん、か……幸せな始まりで、すごく……でも、途中でこれは偽物だって気づいたんです。そしたら、こう世界がぐにゃっと曲がった感じで」
抽象的に話をまとめた。別に具体的に言わなくてもこれで伝わると思う。
九条さんは腕を組んで考え込む。
「幸せな夢、ですか」
「ええすごく。今考えたらありえない世界なんですけど、あの時はてっきり現実かと思って……でもかろうじて気がつきました」
「幸せな、夢……」
考える九条さんを見ながら私ははっと思い出し、さらに言った。
「私見ました、夢の中で、首吊りの霊の顔を!」
九条さんが驚いた顔で私を見る。
「なんですって?」
「首吊りしてる子の顔を覗き込んだんです、その後その子が目を開いて声出したりして凄く怖かったんですけど……追われて足首引っ張られたり……でも、確かに見ました」
「どんな子だったんです」
真剣な九条さんの声が響く。
私はぐっと彼の顔を見つめて、あの子の名前を告げた。
「……何と言いました?」
少し目を見開いて、九条さんはそう聞き返した。私は再びしっかりした声で返す。
決して間違いなどではない。あの夢の中で見たあの子の顔を忘れるわけがないのだ。
何度も目の前で首吊りを重ねた彼女。なぜこんなことになっているのか私の頭ではまるでわからず混乱しているが、これが事実。
九条さんはどこか感心したように頷いた。その瞳には、不思議な色が宿っているように感じる。鋭く光るその目に一瞬どきりとする。
「非常に面白い」
36
あなたにおすすめの小説
視える僕らのシェアハウス
橘しづき
ホラー
安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。
電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。
ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。
『月乃庭 管理人 竜崎奏多』
不思議なルームシェアが、始まる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
お客様が不在の為お荷物を持ち帰りました。
鞠目
ホラー
「変な配達員さんがいるんです……」
運送会社・さくら配達に、奇妙な問い合わせが相次いだ。その配達員はインターフォンを三回、ノックを三回、そして「さくら配達です」と三回呼びかけるのだという。まるで嫌がらせのようなその行為を受けた人間に共通するのは、配達の指定時間に荷物を受け取れず、不在票を入れられていたという事実。実害はないが、どうにも気味が悪い……そんな中、時間指定をしておきながら、わざと不在にして配達員に荷物を持ち帰らせるというイタズラを繰り返す男のもとに、不気味な配達員が姿を現し――。
不可解な怪異によって日常が歪んでいく、生活浸食系ホラー小説!!
アルファポリス 第8回ホラー・ミステリー小説大賞 大賞受賞作
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
婚約者の幼馴染?それが何か?
仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた
「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」
目の前にいる私の事はガン無視である
「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」
リカルドにそう言われたマリサは
「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」
ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・
「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」
「そんな!リカルド酷い!」
マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している
この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ
タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」
「まってくれタバサ!誤解なんだ」
リカルドを置いて、タバサは席を立った
完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています
オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。
◇◇◇◇◇◇◇
「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。
14回恋愛大賞奨励賞受賞しました!
これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。
ありがとうございました!
ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。
この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。