視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

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憧れの人

それ

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「とにかく落ち着いて、冷静でいてください」

「はい」

 後ろに二人がついていてくれてるとなれば、百人力だ。私はしっかり前をみる。

「黒島さん、私が預けたお守りはお持ちですか?」

「あ、はい」

「それを手に持っていてください、必ず」

 ポケットに入れておいたお守りを取り出し、両手でぎゅっと握る。その姿を確認した影山さんは、正面に向かって座った。丸い鏡の前に、みんなで沈黙が流れる。

 私は動くこともできずただひたすらお守りを握りしめる。

 耳が痛くなりそうなほどの静けさが続いた。影山さんは丸い鏡をじっと見つめたまま微動だにしない。誰も物音一つ立てることなく、沈黙を守っていた。

 どれほどそうしていたか分からない。急に沈黙を破ったのは影山さんだ。何か囁くように言葉を発し始める。私は耳をそちらに傾けた。

 彼の言葉は何を言っているのか分からなかった。お経? いや何か違うような。お経のようなリズムがないし、例えるなら知らない言語で誰かに話しかけているような声だ。

 ボソボソ、と繰り返す聞き取れない言葉。暗い部屋、自分を映す鏡。全てが異様で不思議な空間を作り出している。体感したことのないオーラに、私はただお守りを握ることしかできない。

 徐々に影山さんの声が大きくなってくる気がする。いや、自分の耳がそう感じ取っているだけか。それすら分からないまま、ひたすら時間が流れるのを待つ。

 長くそうしていると、どこか意識もぼんやりとしてくる。気を張っているはずなのに、自分の心が自分の体を置いてけぼりにしているみたい。

 すると突然、何かが動いたのを視界がとらえた。私はちらりとそちらをみる。なんてことはない、カーテンが少しだけ風に靡いて浮いたのだ。なんだ、と思い再び前を向く。

 端の方でカーテンがふわりと蠢く。外の光が僅かに部屋に入り込む。何度か風に浮いたのを認識した時、ようやくハッとした。

 窓なんて、開いてなかったじゃないか。

 顔を上げてそちらをみる。姿見の自分も同じように動いた。目をまん丸にしている私が映る。同時に、カーテンが今まで以上にぶわっと大きく浮き、差し込む光が私たちを照らした。

 足が二本だけ見えた。裸足の足。

 今まで以上にお守りを握る。手のひらの傷が痛んだ。緊張感が高まり、ドキドキと心臓が大きく打つ。

 得体の知れない何かが自分のそばに来ているんだと痛感した。一人じゃないからなんとか理性を保っていられる。

 影山さんは微動だにせず、しっかりと鏡に向かって座っていた。その背中が頼もしく、私は縋るようにそれを見つめる。

 カーテンはいつのまにか動かなくなっていた。再び部屋に暗闇が訪れる。しかし同時に、影山さんの言葉に何かが混ざっていることに気がついた。

 足音だ。何かの足音がこちらに近づいてきている。

 ひた、ひた、とフローリングを素足で進む音だ。自分の背後から聞こえてくる。それが分かった途端、体は硬直しまるで動けなくなった。

 影山さんも振り向くことはしない。私もそんな勇気は持ち合わせていない。もはや人形のように固まったまま視線すら動かさなかった。

 足音が、くる。

 足音が、くる。

 ゆっくりしたスピードで、確実に、私だけを目指して、誰かが、

 くる。

「誰だ」

 突然影山さんのしっかりした声がした。ちょうど足音が私の真後ろで止まったときだ。九条さんたちが大丈夫か心配になったが、多分平気だろう、狙いは私のはずなのだ。

 ぎゅっと強く両目を閉じる。

「顔を見せろ」

 いつも丁寧な言葉遣いをしている影山さんは威圧的に言った。私は強く強くお守りを握りしめる。

 得体の知れない何かの気配を背中から感じる。熱気か冷気かも分からない不思議な空気を感じる。

「顔を見せろ!」

 再度影山さんが言った。すると、立っていた何かが動いた。

 衣がぶつかるような、肌と肌が擦れるような、そんな音がする。

 自分のお守りを持つ両手がガタガタと震えた。恐怖で狂いそうだというのに、固く閉じていた瞼は意に反してゆっくり開いた。

 
 何かが私の顔を上から覗き込んだ。


 見上げなくても、私はの姿が見えた。隣にある鏡に映り込んだからだ。


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