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家族の一員
すぐに出発
しおりを挟む私のそばで横たわっている人形を九条さんは躊躇いなく掴むと、そのまま寝室を出た。私もベッドから出て慌てて追いかける。
リビングに戻ってみると、テーブルの上に空っぽの紙袋だけが置いてあった。私と九条さんは愕然としてそれをみる。手に持った人形をじっと見つめてため息をついた。
「全く気づきませんでした……一体いつ光さんの元へ」
「わた、私も朝方まで寝れなかったんです。少しだけ眠れたと思ったら、そのちょっとした間にいつのまにか」
「気を強く持ってください。分かってはいましたが、あなたはかなり気に入られてしまった。寺にまでいけば安心なので、それまで喰われないように」
喰われない、の言葉に自然と背筋が伸びた。ぐっと顎を引いて姿勢を正す。一体なぜ私が、という疑問が浮かぶがそれは愚問だ。こういうのは大概相性なのだ。
九条さんは人形をそのまま紙袋に突っ込んだ。
「すぐに出ましょう」
「は、はい。あの、歯磨きだけ」
「あなた歯ブラシ持ってきてるんですか」
「…………」
「あいにく今ストックもないので我慢してください。寺に人形を任せたらもう自由なので。すぐに行きましょう」
私は素直に頷いた。確かにこれは歯磨きしてる場合でもないな。もう細かいことは気にしてられない。九条さんはいつものように後頭部が寝癖で跳ねていた。
時計を見ればまだ朝の六時だった。が、外はそこそこ明るくなってきている。これなら運転も夜よりは安心だ。
私たちはすぐにマンションを出た。紙袋に入れられた人形は、無駄だと思うがバスタオルできつく包んでおいた。それを後部座席に間違いなく乗せると、私は助手席に座り込む。冷え切っている車のシートがぶるると寒気を誘った。震える体をそのままにシートベルトをしっかり締める。
九条さんはいつもより増して慎重に車を発車させた。どこか厳しい表情の横顔が彼の緊張感を表している。
私も気を抜かないように前を向く。とにかく私にできることといえば入られないようにしないと。マイナス思考は絶対避けなきゃ。
しばらく車をすすめるとようやく暖房が効いてきて車内が暖かくなってきた。朝早いため、道も比較的空いている。車は何の障害もなく進んでいく。
「大丈夫ですか」
突然声を出したのは九条さんの方だった。私は頷いてみせる。
「はい、今のところ何の異変もないです」
「朝の話ですが。声が聞こえた、と言っていましたね」
「ええ、夢の中って感じでしたけど」
「具体的にどのような」
私は今朝のことを思い出す。首を傾げながら一つずつ説明した。
「声の主は……幼い子供って感じでしたね。聞こえた声は一つです」
「幼い子供……」
「何を言ってるのかはほとんど聞き取れなくて。ただ最後に言ったのは、「私の新しい家族だよね」です」
「新しい家族」
ハンドルを握ったまま九条さんは繰り返した。考えるように眉を顰めるが、すぐに困ったように言う。
「なんせ今回は予想外のことだらけで。何も分かりませんね、藤原さんから詳細も聞いていない」
「そうですよね、藤原さんは不運が続くとか体調悪い、という漠然とした話しかしてないですしね、具体的に一体どうなったんだろう」
「はあ……とんでもないことになったもんです」
車は法定速度を守りながら空いている道をどんどん走っていく。何度か振り返り、後部座席を観察した。人形を包んだバスタオルは何の異変もなく静かにそこに置いてある。
「まあ、麗香さんもあのお寺ならいいって言ってたし、間違いないですよね。そこにさえ着けば」
「ええ。とにかく到着さえすればこっちのものです。あの人形が逃げ出したりしなければいいんですけど」
「やめてくださいよもう……」
人形が一人でに歩き出す姿を想像してしまいげんなりする。ぶるぶると首をふった、だから気分が落ちるようなこと考えちゃダメなんだって。
時折九条さんと会話を交わしつつ、車はどんどん進んでいく。事故に巻き込まれるだとか、道が工事中で進めないだとか、そんな王道な展開は一切なかった。順調に目的地まで近づいていく。
一時間以上かかると言っていたお寺は、早朝で道が空いていたためか、それよりも早く辿り着きそうだった。ナビの地図を見てみると、目的地はもうすぐそばまで迫ってきている。最後まで気が抜けないが、私は少しだけ安心した。
目の前に少し古びた看板が目に入る。雨風による汚れで薄汚れたものだ。『法閣寺 この道左へ』と書かれていた。
その通りに左折すると、それらしきものが視界に入ってきた。
テレビでも少しだけ見た、人形の供養を中心に行っている有名なお寺。そこそこの広さがありそうだった。多くの木で囲まれた駐車場に車を入れていく。もちろん周りはまだガラガラだ。あまり舗装されていない凸凹な地面に駐車し、九条さんはエンジンを切った。
私はシートベルトを外し息を吐く。
「普通に辿り着きましたね……! 私もっと色々障害があるのかと」
「分かりませんよ、バスタオルで巻いたあの人形が姿を消しているかも」
「……ありえるから笑えない」
私たちは車から出て地面に足を下ろす。寒さで自然と肩をすくませた。九条さんは後部座席のドアを開き、例のものをそっと持ち出す。
しっかり固定してあったタオルを取った時、彼は意外そうに言った。
「大人しくしてたみたいですね。ちゃんとあります」
「ほっ……」
「行きましょう。あとは住職に話をつけるだけです」
紙袋に入れられた人形をしっかり両手で抱くと、九条さんが足早に歩き出した。私もそれに続いていく。
砂利道を踏み締めて道を進んだ。二人の足音だけが辺りに響く。
空は明るくなっていた。曇りがかった白い空がすぐ上に存在している。寒さに肩をすくめながら、私たちは目的地を目指していた。
寺はやはりかなりの大きさだった。境内に向かって二人どんどん歩いていると、先の方に人が立っているのに気がつく。九条さんと二人顔を見合わせる。目を凝らしてみると、どうやら掃き掃除をしている僧侶のようだった。箒を持って黙々と落ち葉を掃いている。
私たちはその人に向かって歩いて行った。相手もこちらに気づいたようで、私たちを見て掃除の手を止める。九条さんが彼に声をかけた。
「朝早くすみません」
「いいえ、どうされましたか」
「人形の供養をお願いしたいのです。曰くのあるものなので、住職に直接お会いしたいのですが」
九条さんは未だ両手で紙袋を抱いている。僧侶はそこに視線をおろした。と、同時に、彼は困ったように頭を下げたのだ。
「申し訳ありません、今人形の供養は受け付けておりません」
「なんですって?」
九条さんが目を丸くする。予想外の答えに私も驚きで声を出した。
「え、ど、どうしてですか!? 困ります、とても私たちの手に負えるものではないんです!」
僧侶は眉を下げながら答える。
「申し訳ございません、実は今住職は病気で入院中でして。普通の人形の供養は受け付けておりますが、曰くのあるものはお断りさせて頂いてるんです。そういうものはやはり住職がいませんと」
ここを目指してきたと言うのに、なんということか。私は目の前が真っ暗になった。
果たしてこれは偶然なのか。私は九条さんの抱く白い紙袋を見つめた。顔の見えないあの市松人形が微笑んでいる気がしてゾッとする。
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