視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

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待ち合わせ

冬の鍋は美味い

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 冬はぐっと深まっていた。今年は雪が多い。気温が下がっている日に空からハラハラと白く降ってくるそれを、もう何度か見ていた。

 人生どん底にいた後、再スタートを切ってから初めての冬だ。この季節は結構お金が掛かる。冬服も購入せねばならないし、コートも、マフラーも、揃えるとなれば中々の出費となる。

 部屋も光熱費を少しでも節約できるようにコタツを購入した。これがまたある意味成功で失敗だ。コタツはあまりに居心地がよすぎて、全く動けなくなってしまった。自室ではコタツに入りゴロゴロして過ごしてばかりだ。

 でも以前、予想外のところから臨時ボーナスも入ったので、私の懐は寒くなることなく冬を過ごせている。あの事務所は小さいけれどそこそこお給料がいいのだ。まあ労働力もすごいのだが。

 事務所とは心霊調査事務所のことだ。見えざるものが視えてしまう能力を活かし、天然ポッキー星人の九条さんと、誰からも好かれるスーパー人の伊藤さんと働いている。

 二人とも親切でいい人たちなので、私は死ぬまでここで働いてやると一人心に決めている。多分ここより自分に向いている職場は他にはないと断言できるほど。

 ちなみにその九条さんにこっそり想いを寄せている自分だけれど、それを伝えることはないままもうすぐで一年が経とうとしていた。

「つみれあってよかったですね」

 隣から声がする。それだけでどきんと自分の心臓が跳ねた。横を見てみると、黒いコートに手を突っ込んだ九条さんが私の歩幅に合わせて歩いていた。手首にはビニール袋がぶら下がっている。

 私は頷いた答えた。

「これで鍋始められますね」

「寒いので早く帰りましょう」

 少し肩をすくめていう彼に同意する。そして心の中で伊藤さんに謝罪した。どうやら本当に買い物をして終わりそうです、せっかく気を遣ってもらったのにすみません、と。

 依頼もなく穏やかに過ごしていたある金曜日、伊藤さんから提案があった。「僕の家で鍋でもしませんか?」と。

 恐らく、前私と世間話の最中に話したことを覚えていてくれたのだ。今度三人で伊藤さんの家で遊ぼうという話題だ。私は社交辞令で終わるかなと思っていたのだが、ちゃんと計画してくれるところが伊藤さんらしい。

 私はもちろん即答でOK、九条さんも「いいですよ」と返事をくれたので、その計画は翌日に実行された。それが今日である。

 伊藤さんのおうちは私の家から比較的近いところにあった。今までよく近所でバッタリ会わなかったなと思うレベルだ。教えてもらった住所のアパートに手土産を持って訪れると、にこやかに彼は迎え入れてくれた。

 築年数もそんなに経っていなそうな綺麗なアパートだった。そこの三階に伊藤さんは住んでいた。やや緊張して中に入ってみると、想像通りの部屋で笑ってしまいそうになる。

 1DKといったところだろうか。私のワンルームより広いお家だった。暖色系の色でまとめられ、暖かな感じのする部屋だ。もちろん清潔で整理整頓もされており、ああ伊藤さんのお部屋ぽい、と納得した。落ち着いた青色のラグマットが爽やかだ。物も多すぎず少なすぎず、ちょうどいい生活感が感じられる。

 私はかなり浮かれていた。三人で食事に行ったことは何度もあるけれど、お家で鍋を食べるなんて。誰かと鍋をつつくなんてお母さんが死んでから初めてのことだ。それも一番信頼している大切な人二人となんて、心躍らずにはいられない。

 少しして九条さんも到着し、三人揃う。ちなみに彼の手土産はお酒とポッキーだった。自分が気に入ったものを他人にもあげたいという犬みたいな思考。ポッキー以外にお菓子があることを彼はしらないんだろうか。
 
 そんなこんなで鍋パーティーが始まる予定だった。……そう、「だった」だ。

 伊藤さんが早速調理に取り掛かり、手伝おうと声をかけた時だ。彼は言ったのだ、「つみれを買い忘れた!」と。

 九条さんは言った。「別に無くてもいいですよ」と。そこで譲らなかったのは伊藤さんだ、鍋にはつみれがないとダメだとやけに頑なだった。

 そこで、私たちにお使いを頼まれたのだ。ようやくピンとくる。

 私の報われない片想いを伊藤さんは知っていた。ちょっと二人きりにしてあげるから進展頑張れ、という彼からのアシストなのだ。つみれのお使いなんて一人でいいというのに、私と九条さんをそれとなく追い出してくれた。おかげで私は彼とスーパーに買い物に行くことになったのだ。伊藤さんの家から少し歩くと大通りに出て、スーパーをはじめとした色々なお店が立ち並んでいた。

 そして今に至る。私と九条さんははじめてのおつかいを無事完了させ、スーパーを出たのだった。ほぼ無言で買い物だけを済ませ、何の進展もないまま帰路についている。伊藤さんのアシストはゴールに繋がらなさそうだ。

 二人で白い息を吐きながら歩く。私はやや緊張したのを隠しながら言った。

「鍋の時期だからたくさん並んでましたね。今日何鍋でしょう、楽しみです」

「鍋なんて久しぶりに食べます」

「九条さんは家で料理しないから……私は一人でやりましたよ、でもみんなでやる鍋っていうのはまた違いますよね!」

 私が笑顔でいうと、九条さんもわずかに微笑んだ。たったそれだけのことに心臓を鷲掴みにされたようになり慌てて視線を逸らした。

 普段から仕事中も二人になることは多々ある。この前なんて九条さんの家に泊まるはめになった。でも、こうしてプライベートな時に一緒に買い物行くなんてあまりないから新鮮だ。

 この一年、まるで進まない片想いを拗らせている。幸い九条さんに彼女は出来ていなさそうだが、そこの座に私が行くことは無理そうだ。女としてまるで意識されていないことを自覚しているからだ。

 ああ、この恋愛の終止符はどこで打たれるんだろう……そんなことをぼんやり考えていた時だ。

 背後から突然、懐かしい声がした。



「お姉ちゃん?」



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