303 / 450
待ち合わせ
明かされる秘密
しおりを挟むしばし呆然となり沈黙が流れる。いつのまにか悲しみの気は消え、ただの階段になっていた。
夢のような時間だった。でも足元に散らばった緑色の破片が、現実に起こったのだと知らせてくれる。
「うう……ん、いたた」
場違いな声が上がった。伊藤さんだ。ずっと動かなかった彼は動き出し、耳からイヤホンを外したかと思うと、頭を抱えた。
「いたた、頭痛が酷い。途中から寝てたのか気を失ってたのか……」
「伊藤さん、大丈夫ですか?」
「うんだいじょ……うわ、なにこれ。危な! なんで非常灯が落っこちてるの?」
驚いている彼の言葉を聞いて思い出した。私は立ち上がって九条さんに駆け寄る。
「九条さん、血!」
「ああ、忘れていました」
「寝癖じゃないんだから忘れないでくださいよ!」
「小さな傷だと思いますよ、大丈夫です」
やや乾きだした出血が痛々しい。私を庇って怪我を負ってしまった。病院へ行った方がいいのではないのか。
何がなんだか分からない、というように伊藤さんが声をだした。
「え、どうしたんですか九条さん! 浄霊失敗したんですか? 一体何が」
そこに、聡美の声がした。
「連れてってくれたんだね」
そちらを見ると、真剣な表情をしている聡美と信也がいた。二人は飛鳥ちゃんたちが消えていった扉をじっと見ながら、呟く。
「最後、一瞬だけ手を繋いでる姿が見えた」
「俺も……小さい子供と女の人が見えた」
二人の言葉に驚いた。今まで無縁だったというのに、まさか見えたなんて。けれど九条さんはあまり驚くそぶりは見せず言う。
「お二人とも、鈍感な方ではありますが恐らく伊藤さんよりは力あると思いますよ。元々原さんは部屋が揺れる体験をしていたんですし、聡美さんは入られたんですからね」
「え、僕だけ本当にみえないんですか? ほんとのほんとに零感??」
困ったようにいう伊藤さんに少しだけ笑った。揺れる体験すら出来なかった伊藤さん、やっぱり霊を見るには無縁なお人らしい。
呆然としていた信也が立ち上がる。
「とりあえず……一度部屋に戻りましょう。怪我の手当ても」
その提案に私たちは頷いた。キョトンとしている伊藤さんにことのあらましを説明しながら、私たちはその場からようやく撤収した。
伊藤さんは話を聞きながらまたしても目を真っ赤にさせて泣きそうになっていて、霊は見えなくても寄せ付けてしまう理由はわかるんだなあ、と思った。
伊藤さんはひどい頭痛が悪化してきたため、一足先にタクシーで帰宅した。そういえば、囮になると場合によっては体調を崩すと以前言っていたのだ。今回はだいぶ無理させてしまったらしい。
九条さんは頭部に傷を作っていたけれど、あまり深くはなさそうだったので、簡単な手当だけ行った。信也の部屋に設置してある機材たちを回収すれば、これで依頼は全て完了することになる。
私と九条さんは部屋の後片付けを行なっていた。九条さんは座ったまま配線を引っこ抜き、私はそれを一纏めにしていく。
「今回は口頭での調査結果説明はいりませんね。後で伊藤さんが書類にまとめて郵送します。それで調査は完了です。明穂さんも飛鳥さんも眠ったので、これで部屋が揺れたり目撃されたりすることはないでしょう」
多いコードを纏めながら、ぼんやりと今回の依頼を思い出す。部屋が揺れる、なんて不思議な現象から、あんな悲しい子に会い、それを救う母性を目の当たりにし、とても濃い調査だったと思う。
それに、今回は聡美たちもいたし……。
腕を動かしながらそう考えていると、背後から信也の声がした。
「……すみませんでした」
私と九条さんが振り返ると、信也と聡美が並んで座っていた。そして信也は、私たちに深々と頭を下げていた。聡美は、俯いて黙り込んでいる。
九条さんが冷たい声でいう。
「私に謝罪はいりません。光さんに十分にしてください」
信也の体がびくんと反応する。九条さんはさらに言った。
「視える者、視えない者はどうしても分かり合えないことはある。我々がしていることは、世間から見れば頭がおかしいと言われることも多々ある。それは十分承知しています。
ですが、自分の大切な人の発言ぐらい、信じようと出来ないものですか」
何も言い返せないようだった。信也は肩を小さく震わせる。私は彼の正面に座り直し、しっかりとその顔を見た。
楽しい時間と、悲しい出来事が蘇る。もう一年前のことだけれど、鮮明にその光景は思い出せた。
「私も……隠してたから。もっと恐れず、話せばよかった」
「違う、光は悪くない。俺も、言えてないことがある」
首を傾げる。言えてないこと、とは? 聡美と付き合ってたことなら知っているのだが。
「……言い訳っぽいけど、俺も全部言う。
俺の母親、宗教にハマってるんだ」
「え?」
「すごい力で色んなものが視える、っていう教祖のところ。最初、『あなたには悪霊がついているから』って変な数珠を買わされたのが始まりだった」
突然の話に驚いた。そういえば、二年付き合っていたけれど信也の家族には会ったことはなかった。結婚の話も出たけど、挨拶などはする前に別れてしまったからだ。
「『あなたには素質があるから修行をした方がいい』って言われた母親、どんどんその会にのめり込んで金払って。父親と必死に止めて洗脳ときたかったんだけど、迎えに行っても帰ってこなくなった。離婚することもできないまま、結局今もその宗教のところにいる。家庭は崩壊した」
少し震える声で話す信也の力無い様子は、初めて見る光景だった。いつも明るく、輪の中心にいる彼が、そんな家庭環境だったとは。
全然知らなかった。
38
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。