視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

文字の大きさ
218 / 450
聞こえない声

生きた心地がしなかった

しおりを挟む
「まだ痕残ってますね」

「へ? あ、ああ、引っ掻き傷ですよね、もう治りますよ!」

 ドギマギしながら答える。ロープで締められた痕ではなく、それをなんとかしようと自分の爪でつけてしまった傷だった。ほとんど消えかかっていて、何も言わなければ気づかないようなものだ。

 私は緊張してしまったのを必死にごまかすように明るくつとめて言った。

「もううっすらですし、大丈夫ですから! 髪下ろしていればあんまり目立たないし!」

「でも、あなたは女性ですから」

 やめてよ、もう。私は項垂れた。こっちが必死に平然を装おうとしているのに、なんでいつも乱すようなことを言うんだろう。そもそも女の首に勝手に触れるな。

 赤くなる顔を隠すように私は顔を背ける。

「わ、若いんでちゃんと綺麗に治るから大丈夫です! 九条さんがそんなに気にする必要ないんです、確かに怖かったけど助けてもらえたし本当に恨んでませんから」

「はあ」

「そん、そんなに気に病んでるなら今度映画付き合ってくださいよ、一緒に行ってくれるって言ったでしょう?」

「言いましたっけそんなこと」

「友達がいなくて映画館行けないって嘆いた私に言いました! 今ちょうど見たいやつあるから付き合ってください!」

「はあ、それくらいいいですけど」

 どさくさに紛れてついにそんな約束を取り付けてしまった私は結構図太いと思う。もしかしたら危険を乗り越えたおかげで強くなったのかも。勇気を出して言ってみたものの手はブルブルと震えていた。

 九条さんに脈なしっていうのは今回十分分かったけど、でもやっぱりすぐには諦められないって分かったんだ。できることはチャレンジしてやるんだ。

 九条さんは正面を向いてぼうっとどこかを眺めていた。そんな彼の横顔を盗み見ながら、私は素直に思ったことを言った。

「でも、気にしてもらえるのは嬉しいですよ。責任感じる必要はないですけど、九条さんがそんなに落ち込むなんて思ってませんでした」

「落ち込んでますよ」

「顔には出にくいですけどね」

「膝枕してくれますか」

 突然突拍子もないことを言い出したので目を丸くした。九条さんがゆっくりこちらをみてくる。いつだったかそんな会話したな、と思い出した。

「ポッキー生産中止したんですか」

「いいえ、おかげさまで今日も好評発売中です」

「じゃあ」

「死ぬほど落ち込んでる時はしてくれるんじゃないんですか?」

 ピタリと静止する。そうか、確かにそういう話だった。私は固まったまま九条さんを見上げる。

 しんと沈黙が流れ、九条さんも私も何も言わないまま見つめあった。だがしかし、しばらく経って彼はふ、と小さく笑う。

「……冗談です」

 目を細めてそう笑った彼に、かっと顔が熱くなる。出た、いつものよくわかんない冗談! どうしようって頭の中でぐるぐる考えちゃったじゃないか!

「じゅ、十分十万くれるならいいですよ!」

「値上がりしてますね。前は五万でした」

「なんでそういうどうでもいいこと覚えてるんです?」

 呆れて九条さんに言っていると、事務所の扉が勢いよく開いた。そこへ明るい声が響く。

「ただいま戻りましたーっと」

「あ、伊藤さん! お帰りなさい!」

 暑そうに顔をあおいでいる伊藤さんを見て、そうだ冷たい飲み物でも、と立ち上がり裏へ入る。グラスを取り出していると、それをみた伊藤さんが慌てて追ってきてくれた。

「光ちゃん! まだ安静にしてなよ、僕やるから!」

「そんな、飲み物いれるくらい大丈夫ですよ。元気なんですし!」

「もーじゃあせめて手伝わせて、無理しちゃだめだよ」

 彼は冷蔵庫を開けて飲み物を取り出してくれる。優しすぎるその行為に笑ってしまった。グラスに氷を入れながら、そういえば伊藤さんも改めてお礼を、と思いだし声に出す。

「そういえば、九条さんも伊藤さんも、本当に助けてもらってありがとうございました。今ここにいるのはお二人のおかげです」

「やめてよー。僕なんてさ、霊とか全然見えないから、走り出す九条さんの後を追うしかできなかったんだよ。情けないよほんと」

 はあとため息をつく彼に微笑む。死にそうだって時、九条さんと伊藤さんの顔が見えたのは本当に安心した。

 感謝してもしきれないのになあ。

「でも、伊藤さんが人を殴ってる姿は衝撃的でした……」

「僕も人生初だった、あれこっちの手も痛いんだね」

「ブラック伊藤さんがみれたの貴重でした」

「ブラック伊藤!」

 彼は声を出して笑う。それをみていた時、はっと思い出したことがあり震えた。私は恐る恐る伊藤さんに声をかける。

「そ、そういえば伊藤さん……私、伊藤さんに謝らなきゃいけないことがっ」

「え? な、なにどうしたの?」

 緊張したように聞いてくる伊藤さんに、私は頭を抱えて懺悔する。

「私……菊池さんと伊藤さんってなんか似てるなあって何度か思ったんです! あんな! クズと、神様を似てるだなんて。私ほんと自分が情けなくて」

「光ちゃんなんの話してんの?」

「人を見る目がないと言いますか、もう伊藤さんに申し訳なくて。この罪をなんて呼べばいいのか」

「光ちゃんって結構天然だよね?」

 呆れたように言ってくる伊藤さん。いやだって、あの後本当に後悔したんだから! こんな素敵な人と殺人犯を似てると思った自分を殴り飛ばしたい。

 彼はまた少しだけ笑うと、グラスにお茶を注ぎながら言った。

「そんなどうでもいいことおいといて。無事で本当によかったよ。菊池さんのことは最初に調べたつもりだったけど、見抜けなくてごめんね」

「そこで見抜いてたら流石に伊藤さん怖いですよ」

「あはは、そうだけど」

「九条さんもなんか責任感じてたみたいですけど、お二人は命の恩人であって何も気に負うことはないんですよ。感謝しかしてませんから」

 私がキッパリ言い切ると、彼は優しく笑った。温かな、それでいて癒されるような顔で、ついこちらも笑顔になる。

 伊藤さんはあ、と思い出したように声を出した。やや声のボリュームを下げる。

「そういえば。光ちゃんに電話してなんかあったってわかったあとの九条さん、みたことないくらい慌ててたよ」

「え……」

「あんなに必死な九条さん初めてみたかも。入院中もびっくりするくらい小さくなっちゃっててね」

 私はなんだか嬉しくなって俯いた。九条さんが心配してくれてたのはわかってたけど、他人の口から聞くのはまた違うな。そっか、そんなに慌ててくれたんだ。

 それは彼にとって恋愛感情などではなく、仕事仲間として心配してくれたんだってわかってる。それでも、私は素直に嬉しかった。何があっても涼しい顔をしているあの九条さんが慌てるくらいだったんだ、って。

 にやけそうになる顔をなんとか抑えていると、伊藤さんがお茶を冷蔵庫にしまう。そしてグラスの乗ったトレイを手に持つと、ひょいっと私の顔を覗き込んだ。

 彼の顔が至近距離にある。好奇心で溢れているような目に私が映る。片方にできる小さなエクボを浮かべて、伊藤さんは少しだけ口角を上げた。どこか囁くような小さな声で言う。

「僕も、生きた心地しなかったけどね」

 その声を聞いてなぜかはわからないけれど、私は停止した。脳内も、体も、そのまま硬直している。

 そんな私をみてなんだか満足げになった伊藤さんは、お茶を持ったまま仮眠室から出た。誰もいなくなった狭い空間で、意味もなく咳払いをした。

 なんだろう、なんか無駄に緊張しちゃった。まだ仕事のペースを取り戻せてないからかな。また働き出すんだからしっかりしなきゃ。

 私は深呼吸して背筋を伸ばすと、自分を戒めて仮眠室から出た。






 
しおりを挟む
感想 52

あなたにおすすめの小説

視える僕らのシェアハウス

橘しづき
ホラー
 安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。    電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。    ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。 『月乃庭 管理人 竜崎奏多』      不思議なルームシェアが、始まる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

お客様が不在の為お荷物を持ち帰りました。

鞠目
ホラー
「変な配達員さんがいるんです……」 運送会社・さくら配達に、奇妙な問い合わせが相次いだ。その配達員はインターフォンを三回、ノックを三回、そして「さくら配達です」と三回呼びかけるのだという。まるで嫌がらせのようなその行為を受けた人間に共通するのは、配達の指定時間に荷物を受け取れず、不在票を入れられていたという事実。実害はないが、どうにも気味が悪い……そんな中、時間指定をしておきながら、わざと不在にして配達員に荷物を持ち帰らせるというイタズラを繰り返す男のもとに、不気味な配達員が姿を現し――。 不可解な怪異によって日常が歪んでいく、生活浸食系ホラー小説!! アルファポリス 第8回ホラー・ミステリー小説大賞 大賞受賞作

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています

オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。 ◇◇◇◇◇◇◇ 「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。 14回恋愛大賞奨励賞受賞しました! これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。 ありがとうございました! ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。 この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。