ヒロインになれませんが。

橘しづき

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もう会いたくなかったのだが

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 彼が教えてくれたケーキ屋は、確かに美味しそうで焼き菓子などもたくさん置いてあった。

 キラキラしたショーケースの中身も気になるが、まずは吉瀬さんへの贈り物だ。私はじっくり置いてあるお菓子を見つめる。大きな箱に入った詰め合わせから、小さくラッピングされた可愛らしいものまで幅広く置いてあった。

 コーヒー味とシナモンが入っているものを避け、大きすぎず贈りやすい物で考えると、案外すぐに候補は絞られる。やはり、フィナンシェやマドレーヌなどの王道のお菓子になりそうだ。

「こういうのは吉瀬さん、好きですかね?」

「ああ、好きだよ。よくコンビニで買ってるから」

「じゃあいいかも!」

 私は笑顔で答え、吉瀬さんへ送る焼き菓子を決めた。ふと横を見ると、蒼井さんはいつの間にかショーケースの方に夢中になっている。私はその隙に、彼にいいなと思っていたお菓子を手に取った。
 
 紅茶が好きだと言っていたので、それが使われたパウンドケーキとクッキーだった。

 ささっと会計に向かい、店員さんに包んでもらう。蒼井さんはその間もじっとケーキを眺めたまま、何かを考えているようだった。

 そして私が紙袋を手渡された直後、彼が隣にやってきて、どこか弾む声で提案した。

「ねえ、ケーキ食べて行かない? チョコレートケーキが僕を呼んでるんだよね」

 楽しそうに歯を出してそう言ったので、つい笑ってしまった。

「いいですね! 食べましょう。私は何にしようかなあ」

「全部美味しそうなんだよね。タルトも迷ったんだけど」

「あーイチゴのタルト美味しそう! ショートケーキも捨てがたいけど……」

 私は迷った挙句、タルトと紅茶を注文した。二人で奥にある席に案内され、窓際の日当たりがいい場所で腰かける。席はほとんど埋まっており、人気店であることが分かる。

 カバンや荷物を隣の椅子に置き、ふうと息をついて正面を見ると、蒼井さんと目が合いにっこりと微笑まれた。途端、彼と二人きりだという状況を再確認し、今更恥ずかしくなってくる。

 こんな素敵な人と二人でお茶とか、今までの人生になかったよなあ……。

 やや俯いていると、早速注文したケーキたちが運ばれてきた。私は目を輝かせて品々を見つめる。

「凄く美味しそうですね!」

「ほんと。食べようか」

 そう言って、私たちはフォークでケーキをすくって食べる。なるほど、これは美味しい。蒼井さんが勧めるのも分かる味だ。

「おっいし……」

「ははは、安西さんって美味しそうに食べるね。でもここ、確かに濃厚で美味しいよね」

「甘すぎず上品で、いくらでも食べれちゃいそうです!」

「よかったらチョコレートも味見してみない?」

 そうにっこり笑い、蒼井さんがチョコレートケーキが乗った自分のお皿を示したので、私は固まった。彼のケーキはすでに口がつけてある。

 ええ……一口もらうとか、蒼井さん相手にそんなことをしていいのだろうか……かかか、間接キスということになってしまうのですが? 許されるのですか?

 おろおろした挙句、苦笑いして断る。

「大丈夫です、ありがとうございます」

 すると蒼井さんは分かりやすく眉尻を下げ、まるで耳を垂らした犬のような顔になり、視線を落としながら言う。

「あーごめん。配慮が足りなかったね。もう僕が口付けた後だった」

「い、いえいえ!? そんなことを言っているのではなく!」

「あ、反対側なら口付けてないよ。ほら」

「で、でもそこで私が一口貰っちゃうと、結局最後に蒼井さんは私が口付けたところを食べなきゃいけなくなるんですが!?」

「あ……そうだよね、ごめん、嫌だよね。はは、セクハラかなこれ。気を付けなきゃ」

「嫌じゃないですよ!? 嫌なわけがないです! 恥ずかしいのと恐れ多いってだけで、食べていいのなら喜んで食すのですがっ」

 焦った挙句、私は口を滑らせた。だって、蒼井さんの表情と言い方がずるい。

 すると彼は、にっこり笑った。

「よかった。じゃあどうぞ」

 もう断れるわけがない。

 なんだか予想外の展開になったことに放心状態になりつつ、意を決してフォークを伸ばした。そして、ほんの少しケーキをすくう。が、距離もあるし遠慮の気持ちもあり、わずかしかフォークの上には乗らなかった。

「それじゃあ味分かんないでしょ」

 笑った蒼井さんは、私の手首をそっと掴んで動かし、一口分のケーキをフォークでとった。彼に握られた手首がやけに熱く、火傷をしたのかと勘違いするほどだった。自分の顔が赤くなったのが分かる。

 そのままケーキを口に運んだが、なぜだろう、結局味はよく分からなかった。チョコレートの味は分かるんだけど、なんだか頭の中がフワフワしているような……。

「お、美味しいですね」

「だよね」

「……た、タルトいりますか?」

 そう返さないわけにはいかないので、おずおずとそう尋ねてみる。蒼井さんは嬉しそうにお礼を言い、私のケーキを少し取ってすぐにポイっと口に入れた。

 その様子を見て、なんだか脱力する。緊張してたのは私だけか……彼って、誰にでもこういう距離感なのかもしれない。思えば元々人懐こいし、優しいしな。

 生憎、こちらはこんなイケメンとケーキを分け合う経験なんて、したことがないのだ。

「タルト美味しいねー生地がいい」

「お、美味しいですよね。イチゴとよく合ってて」

「全種類制覇したくなるなあ。今度また来ない?」

「え。私ですか?」

「他に誰がいるの」

 そこは坂田さんを誘うべきでは? そう思ったが、さすがに声には出せなかった。それに、多分社交辞令だろう。

「そうですね、また来ましょう」

「いいなあ、吉瀬はこんなに真剣に贈り物を選んでもらえて、さらには美味しいお菓子ももらえて。羨ましいよ」

 紅茶を飲みながら彼がそう言ったので、あっと思い出し、私は買ったばかりのお菓子を取り出した。差し出すと、きょとんとして蒼井さんが袋を見ている。

「蒼井さんにも凄くお世話になってるから、元々何か贈りたいなって思ってたんです。坂田さんも……」

「……あ、さっきのハンドクリーム?」

「はい。異動した日から、色々気にかけてくださってありがとうございます」

 彼はゆっくりした動作で受けとり、そっと中身を覗き込んだ。そして、あっと小さく声を漏らす。

「紅茶の」

「好きだっておっしゃってたので……リサーチ上手くしてたでしょう?」

 私がどや顔で笑って見せると、蒼井さんは嬉しそうに顔をくしゃりとさせて笑った。目じりに小さな皺が出来る。

 少年のような、子犬のようなその顔に、作っていたどや顔も引っ込むぐらい見惚れてしまう。

「まじか、全然気づかなかった……! 凄く嬉しいよ、ありがとう! 僕何にもしてないけどね。そっかあーさすが安西さんだね」

「いえいえ。入ってすぐに歓迎会してくれたり、嫌味を言われてたら庇ってくれたり、本当に感謝してるんです」

「とんでもない。安西さんは初めからやる気いっぱいでまっすぐで、僕も見習いたいなと思ってる。周りを見て動けるし、自分をしっかり持ってるのは君の凄い所だと思います。こちらの方がお礼を言う番だよ。ありがとう」

 まっすぐそう言われたので言葉に詰まる。まさか、そんな風に言ってもらえるとは思っていなかったのだ。

 褒められると、途端に恥ずかしくなり小さくなった。紅茶を飲んで気を紛らわせる。

 ……困ったなあ。元々は蒼井さんと坂田さんを二人きりにしようっていう作戦だったのに……。本当ならここにいるのは坂田さんのはずだったのに……。

 私が座ってるのは、変だ。




 しばらくしてケーキを完食し、一息ついたところで、一旦蒼井さんがトイレに退席する。私は紅茶を啜りながらゆったりしていた。ケーキの味に満足し、お腹も膨れ眠気を感じるぐらいだ。

 蒼井さんは異性で職場の先輩にあたる人だが、一緒にいて気が楽だし接しやすい。彼が持つ明るいオーラのおかげだろうか。

「さて、吉瀬さんへの贈り物も買えたし、そろそろお開きかな」

 小さな声で一人そう呟いた直後、自分の名を呼ぶ声がした。

「あれ……安西さん?」

 頭を上げた時、一瞬で顔が強張ってしまった。

 複数人の男女が席のすぐそば隣に立ち、私を見ていた。中央に立つ男女に見覚えがあり、思い出したくない嫌な過去が蘇る。

「あ、佐藤さんと、影島さん……?」

 なんと。通いだしてすぐに退会してしまったテニススクールのメンバーたちではないか。

 私の目の前で公開告白をして成功した影島美鈴と佐藤和希が、目を丸くして見ている。仲のいいメンバーだったので、みんなで街に遊びに出ていたのかもしれない。

「あ、お久しぶりですねー……」

 完全なる当て馬女となってしまったあのワンシーンは、さすがの私でもあまり思い出したくはない。思い切り佐藤さんにロックオンして必死になっていた自覚があるので、恥ずかしいにもほどがある。
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