ヒロインになれませんが。

橘しづき

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ストレートがすぎる

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 とりあえず必死に自分を落ち着け、先にソファに座った蒼井さんの隣へ向かった。彼が淹れてくれたコーヒーを飲みながら、舌で苦みを味わう。

「ケーキまだいい?」

「あーまだそんなにお腹が空いてなくて」

「昼にいっぱい食べたもんね。もう少ししてから食べようか。吉瀬たちが行く店は今度にしよう」

「今頃二人、どうしてますかね……尾行すればよかったかなあ」

「ダメでしょ」

 蒼井さんが目を線にして笑う。冗談だよ、ちょこっと本気だけど。そういう彼も、気になるのか二人の話題を続ける。

「もしかしたら今日上手くいくかも」

「え、そんな急展開来ます?」

「そんなに急じゃないよ。あの二人はもう一年以上一緒に働いてるんだしね。お互い意識してながら全然進んでこなかったんだから、遅いくらいだよ」

「ああ、そうか……って、吉瀬さんもそんな前から意識してたんです?」

「多分ね。徐々にいい子だなーって認識していったんだと思うけど、今はちゃんと自覚してると思うよ。そうじゃないとあいつの性格上、二人で出かけるのとか受けないから」

「そうですね!」

 吉瀬さんって確かに、どんなに可愛い人に言い寄られても、自分が気に入ってなかったら断りそうなイメージだ。あまり表情に出ないしつかめない人なんだけど、自分をしっかり持ってるのは分かる。

 私は二人が向かい合ってお茶をしているところを想像し、にやにや笑う。

「また一人楽しんでる」

「いや、思えば吉瀬さんとケーキ屋って面白い図ですし。一体どっちがどんな話題を振るのかとか、坂田さんはケーキすら緊張で食べられないんじゃないのかとか」

「さすがにお茶で解散はないと思うんだけどなあ。時間潰して夕飯に行ったり」

「そこでお酒飲んで緊張がほぐれて勢いで告白しちゃったり!? ああっ、想像が止まらないです!」

「やだなあ、人の恋愛より自分の恋愛を考えてよ。今どこにいるか分かってる?」

 蒼井さんがにっこり笑ってそう言ったので、それまであった私の勢いは一瞬で静かになった。前のめりだった体をゆっくり戻し、座り直す。小さくなりながら、とりあえずコーヒーを飲んでみた。

 蒼井さんの家に来るのは四回目だ。でも、どれもゆっくり過ごしてさようなら、としただけである。

 それは次の日も仕事がある平日だったから、という理由も一つ。でも、一回は日曜日に訪れたこともある。それでも蒼井さんはキス以上の事をしてくることはなく、今日に至る。

 相手の家に行って何もされないなんて初めてだった。今まで男性と言えばすぐにホテルに行きたがるだとか、じろじろ胸元ばっかり見たりだとか、そういうことばっかりだったのに。

 付き合いだして一か月間前進はない。一度、彩にちらりとこぼしたことがある。

『へえー大事にされてんだね。あれじゃない? 一番最初に行った時、ちょっと手を出しそうになったのを反省してんじゃない? いいじゃん、誠意を感じられて』

 あっけらかんと彩はそう言っていたけど、私にとっては衝撃的だった。

 大事にされてる。そっか、大事にされてるのか。

 最初に来た時、私の反応を見てあんまり心の準備が出来てないことを察したのだろう。こちらの事を待っていてくれたのかもしれない。

 すっかり静かになった私を見て、蒼井さんが隣で笑う。

「ほんと面白いね。急に静かじゃん」

「ど、どうも」

「ごめんごめんからかった。別に急いでないよ。安西さんと一緒にいられるだけで十分楽しいから」

 そういうことを言える男性がこの世にいたのか! 私はぐっと恥ずかしさで顔を熱くさせた。

 またコーヒーが無味になってきたぞ、私はドキドキが絶頂に達すると味覚や嗅覚が死ぬらしい。

「あ、あの、蒼井さん……」

「あ、でも思ってたんだよ。いい加減お互い名字呼びはやめない? 言おうと思ってたのにすっかりきっかけを無くしてて」

「あ……それは確かに。と、ととととと斗真くんでいいですか」

「とが多い」

「斗真くん」

「斗真でいい。なんかくん呼びは嫌いな響きになっちゃった」

 遠い目で言ったので、ああ鈴村さんのことか、と察した。確かに。『とーまくん』呼びと言えば鈴村さんだもんなあ……。

「で、では斗真、で。……いやあ、仕事もあるしなかなか慣れない気もします。呼べるかなあ」

「朱里」

 急に呼ばれたので、勢いよく隣を見てしまった。あお……違う、斗真が私を優しい顔で見ている。

 ……呼び方が変わるだけで、こんなに何かが変わるなんて。

 固まってしまった私を、彼は小さく笑う。

「いいね」

「……え?」

「朱里ってほんっと、見てて面白いし楽しいよ。いつも一生懸命だし、強い所は強いし、でも急に落ち込んだり。いろんな面があって、ほんと可愛い」

「かわ」

「こんなに誰かを好きになったの、初めて」

 ストレートがすぎる!!

 私の心臓が持たない。斗真には恥ずかしいとか照れくさいって感情がないんだろうか? いつも私を甘やかしすぎている気がする。

 顔から湯気が出そうな私をにこにこ顔で眺めている。その様子を見て、さては半分からかってるのもあるな? と気が付いた。

 じっと睨んでみると、向こうが不思議そうに首を傾げる。

「なに?」

「からかってませんか」

「ううん、全然。いつも正直に言ってるだけ。だってさ、ちゃんと伝えておかないと、朱里って思いこみ激しいじゃん。こっちの気持ちを変な風に受け取られても困るから、もうきちんと毎回正直に口に出すようにしたんだ」

 私の性格を熟知している。完敗だ。

 黙ってコーヒーを飲んで自分の心を落ち着ける。彼がここまで私を知ってくれている事、その上で好いていてくれる事、嬉しいと思うと同時に、言われてばっかりじゃいけないと思った。
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