視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

文字の大きさ
386 / 450
憧れの人

天国?

しおりを挟む
 そう叫んだ伊藤さんがすぐさま私の右手をすごい力で握り、布を強く巻いた。反対の手は九条さんが押さえつけている。そこでようやく、手が喉から離れていたことを知ったのだ。

 呆然としながら視線を上げる。そこに、ウェーブのかかった長い髪を見つけたのだ。

「よく耐えたわね」

 聞き覚えのある声。九条さんの横に凛として立っているのは、ここにいるはずのない人だったのだ。

「れ、麗香さん??」

 私が小声でそう尋ねると、彼女はちらりとこちらを見た。そして、少しだけ微笑んでみせる。どうして入院しているはずの麗香さんがここに?

 そんな疑問をぶつける暇もあるわけがなく、麗香さんは目の前を睨みつけた。持っているのは右手にぶら下がる数珠のみだった。

「あのね……影山さんの存在さえなければ、あんたなんて私にとったらダンゴムシなのよ」

 そう吐き捨てた声からは、強い怒りが感じられた。すごい殺気だ、多分個人的な怒りもあるからだろうか。

「まだ死にたてホヤホヤの新人が、よくもやってくれたわね」

 そう言った麗香さんは手を合わせる。隅に立っていた日比谷の表情が明らかに変わった。戸惑い、目を泳がせている。

「逃げられないって? 残念、逃げられないように対処済み」

 そう笑った彼女は、無言でただ日比谷を睨みつけた。何を言うでもなく、だ。

 日比谷の唸り声が聞こえてくる。苦しむような、恨み言を言っているような声だった。体を少しずつ揺らし、次の瞬間ぱかっと口を開けた。そしてそこから、白い煙が上昇していく。

 突然、どこからともなく強風が吹いて麗香さんの髪を巻き上げた。窓も開いていないのに、その風は事務所全体に吹き荒れ、机の上のペン立てを倒した。

 ふと光を感じる。そちらに視線を向けてみると、デスクの上に置いたあの鏡だった。影山さんが力を込めたと言っていた鏡が、不自然に光っていたのだ。

「消えなさい、二度と生まれてくるな」

 そう冷たい麗香さんの声がしたかと思うと、日比谷は大声で叫んだ。地響きを感じるほどの声で、心臓を掴まれたように苦しくなった。

 そして彼の体が粉になっていく。鼻をつまみたくなるような異臭がした。ボロボロと崩れ落ちていくなか、日比谷の顔は苦痛で歪んでいた。

 粉さえも消え去り、そこには何も残らなかった。日比谷が立っていた場所には、白い壁があるだけだ。

「…………消えた」

 私がポツンと呟く。唖然としたまま、開いた口が塞がらなかった。九条さんや伊藤さんも同じようで、みんな同じ方向を見つめたまま固まっている。

「く、九条さん、今度こそ日比谷が消え」

 そう声を掛けたのと同時だった。

 突然彼が勢いよく私の体を抱きしめたので、心臓が停止したんじゃないかと思うくらい驚いた。熱い体温に包まれ、棒のように固まるしかなかった。もう状況全てが理解出来ない。

 え? どうしたのこれ? 

「……よかった……!」

 耳元でそんな声がして頭が噴火したかと思った。あれやっぱり私って死んだのかな、死んでここ天国でしたか?

 天国は一瞬だった。九条さんはすぐに私を離し、何事もなかったように立ち上がった。ちょっと待ってください、せめてもうすこし浸らせてくれませんか天国を。そんな平然とした顔で終わらないでください。


しおりを挟む
感想 53

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。