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聞こえない声
ポッキーの終わりがこの男の終わり
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菊池さんが頭を下げた。そうと決まれば早速撮影機材を、と動こうとした私たちを、彼は慌てて止める。
「あ、あの!
依頼しておきながらこんなことを言うのは失礼かと思うんですが。今の状況にも、そしてこの調査体制にも、長時間耐えらえる自信は正直ないです。時間がかかりそうなら、調査を途中で引き上げて頂くかもしれません」
申し訳なさそうに言ってきた菊池さんに、私たちは何も不快には思わなかった。彼の言うことは最もだと思ったのだ。昼間仕事をして帰ってきたら、廊下に他人がいる生活なんて息が詰まるだろう。だったら他のところに除霊を頼んだ方が早いとも思う。
九条さんも素直に頷いた。
「それは構いません。いつでも菊池さんの意思に従いますので、その時はすぐにおっしゃってください」
「ありがとうございます……」
ほっとしたように息を吐いた菊池さんを背にして、私たちは撮影準びのため一旦車へと戻っていった。
一度二人で車に戻り、重い機材たちを懸命に運び入れた。その際九条さんに話を聞くと、やはり「何かがいそう」という感じだけはあったらしい。
すぐに解決してくれればいいが、長引くと途中で調査終了させられそうだ。できればさっさと怪奇の正体を見つけて終わらせたいと心から祈った。
とりあえず撮影機材をセットしたあと、九条さんと二人で簡単に食事を済ませアパートに戻った。菊池さんの証言では、夜になると足音が聞こえると言っていたので、これからが本番だ。
菊池さんに一言挨拶だけすると、気を遣わせないように廊下に座り込んだ。調査はいつも過酷で環境もそれぞれだけど、あまり広くない廊下で一晩過ごすのもなかなかなパターンだと思う。まあ、車の中にいるよりいいのかな、足伸ばせるし。
とりあえず明日朝には菊池さんがお仕事で出かけるので、それまでの調査となる。
ひんやりした床に楽な姿勢で座っていると、九条さんがスマホを差し出した。菊池さんの部屋の中が映っている動画だ。
「モニターはこの廊下では狭くて置けないので、今回はスマホで監視にしましょう」
「目が疲れそうですね……てゆうか扉一枚向こうの部屋を監視するっていうのもシュールな光景といいますか」
「何かあれば中に飛び込めるのでいい環境とも言えますがね。さて、夜は長いですね、さっさと霊が姿を表してくれればいいんですがね」
小声でヒソヒソ話す私たちの背後のドアが、ゆっくりと控えめに開かれた。気まずそうなスエット姿の菊池さんが私たちを見下ろしている。
「す、すみません、何か、そんなところで」
「いえ、お気になさらず。気になると思いますが」
「これ、よければどうぞ。別にいつでも入ってきて冷蔵庫とか使ってもらっていいですから……」
申し訳なさそうに差し出したのは、飲み物や夜食が入ったコンビニ袋だった。私たちが夕飯のために出た後買ってきてくれたのだろうか。
さらには座布団とブランケットも手渡してくれる。
「わ! 菊池さんありがとうございます……」
「いえ、女性は体冷やすのよくありませんしね。無理しないでください黒島さん」
私のお礼に、菊池さんは優しく微笑んだ。その柔らかなオーラに、この人ちょっと伊藤さんに似てる、と思ってしまった。
菊池さんが扉を閉めて部屋に戻った後、いただいた座布団を九条さんにも渡して再び座り込む。彼はどこかぼんやりとした表情で、部屋へ続きドアを見つめた。
「彼……」
「え? 何ですか?」
「……いえ、なんでもありません」
九条さんはそれ以上何も言わなかった。私は疑問に思いながらも深く追求しなかった。
いただいたコンビニ袋を開け、中身を広げる。飲み物やお菓子などが入っている。偶然にもポッキーも入っていたので、九条さんの目が光った。私は無言で差し出す。
「どうぞ」
「どうもありがとうございます」
「期間限定のお味はどうでしたか」
「結構よかったですよ」
早速封を開けてポリポリと食べ出す。私は特にお腹が空いてなかったが、今から一晩起きていなければならないのだと奮い立たせるためにもエナジードリンクを選んだ。
棒を持ったまま九条さんが言う。
「今日は仮眠をとる余裕もなかったので、順番に観察しましょうか。少しは眠らないと」
「あ、はい……確かに一晩起きているのは辛い気がします」
「私は事務所で結構ねたので、光さん先寝てていいですよ。何かあれば起こしますから」
「あ、どうも……」
そう小さく返事を返したものの、狭い廊下ですぐに寝るほうが難しい。壁にもたれてのそのそと体制を整えてみるも、これは今日は眠れないかもなあとため息をつく。
狭いし、床だし、九条さん近すぎだし。
泊まり込みが基本の調査なので、いつも寝る時は九条さんと同室だ。大概用意された控室で運が良ければ布団で、悪ければ座ったままで寝たりする。でも廊下で、しかもこんな狭いところで寝ることは未だかつてなかった。なんだかこれだけ近くで寝るっていうのも、緊張しちゃうな。
私の間抜けな寝顔は何回、何十回と彼にみられているわけだけど。今更ながら、好きな人にスッピンも寝顔も晒してるって、どんな罰ゲームだろうこれ。
「寝にくいですか」
私がもぞもぞ動いているのに気がついて、九条さんが小声で言った。
「あ、うんとそうですね、ちょっと……まあ明日昼は帰って寝れるし、今無理に寝なくても」
「膝枕してあげましょうか」
いつものテンションで出た。九条さんのよくわからない冗談。
流石にもう狼狽えることなく、私はじっとりと彼を睨んだ。もうその手には乗らない、何度も騙されてきた。どうせ本気でする気もないんだこのポッキー星人は。
「そういう冗談いりません」
「別に冗談じゃないですけど」
「膝枕って、一般的に女性が男性にやるもんじゃないんですか」
「そうなんですか。じゃあ光さんしてくれますか」
「セクハラです」
私が言い切ると、なぜか九条さんは少しだけ口角を上げて笑いこちらを見た。その微笑みに悔しくも酷く心臓を鷲掴みにされてしまった私は、それをなんとか隠そうと視線を逸らしながら早口に言う。
「わた、私の膝は高いですよ。十分五万!」
「さすがですね」
「それか九条さんが死にそうなほど落ち込んでたらしてあげます、そんなこと九条さんないでしょうけど」
「まあそうですね」
「ポッキーが発売中止になったらですかね」
「! それは死にそうというより死です」
「そこまでか」
私はそう呆れつつも、プッと小さく吹き出してしまう。隣にいる菊池さんに聞こえないように小さく笑った。
狭い廊下に私の笑い声を押し殺す音だけが聞こえた。ほんと、ブレない人だなこの人は。
「あ、あの!
依頼しておきながらこんなことを言うのは失礼かと思うんですが。今の状況にも、そしてこの調査体制にも、長時間耐えらえる自信は正直ないです。時間がかかりそうなら、調査を途中で引き上げて頂くかもしれません」
申し訳なさそうに言ってきた菊池さんに、私たちは何も不快には思わなかった。彼の言うことは最もだと思ったのだ。昼間仕事をして帰ってきたら、廊下に他人がいる生活なんて息が詰まるだろう。だったら他のところに除霊を頼んだ方が早いとも思う。
九条さんも素直に頷いた。
「それは構いません。いつでも菊池さんの意思に従いますので、その時はすぐにおっしゃってください」
「ありがとうございます……」
ほっとしたように息を吐いた菊池さんを背にして、私たちは撮影準びのため一旦車へと戻っていった。
一度二人で車に戻り、重い機材たちを懸命に運び入れた。その際九条さんに話を聞くと、やはり「何かがいそう」という感じだけはあったらしい。
すぐに解決してくれればいいが、長引くと途中で調査終了させられそうだ。できればさっさと怪奇の正体を見つけて終わらせたいと心から祈った。
とりあえず撮影機材をセットしたあと、九条さんと二人で簡単に食事を済ませアパートに戻った。菊池さんの証言では、夜になると足音が聞こえると言っていたので、これからが本番だ。
菊池さんに一言挨拶だけすると、気を遣わせないように廊下に座り込んだ。調査はいつも過酷で環境もそれぞれだけど、あまり広くない廊下で一晩過ごすのもなかなかなパターンだと思う。まあ、車の中にいるよりいいのかな、足伸ばせるし。
とりあえず明日朝には菊池さんがお仕事で出かけるので、それまでの調査となる。
ひんやりした床に楽な姿勢で座っていると、九条さんがスマホを差し出した。菊池さんの部屋の中が映っている動画だ。
「モニターはこの廊下では狭くて置けないので、今回はスマホで監視にしましょう」
「目が疲れそうですね……てゆうか扉一枚向こうの部屋を監視するっていうのもシュールな光景といいますか」
「何かあれば中に飛び込めるのでいい環境とも言えますがね。さて、夜は長いですね、さっさと霊が姿を表してくれればいいんですがね」
小声でヒソヒソ話す私たちの背後のドアが、ゆっくりと控えめに開かれた。気まずそうなスエット姿の菊池さんが私たちを見下ろしている。
「す、すみません、何か、そんなところで」
「いえ、お気になさらず。気になると思いますが」
「これ、よければどうぞ。別にいつでも入ってきて冷蔵庫とか使ってもらっていいですから……」
申し訳なさそうに差し出したのは、飲み物や夜食が入ったコンビニ袋だった。私たちが夕飯のために出た後買ってきてくれたのだろうか。
さらには座布団とブランケットも手渡してくれる。
「わ! 菊池さんありがとうございます……」
「いえ、女性は体冷やすのよくありませんしね。無理しないでください黒島さん」
私のお礼に、菊池さんは優しく微笑んだ。その柔らかなオーラに、この人ちょっと伊藤さんに似てる、と思ってしまった。
菊池さんが扉を閉めて部屋に戻った後、いただいた座布団を九条さんにも渡して再び座り込む。彼はどこかぼんやりとした表情で、部屋へ続きドアを見つめた。
「彼……」
「え? 何ですか?」
「……いえ、なんでもありません」
九条さんはそれ以上何も言わなかった。私は疑問に思いながらも深く追求しなかった。
いただいたコンビニ袋を開け、中身を広げる。飲み物やお菓子などが入っている。偶然にもポッキーも入っていたので、九条さんの目が光った。私は無言で差し出す。
「どうぞ」
「どうもありがとうございます」
「期間限定のお味はどうでしたか」
「結構よかったですよ」
早速封を開けてポリポリと食べ出す。私は特にお腹が空いてなかったが、今から一晩起きていなければならないのだと奮い立たせるためにもエナジードリンクを選んだ。
棒を持ったまま九条さんが言う。
「今日は仮眠をとる余裕もなかったので、順番に観察しましょうか。少しは眠らないと」
「あ、はい……確かに一晩起きているのは辛い気がします」
「私は事務所で結構ねたので、光さん先寝てていいですよ。何かあれば起こしますから」
「あ、どうも……」
そう小さく返事を返したものの、狭い廊下ですぐに寝るほうが難しい。壁にもたれてのそのそと体制を整えてみるも、これは今日は眠れないかもなあとため息をつく。
狭いし、床だし、九条さん近すぎだし。
泊まり込みが基本の調査なので、いつも寝る時は九条さんと同室だ。大概用意された控室で運が良ければ布団で、悪ければ座ったままで寝たりする。でも廊下で、しかもこんな狭いところで寝ることは未だかつてなかった。なんだかこれだけ近くで寝るっていうのも、緊張しちゃうな。
私の間抜けな寝顔は何回、何十回と彼にみられているわけだけど。今更ながら、好きな人にスッピンも寝顔も晒してるって、どんな罰ゲームだろうこれ。
「寝にくいですか」
私がもぞもぞ動いているのに気がついて、九条さんが小声で言った。
「あ、うんとそうですね、ちょっと……まあ明日昼は帰って寝れるし、今無理に寝なくても」
「膝枕してあげましょうか」
いつものテンションで出た。九条さんのよくわからない冗談。
流石にもう狼狽えることなく、私はじっとりと彼を睨んだ。もうその手には乗らない、何度も騙されてきた。どうせ本気でする気もないんだこのポッキー星人は。
「そういう冗談いりません」
「別に冗談じゃないですけど」
「膝枕って、一般的に女性が男性にやるもんじゃないんですか」
「そうなんですか。じゃあ光さんしてくれますか」
「セクハラです」
私が言い切ると、なぜか九条さんは少しだけ口角を上げて笑いこちらを見た。その微笑みに悔しくも酷く心臓を鷲掴みにされてしまった私は、それをなんとか隠そうと視線を逸らしながら早口に言う。
「わた、私の膝は高いですよ。十分五万!」
「さすがですね」
「それか九条さんが死にそうなほど落ち込んでたらしてあげます、そんなこと九条さんないでしょうけど」
「まあそうですね」
「ポッキーが発売中止になったらですかね」
「! それは死にそうというより死です」
「そこまでか」
私はそう呆れつつも、プッと小さく吹き出してしまう。隣にいる菊池さんに聞こえないように小さく笑った。
狭い廊下に私の笑い声を押し殺す音だけが聞こえた。ほんと、ブレない人だなこの人は。
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