白い子猫と騎士の話

金本丑寅

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白い子猫と騎士と黒い猫の話

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 ところで猫ちゃん、じゃなかった。ねえねえ魔王様のお名前は?
「我か。我が名は無い」
「ぶにゃ」
 なんでー!?

「正確には真名は存在するが他者から与えられた名ならば無い。我に名をつけるような存在が居らぬのだ。名付けとは契約の一種。我が魔王に座し続ける限り、この地に我を縛るような者など居りはせぬ。それでも人間は様々な呼び名をつけ適当に呼んできた。どれも真名ではないというのにな。だが聖者だけは違う。新しき聖者が現れる度、好きに名をつけさせ、好きに呼ばせた。前はグレン。その前はノワール、またいつかの日はオルクス。歴代の聖者は我を呼び、同じ名は一つとしてなかった。そうして名は聖者が死ねば共にその墓へ封じ、また我は何者でもなくなる。その繰り返しだ」

 そう言って、俺の頭をぐりぐり撫でる。
 なんか。なんだか、悲しいねぇ。
 
「悲しいなど。幾年の月日と共に幾万の命が灯り消えゆく迄を見送った。それは世界の流れ。暁光と咲いては夕に手招かれ枯れる花と同じこと。一つとて同じ花は二度咲かぬ。されど花は種を残す。某かが死にゆく一方で子は生まれゆく。そうしてお主もまたこの地に生まれ落ちたのだ。お主も今に大きくなろうて、小さき聖者。その瞬きの生に良き名を承ることを願おう」
「なぁん」

 離れゆく手を目線で追ったら、今度はアレクの手が伸びてきた。俺の頭にぽんぽん。みんなに撫でられてうれしいね。へへへ。
「んみゃ」

「んなぉん」
 あ。


 まるで俺の声に返事でもするように、どこからか微かな声が聞こえたので、気付いた俺と魔王、二匹で窓の方を見た。それにつられて他の人たちも向けたら、窓の外には白い猫。
 ママンきた。
「あれがお主の母君か」
 そうだよ。って鳴けば、窓の外から白猫が鳴いた。みゃあ。みゃあお。会話に混じって、そっくりだな、と魔王の声。
 手慣れたようにアレクが開けてあげて、その間アレクの顔をじいっと見てる。それからふいって俺を見る。だけど、入る様子は全くない。俺が中に居るのを見つけたから呼んだだけみたい。みゃお。みゃあお。
 窓が全開になるとアレクのことはもう気にしてないけど、代わりに今度は初めて見る人たちの方をジッと見てる。あっそうだ、魔王がうちのママンへ挨拶したいって言ってたな。

 だもんで魔王が手を差しだそうとしたら、ママンが魔王に向かって突然毛を逆立ててフシャーッしたから、アレクや魔王よりも騎士たちがどよって身構えた。
 俺もちょっと驚いた。尻尾がぶわってした。嘘。ぷわってくらい。
「ふむ、我に牙を向けるとは中々に気の強い」
 でも魔王様は面白げにしてるだけ。流石誰よりお強い猫ちゃん。

 俺のおともだちだよ。悪い人じゃないよ。たぶん。
 アレクが俺のことを窓辺に乗せたので、にゃおにゃおしたら、ママンは疑いのおめめで人間たちをチラ見。そんでそんで、ガッといきなり俺の頭を前足で掴んでぺろぺろ。んあぁーー。

「お初にお目にかかる、白猫の母よ」
 ぺ、と一瞬だけ舐めるのを止めて、俺の頭を掴んだまま不審なものを見るように魔王を見上げてる。すっごい不満そうな猫の表情のそれだなぁ。
 これ魔王様とママンもお話できてるってことなのかな。あとママンの力が割と強くて頭もげちゃういてて。

「この地に生を授かりし聖者と家族がその命ある限り健やかで幸あらんことを」
 それでも気にしない魔王は、まるで「魔王」よりも聖職者のような台詞と共に近づいて、母猫の目線の高さへ腰を屈めた。そしたら瞬きの瞬間に強めの音がしんとした部屋に響いて、そう文字にするならバリッ。

 バリィッ、って。


 魔王のご尊顔に三本線。


 え?
 え? え?

 ええ???

 それは鋭い爪の引っかき傷。じわりと滲み始めた赤色。
 うちのママンがフシャーッして引っ掻いたんだって、今やっとじわじわ理解して。

 お か お に き ず 。

 ひえぇぇええ。

 魔王の浅黒い頬を血が伝ってる。
「主様!?」
 ハッとした騎士たちが初めて口を開く程に慌て出す。俺も慌ててる。あわあわあわ。どしたらいいのアレク。アレクたしけて。アレクもまた内心動揺してるのか、俺に手は伸ばしかけながらも下手に動くのは、なのか、その場から一歩も動いてない。あわあわ。魔王は頬に手を沿わせて、自分の血を眺めてる。のんびりしてる。いたくないのそれ? あわわ。俺はママンに掴まれてる。はわ。
 誰もが色んな意味で動けない中、ひとまずは傷をつけた犯人である白猫を引き離そうとしてか、魔王と俺らの間に騎士が駆け寄ってこようとしたから、余計にママンが怒りだして、あっあっ来ないで、あわあわあわ、

「動くな」

 鶴の、いや。魔王の一声。
「貴様らが口を開くことを許した覚えも触れることを許した覚えもあらぬぞ」
「申し訳……しかし、その猫が、」
「その無礼なる発言は聖者の母御とわかっての愚弄とあらば飾りの口など叩斬っても構わぬ」
「……失礼しました」



 んひぇ~~~。
 魔王だった。

 目がちょっと本気だったね。こわこわ。
 騎士たちが元の位置に戻って、みんなして黙っていたら段々とうちのママンも落ち着いて、ついでに俺もぺろぺろ仕返したら、唸り声もやんできた。んぺぺ。自分の前足を舐めて頭をくしくし。ぷわぷわ尻尾が戻んないけど仕方ない。

「ただでさえ我が子である主に近付いた挙げ句、主の母君を驚かせてしまったからであろう、普通は人間と獣は会話せぬしな。しかしその小さな身でこの我に楯突こうとするその心意義、実に気に入った」
 なーんて呑気に言いながら、さっと長い指先で頬をなぞれば途端に傷跡がきれいさっぱりなくなった。回復魔法だ。
 魔法を使った瞬間、黒いきらきらが魔王の指先を飛んだ。ちなみにこれ、実は魔術師の魔法の時も出てた。けどあっちは薄くて白かったから気のせいかなって思ったんだけど。エフェクトだったのかな。
 人間の使う魔法と魔王の使う魔法は違うんだなぁって考えながら、きらきらが捕まえられないか前足をちょいちょい伸ばしてた。ら、ママンに抑えられて前足もぺろぺろざりざりされた。ぁぁーー。




 
「しかし、うむ、これ以上近くに寄って聖者の母君に嫌われてしまうのもあれだな。信頼を得られるよう次は供物でも持ってこよう」
 供物。供物って言ったねこの人。あと次って言ったね。また来る気だ。その時はついでにおいしいおやつおねがいします。
「良かろう承知した。他に何か要件があればなんなりと言うが良い。獲物を狩ってくるなり高級な寝具を手に入れてくるなり人間を滅ぼすなり聞くぞ」
 そんなことしないでください。

 でも魔王に直接話を聞いてもらえるタイミングって改めて考えたら貴重だね。しかも他の偉い人が居ないから変に緊張せずに聞けるねやったぁ。さっきこっちに来ようとした騎士たちにはまだちょっとビビってるけど。んん、何聞いちゃおうかな。
 んーとね、えーとね。

 あ。
 そうだよ聞きたいことがあったんじゃん。


◆◆◆◆

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