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九条尚久と憑かれやすい青年
一本の髪の毛
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伊藤の目が輝いたのを見て、九条は付け足した。
「言っておきますが、そこいらの霊は、です。強力なものだと防げないので、また体調不良を感じたらすぐに対処すべきです」
「なるほど、よくわかりました! いやすごいな―ちょっと話しただけでここまで。僕感激しました!」
「厄介な霊たちではなかったので、こちらとしても楽な仕事でした」
ポッキーを齧りながら無表情で言う九条に、伊藤は笑った。楽な仕事だった、って普通依頼主の前で言うかな? 変わり者って言う口コミ、あれは本当に正しかった。ただ実力もあるので、そんなことはどうでもいいが。
伊藤は深く頭を下げた。
「本当にありがとうございました! 今日来てよかったです!」
「ええ、では寺を紹介するのと、今回の料金を――」
そう言いかけた九条の言葉が止まる。伊藤が顔を上げてみると、目の前の彼が目を真ん丸にしていることに気が付いた。ポッキーを持つ手すら停止させている。何事だ、と伊藤も固まった。
九条は自分の首元に集中していた。彼の視線が痛いほど突き刺さっている。
「あ、あの、九条さん?」
戸惑った伊藤をよそに、突然九条が立ち上がった。そして身を乗り出して伊藤に顔を近づける。テーブルに足がぶつかったようで、大きな音を立てて動いた。そして、九条は伊藤の首元を躊躇いなくさすった。あまりに突拍子もない行動に伊藤は慌て、ひっくり返った声を出す。
「ど、どうしました!? 僕たまに勘違いされるけど残念ながらノーマルで、男性には興味がなくて」
「これ、触れませんね」
「へ?」
九条はふざけている様子もなく、むしろ恐ろしいぐらいの真剣な顔で伊藤の首を間近で見ている。何度も首を冷たい手でさすられ、伊藤はただただ戸惑った。
「あの、九条さん? 一体どうしたんですか、何があるんですか?」
「伊藤さん、首が苦しくなったりはしませんか。締め付けられているような」
「あ! そうです、そうなんです。時々呼吸がしづらいって言うか、そんな感じがあって悩んでて……そっか、そういえばそれは治ってないかも」
ゆっくりと九条が体を戻す。どしんとソファに腰を沈め、考え込むように腕を組んだ。先ほどまでのだらけた態度とはまるで違い、彼は難しい顔をしている。あまりの変わりように、伊藤もつい息を呑んだ。九条はポツリと呟く。
「前言撤回します。今回の依頼はまだ終わりではないですし、楽でもなさそうです」
「なんでですか?」
「あなたの首に一本、髪の毛が巻き付いている」
それを聞き、ぞっとして触ってみる。だがやはり、柔らかな皮膚が触れるだけで、髪の毛なんて見当たらない。伊藤は唖然として聞き返す。
「……髪の毛?」
「それも、よく見ると皮膚に食い込むほど強く。取ろうとしても私には取れません」
「それ、って?」
「先ほどまで背負っていた霊と違い、何やら不穏なものを感じます。本体はこの近くにはいない。調べてみる必要がある」
「しらべるって、どうやるんですか」
「さて、どうやりましょうね。言っておくが時間はかかります。有名な除霊師に頼めば除霊はしてくれるでしょう。ですが、こんな狂った方法であなたにマーキングする霊、また戻ってこない保証はない。能力の高い除霊師なら、祓うだけではなく霊を消滅させられる人間もいますが、そういう者たちは多忙でなかなか捕まらないことも。一度聞いてみますか?」
ごくりと唾を飲み込む。マーキング、という言葉に寒気を覚えた。自分の首に誰かの髪の毛が巻き付いている。そう考えるだけで、一気に息苦しくなる気がした。
伊藤は迷いつつ、目の前の九条を見る。鋭い目でこちらを見てくる彼が嘘をついているとは到底思えない。接したのは短時間だが、九条が詐欺ではなさそうだということも、能力が本物らしいということも確信している。それに、こんなことをする霊を相手に、彼が一体どんな調査をするのか、好奇心も少しあった。
伊藤は決意する。
「……九条さんに任せます、よろしくお願いします」
静かに九条に頭を下げた。
これが伊藤陽太と、九条尚久の出会いだった。
この事件をきっかけに、伊藤は九条と信頼しあえる仕事仲間になるというのは、まだ本人たちも知らないこと。
「言っておきますが、そこいらの霊は、です。強力なものだと防げないので、また体調不良を感じたらすぐに対処すべきです」
「なるほど、よくわかりました! いやすごいな―ちょっと話しただけでここまで。僕感激しました!」
「厄介な霊たちではなかったので、こちらとしても楽な仕事でした」
ポッキーを齧りながら無表情で言う九条に、伊藤は笑った。楽な仕事だった、って普通依頼主の前で言うかな? 変わり者って言う口コミ、あれは本当に正しかった。ただ実力もあるので、そんなことはどうでもいいが。
伊藤は深く頭を下げた。
「本当にありがとうございました! 今日来てよかったです!」
「ええ、では寺を紹介するのと、今回の料金を――」
そう言いかけた九条の言葉が止まる。伊藤が顔を上げてみると、目の前の彼が目を真ん丸にしていることに気が付いた。ポッキーを持つ手すら停止させている。何事だ、と伊藤も固まった。
九条は自分の首元に集中していた。彼の視線が痛いほど突き刺さっている。
「あ、あの、九条さん?」
戸惑った伊藤をよそに、突然九条が立ち上がった。そして身を乗り出して伊藤に顔を近づける。テーブルに足がぶつかったようで、大きな音を立てて動いた。そして、九条は伊藤の首元を躊躇いなくさすった。あまりに突拍子もない行動に伊藤は慌て、ひっくり返った声を出す。
「ど、どうしました!? 僕たまに勘違いされるけど残念ながらノーマルで、男性には興味がなくて」
「これ、触れませんね」
「へ?」
九条はふざけている様子もなく、むしろ恐ろしいぐらいの真剣な顔で伊藤の首を間近で見ている。何度も首を冷たい手でさすられ、伊藤はただただ戸惑った。
「あの、九条さん? 一体どうしたんですか、何があるんですか?」
「伊藤さん、首が苦しくなったりはしませんか。締め付けられているような」
「あ! そうです、そうなんです。時々呼吸がしづらいって言うか、そんな感じがあって悩んでて……そっか、そういえばそれは治ってないかも」
ゆっくりと九条が体を戻す。どしんとソファに腰を沈め、考え込むように腕を組んだ。先ほどまでのだらけた態度とはまるで違い、彼は難しい顔をしている。あまりの変わりように、伊藤もつい息を呑んだ。九条はポツリと呟く。
「前言撤回します。今回の依頼はまだ終わりではないですし、楽でもなさそうです」
「なんでですか?」
「あなたの首に一本、髪の毛が巻き付いている」
それを聞き、ぞっとして触ってみる。だがやはり、柔らかな皮膚が触れるだけで、髪の毛なんて見当たらない。伊藤は唖然として聞き返す。
「……髪の毛?」
「それも、よく見ると皮膚に食い込むほど強く。取ろうとしても私には取れません」
「それ、って?」
「先ほどまで背負っていた霊と違い、何やら不穏なものを感じます。本体はこの近くにはいない。調べてみる必要がある」
「しらべるって、どうやるんですか」
「さて、どうやりましょうね。言っておくが時間はかかります。有名な除霊師に頼めば除霊はしてくれるでしょう。ですが、こんな狂った方法であなたにマーキングする霊、また戻ってこない保証はない。能力の高い除霊師なら、祓うだけではなく霊を消滅させられる人間もいますが、そういう者たちは多忙でなかなか捕まらないことも。一度聞いてみますか?」
ごくりと唾を飲み込む。マーキング、という言葉に寒気を覚えた。自分の首に誰かの髪の毛が巻き付いている。そう考えるだけで、一気に息苦しくなる気がした。
伊藤は迷いつつ、目の前の九条を見る。鋭い目でこちらを見てくる彼が嘘をついているとは到底思えない。接したのは短時間だが、九条が詐欺ではなさそうだということも、能力が本物らしいということも確信している。それに、こんなことをする霊を相手に、彼が一体どんな調査をするのか、好奇心も少しあった。
伊藤は決意する。
「……九条さんに任せます、よろしくお願いします」
静かに九条に頭を下げた。
これが伊藤陽太と、九条尚久の出会いだった。
この事件をきっかけに、伊藤は九条と信頼しあえる仕事仲間になるというのは、まだ本人たちも知らないこと。
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