420 / 450
九条尚久と憑かれやすい青年
猫は可愛い
しおりを挟む
中は外から見た以上に立派な家で掃除も行き届いており、どこか懐かしさを感じる。玄関を上がったところで、夫人が中に声を掛ける。
「あなたー! 伊藤さんがいらっしゃったわ」
少しして、廊下を歩いてくる足音と共に小川氏が現れた。これまた上品な男性で、細い目から優しさが伝わってくるような顔立ちをしている。彼は嬉しそうに声を上げた。
「おお、伊藤さん。いらっしゃい」
「突然お邪魔してすみません。ちょっと訊きたいことがありまして」
「初めまして、友人の九条です」
「えらい男前な人だなあ! 上がって上がって」
促されるまま、リビングへと向かう。伊藤は一度来たことがあるため、慣れた足取りで進んでいく。九条はその背中を黙って追った。
リビングに入ると、茶色のソファとテーブルがあった。ソファの上には一匹、三毛猫が寝そべっており、伊藤たちの訪問にゆっくりと頭を上げる。伊藤は明るい声で言う。
「あ! マロン~! 元気にしてたかー」
にこにこ顔でソファに近づき、マロンと呼んだ三毛猫をすぐに撫でた。伊藤が以前、脱走したのを捕獲した猫が、このマロンだ。
夫婦が大事に育てている猫で、普段は家の中で飼っているのだが、その日はベランダを開けた隙を狙ってするりと逃げ出したらしい。夫婦で急いで探し回ったがなかなか見つからず、途方に暮れていたところ伊藤が現れた。
彼は近くの木の上にいたマロンをすぐに発見。抱きかかえてこの家に戻ってきた経緯がある。
マロンは伊藤の事を覚えているのか、頭を撫でられ気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らした。それを見た夫人が微笑んで言う。
「あらあらすっかり懐いてるみたいねえ。あ、九条さんもどうぞソファに座って」
「失礼します」
九条はしゃがみこんだ伊藤を通り過ぎ、そっと猫の隣に腰かける。そしてちらちらと猫を気にかけているのを見て、伊藤が尋ねる。
「もしかして九条さん、猫好きですか?」
「まあ、動物は好きですが」
「人懐っこいですよーマロン!」
伊藤が手を休めることなく笑って言ったのを聞いて、九条はピクリとも動かずじっと猫を凝視する。そのまるで犯人を見つめる探偵のような眼光に、伊藤は思わず表情を引きつらせた。少しして、意を決したように九条が手を伸ばす。
と、何かを感じ取ったのだろうか。マロンは突然するりとソファから降り、ささっとどこかへ行ってしまったのだ。
残されたのは、手を伸ばした状態の顔のいい男。彼はすぐに悲し気に目を細めた。
その光景が伊藤のツボに入り、つい小さく吹き出し、お腹を抱えて笑ってしまう。堪えようとしても笑いが抑えきれない。
「す、すみませ……! 凄いタイミングだったから……!」
そういえば、九条は動物に嫌われやすい、と言っていたのを思い出した。伊藤は逆でかなり動物から好かれやすいタイプだったので、九条を哀れに思いつつも、猫に振られて悲しい表情をした九条がどうにも可愛らしく見えて仕方なかったのだ。
「さあさあお茶をどうぞ」
夫人がグラスに入った冷たいお茶を持ってきてくれたので、伊藤はマロンがいた場所に座った。
小川氏はソファの近くにあった一人掛けの椅子に座り、にこやかに話しかけてくる。
「先日はマロンをありがとう。もう帰ってこないんじゃないかとハラハラしたよ」
「たまたま見つかって、ほんとよかったです!」
「それで今日はどうしたの?」
「あ、えっと、小川さんってここに住まれて長いですよね?」
「ああ、もう五十年近くになるかな」
「僕が住んでるマンションの前って、何があったか覚えてらっしゃいますか?」
聞かれた小川氏は腕を組み頷いた。
「あなたー! 伊藤さんがいらっしゃったわ」
少しして、廊下を歩いてくる足音と共に小川氏が現れた。これまた上品な男性で、細い目から優しさが伝わってくるような顔立ちをしている。彼は嬉しそうに声を上げた。
「おお、伊藤さん。いらっしゃい」
「突然お邪魔してすみません。ちょっと訊きたいことがありまして」
「初めまして、友人の九条です」
「えらい男前な人だなあ! 上がって上がって」
促されるまま、リビングへと向かう。伊藤は一度来たことがあるため、慣れた足取りで進んでいく。九条はその背中を黙って追った。
リビングに入ると、茶色のソファとテーブルがあった。ソファの上には一匹、三毛猫が寝そべっており、伊藤たちの訪問にゆっくりと頭を上げる。伊藤は明るい声で言う。
「あ! マロン~! 元気にしてたかー」
にこにこ顔でソファに近づき、マロンと呼んだ三毛猫をすぐに撫でた。伊藤が以前、脱走したのを捕獲した猫が、このマロンだ。
夫婦が大事に育てている猫で、普段は家の中で飼っているのだが、その日はベランダを開けた隙を狙ってするりと逃げ出したらしい。夫婦で急いで探し回ったがなかなか見つからず、途方に暮れていたところ伊藤が現れた。
彼は近くの木の上にいたマロンをすぐに発見。抱きかかえてこの家に戻ってきた経緯がある。
マロンは伊藤の事を覚えているのか、頭を撫でられ気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らした。それを見た夫人が微笑んで言う。
「あらあらすっかり懐いてるみたいねえ。あ、九条さんもどうぞソファに座って」
「失礼します」
九条はしゃがみこんだ伊藤を通り過ぎ、そっと猫の隣に腰かける。そしてちらちらと猫を気にかけているのを見て、伊藤が尋ねる。
「もしかして九条さん、猫好きですか?」
「まあ、動物は好きですが」
「人懐っこいですよーマロン!」
伊藤が手を休めることなく笑って言ったのを聞いて、九条はピクリとも動かずじっと猫を凝視する。そのまるで犯人を見つめる探偵のような眼光に、伊藤は思わず表情を引きつらせた。少しして、意を決したように九条が手を伸ばす。
と、何かを感じ取ったのだろうか。マロンは突然するりとソファから降り、ささっとどこかへ行ってしまったのだ。
残されたのは、手を伸ばした状態の顔のいい男。彼はすぐに悲し気に目を細めた。
その光景が伊藤のツボに入り、つい小さく吹き出し、お腹を抱えて笑ってしまう。堪えようとしても笑いが抑えきれない。
「す、すみませ……! 凄いタイミングだったから……!」
そういえば、九条は動物に嫌われやすい、と言っていたのを思い出した。伊藤は逆でかなり動物から好かれやすいタイプだったので、九条を哀れに思いつつも、猫に振られて悲しい表情をした九条がどうにも可愛らしく見えて仕方なかったのだ。
「さあさあお茶をどうぞ」
夫人がグラスに入った冷たいお茶を持ってきてくれたので、伊藤はマロンがいた場所に座った。
小川氏はソファの近くにあった一人掛けの椅子に座り、にこやかに話しかけてくる。
「先日はマロンをありがとう。もう帰ってこないんじゃないかとハラハラしたよ」
「たまたま見つかって、ほんとよかったです!」
「それで今日はどうしたの?」
「あ、えっと、小川さんってここに住まれて長いですよね?」
「ああ、もう五十年近くになるかな」
「僕が住んでるマンションの前って、何があったか覚えてらっしゃいますか?」
聞かれた小川氏は腕を組み頷いた。
80
あなたにおすすめの小説
視える僕らのシェアハウス
橘しづき
ホラー
安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。
電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。
ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。
『月乃庭 管理人 竜崎奏多』
不思議なルームシェアが、始まる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
お客様が不在の為お荷物を持ち帰りました。
鞠目
ホラー
「変な配達員さんがいるんです……」
運送会社・さくら配達に、奇妙な問い合わせが相次いだ。その配達員はインターフォンを三回、ノックを三回、そして「さくら配達です」と三回呼びかけるのだという。まるで嫌がらせのようなその行為を受けた人間に共通するのは、配達の指定時間に荷物を受け取れず、不在票を入れられていたという事実。実害はないが、どうにも気味が悪い……そんな中、時間指定をしておきながら、わざと不在にして配達員に荷物を持ち帰らせるというイタズラを繰り返す男のもとに、不気味な配達員が姿を現し――。
不可解な怪異によって日常が歪んでいく、生活浸食系ホラー小説!!
アルファポリス 第8回ホラー・ミステリー小説大賞 大賞受賞作
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
婚約者の幼馴染?それが何か?
仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた
「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」
目の前にいる私の事はガン無視である
「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」
リカルドにそう言われたマリサは
「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」
ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・
「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」
「そんな!リカルド酷い!」
マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している
この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ
タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」
「まってくれタバサ!誤解なんだ」
リカルドを置いて、タバサは席を立った
完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています
オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。
◇◇◇◇◇◇◇
「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。
14回恋愛大賞奨励賞受賞しました!
これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。
ありがとうございました!
ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。
この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。