16 / 26
白い子猫と騎士と黒い猫の話
6
しおりを挟むところで猫ちゃん、じゃなかった。ねえねえ魔王様のお名前は?
「我か。我が名は無い」
「ぶにゃ」
なんでー!?
「正確には真名は存在するが他者から与えられた名ならば無い。我に名をつけるような存在が居らぬのだ。名付けとは契約の一種。我が魔王に座し続ける限り、この地に我を縛るような者など居りはせぬ。それでも人間は様々な呼び名をつけ適当に呼んできた。どれも真名ではないというのにな。だが聖者だけは違う。新しき聖者が現れる度、好きに名をつけさせ、好きに呼ばせた。前はグレン。その前はノワール、またいつかの日はオルクス。歴代の聖者は我を呼び、同じ名は一つとしてなかった。そうして名は聖者が死ねば共にその墓へ封じ、また我は何者でもなくなる。その繰り返しだ」
そう言って、俺の頭をぐりぐり撫でる。
なんか。なんだか、悲しいねぇ。
「悲しいなど。幾年の月日と共に幾万の命が灯り消えゆく迄を見送った。それは世界の流れ。暁光と咲いては夕に手招かれ枯れる花と同じこと。一つとて同じ花は二度咲かぬ。されど花は種を残す。某かが死にゆく一方で子は生まれゆく。そうしてお主もまたこの地に生まれ落ちたのだ。お主も今に大きくなろうて、小さき聖者。その瞬きの生に良き名を承ることを願おう」
「なぁん」
離れゆく手を目線で追ったら、今度はアレクの手が伸びてきた。俺の頭にぽんぽん。みんなに撫でられてうれしいね。へへへ。
「んみゃ」
「んなぉん」
あ。
まるで俺の声に返事でもするように、どこからか微かな声が聞こえたので、気付いた俺と魔王、二匹で窓の方を見た。それにつられて他の人たちも向けたら、窓の外には白い猫。
ママンきた。
「あれがお主の母君か」
そうだよ。って鳴けば、窓の外から白猫が鳴いた。みゃあ。みゃあお。会話に混じって、そっくりだな、と魔王の声。
手慣れたようにアレクが開けてあげて、その間アレクの顔をじいっと見てる。それからふいって俺を見る。だけど、入る様子は全くない。俺が中に居るのを見つけたから呼んだだけみたい。みゃお。みゃあお。
窓が全開になるとアレクのことはもう気にしてないけど、代わりに今度は初めて見る人たちの方をジッと見てる。あっそうだ、魔王がうちのママンへ挨拶したいって言ってたな。
だもんで魔王が手を差しだそうとしたら、ママンが魔王に向かって突然毛を逆立ててフシャーッしたから、アレクや魔王よりも騎士たちがどよって身構えた。
俺もちょっと驚いた。尻尾がぶわってした。嘘。ぷわってくらい。
「ふむ、我に牙を向けるとは中々に気の強い」
でも魔王様は面白げにしてるだけ。流石誰よりお強い猫ちゃん。
俺のおともだちだよ。悪い人じゃないよ。たぶん。
アレクが俺のことを窓辺に乗せたので、にゃおにゃおしたら、ママンは疑いのおめめで人間たちをチラ見。そんでそんで、ガッといきなり俺の頭を前足で掴んでぺろぺろ。んあぁーー。
「お初にお目にかかる、白猫の母よ」
ぺ、と一瞬だけ舐めるのを止めて、俺の頭を掴んだまま不審なものを見るように魔王を見上げてる。すっごい不満そうな猫の表情のそれだなぁ。
これ魔王様とママンもお話できてるってことなのかな。あとママンの力が割と強くて頭もげちゃういてて。
「この地に生を授かりし聖者と家族がその命ある限り健やかで幸あらんことを」
それでも気にしない魔王は、まるで「魔王」よりも聖職者のような台詞と共に近づいて、母猫の目線の高さへ腰を屈めた。そしたら瞬きの瞬間に強めの音がしんとした部屋に響いて、そう文字にするならバリッ。
バリィッ、って。
魔王のご尊顔に三本線。
え?
え? え?
ええ???
それは鋭い爪の引っかき傷。じわりと滲み始めた赤色。
うちのママンがフシャーッして引っ掻いたんだって、今やっとじわじわ理解して。
お か お に き ず 。
ひえぇぇええ。
魔王の浅黒い頬を血が伝ってる。
「主様!?」
ハッとした騎士たちが初めて口を開く程に慌て出す。俺も慌ててる。あわあわあわ。どしたらいいのアレク。アレクたしけて。アレクもまた内心動揺してるのか、俺に手は伸ばしかけながらも下手に動くのは、なのか、その場から一歩も動いてない。あわあわ。魔王は頬に手を沿わせて、自分の血を眺めてる。のんびりしてる。いたくないのそれ? あわわ。俺はママンに掴まれてる。はわ。
誰もが色んな意味で動けない中、ひとまずは傷をつけた犯人である白猫を引き離そうとしてか、魔王と俺らの間に騎士が駆け寄ってこようとしたから、余計にママンが怒りだして、あっあっ来ないで、あわあわあわ、
「動くな」
鶴の、いや。魔王の一声。
「貴様らが口を開くことを許した覚えも触れることを許した覚えもあらぬぞ」
「申し訳……しかし、その猫が、」
「その無礼なる発言は聖者の母御とわかっての愚弄とあらば飾りの口など叩斬っても構わぬ」
「……失礼しました」
んひぇ~~~。
魔王だった。
目がちょっと本気だったね。こわこわ。
騎士たちが元の位置に戻って、みんなして黙っていたら段々とうちのママンも落ち着いて、ついでに俺もぺろぺろ仕返したら、唸り声もやんできた。んぺぺ。自分の前足を舐めて頭をくしくし。ぷわぷわ尻尾が戻んないけど仕方ない。
「ただでさえ我が子である主に近付いた挙げ句、主の母君を驚かせてしまったからであろう、普通は人間と獣は会話せぬしな。しかしその小さな身でこの我に楯突こうとするその心意義、実に気に入った」
なーんて呑気に言いながら、さっと長い指先で頬をなぞれば途端に傷跡がきれいさっぱりなくなった。回復魔法だ。
魔法を使った瞬間、黒いきらきらが魔王の指先を飛んだ。ちなみにこれ、実は魔術師の魔法の時も出てた。けどあっちは薄くて白かったから気のせいかなって思ったんだけど。エフェクトだったのかな。
人間の使う魔法と魔王の使う魔法は違うんだなぁって考えながら、きらきらが捕まえられないか前足をちょいちょい伸ばしてた。ら、ママンに抑えられて前足もぺろぺろざりざりされた。ぁぁーー。
「しかし、うむ、これ以上近くに寄って聖者の母君に嫌われてしまうのもあれだな。信頼を得られるよう次は供物でも持ってこよう」
供物。供物って言ったねこの人。あと次って言ったね。また来る気だ。その時はついでにおいしいおやつおねがいします。
「良かろう承知した。他に何か要件があればなんなりと言うが良い。獲物を狩ってくるなり高級な寝具を手に入れてくるなり人間を滅ぼすなり聞くぞ」
そんなことしないでください。
でも魔王に直接話を聞いてもらえるタイミングって改めて考えたら貴重だね。しかも他の偉い人が居ないから変に緊張せずに聞けるねやったぁ。さっきこっちに来ようとした騎士たちにはまだちょっとビビってるけど。んん、何聞いちゃおうかな。
んーとね、えーとね。
あ。
そうだよ聞きたいことがあったんじゃん。
◆◆◆◆
10
あなたにおすすめの小説
異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる
七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。
だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。
そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。
唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。
優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。
穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。
――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
植物チートを持つ俺は王子に捨てられたけど、実は食いしん坊な氷の公爵様に拾われ、胃袋を掴んでとことん溺愛されています
水凪しおん
BL
日本の社畜だった俺、ミナトは過労死した末に異世界の貧乏男爵家の三男に転生した。しかも、なぜか傲慢な第二王子エリアスの婚約者にされてしまう。
「地味で男のくせに可愛らしいだけの役立たず」
王子からそう蔑まれ、冷遇される日々にうんざりした俺は、前世の知識とチート能力【植物育成】を使い、実家の領地を豊かにすることだけを生きがいにしていた。
そんなある日、王宮の夜会で王子から公衆の面前で婚約破棄を叩きつけられる。
絶望する俺の前に現れたのは、この国で最も恐れられる『氷の公爵』アレクシス・フォン・ヴァインベルク。
「王子がご不要というのなら、その方を私が貰い受けよう」
冷たく、しかし力強い声。気づけば俺は、彼の腕の中にいた。
連れてこられた公爵邸での生活は、噂とは大違いの甘すぎる日々の始まりだった。
俺の作る料理を「世界一美味い」と幸せそうに食べ、俺の能力を「素晴らしい」と褒めてくれ、「可愛い、愛らしい」と頭を撫でてくれる公爵様。
彼の不器用だけど真っ直ぐな愛情に、俺の心は次第に絆されていく。
これは、婚約破棄から始まった、不遇な俺が世界一の幸せを手に入れるまでの物語。
悪役令息の兄って需要ありますか?
焦げたせんべい
BL
今をときめく悪役による逆転劇、ザマァやらエトセトラ。
その悪役に歳の離れた兄がいても、気が強くなければ豆電球すら光らない。
これは物語の終盤にチラッと出てくる、折衷案を出す兄の話である。
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。
★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる