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第6話
しおりを挟む先送りされていた屋根の修理が終わり、破損した屋根瓦は新しいものと交換され、折れた木材やら野地板なども無事交換されたり補強された。
工事の際、屋根全体の清掃もしてくれたので、目を凝らさないと、どこからが直した部分との境目なのか見分けることはできない。
『目を覚まさねば、斬り捨てるッ!』
戦国武将時代の家康の目覚まし時計。
根元から折れてしまった太刀は見つからなかったが、曲がってしまっていた兜の鍬形は綺麗に直せたので良かった。
少し音声が荒れてしまったがそれ以外の機械的な故障はないので、毎朝しっかりと目覚まし時計としての機能を果たしてくれている。
『目を覚まさねば、斬り捨てるッ!』
──だから、そんな刀じゃ斬れねーっつーの。
武将の土台にあるボタンを押して、物騒なアラームを止める。
カーテンを全開にして、欠伸をひとつ。
俺は1階に下りた。
「娘が増えたようだな、母さん」
「そうですわね、あなた」
『そう言ってくださると、わたしも嬉しいです』
楽しそうに笑い合う3人。
──なんだこのアットホームな感じは。
「……」
カナが空から降って来てから、2週間も経ってない。
1日ごとに、朝の雰囲気が変わってきている。
こんなのは伊月家じゃない。
非常に加わりづらい。
「あら進、おはよう。ご飯よそってもいいかしら」
上機嫌の母さん。
害が無いので、これは良しとしよう。
「おはよう、愛息子よ。今朝はよく晴れてるぞ」
コイツは微妙にキャラ変わってるし。
これまでは昼まで寝てたくせに、カナが来てから頻繁に朝の食卓に現れる親父。こちらは迷惑極まりない。有害だ。
『進さま、おはようございます』
そして元凶。
何食わぬ顔して家族の一員として食卓についてるアンドロイドのカナ。
──侮れねぇ。
──違和感なく溶け込んでいやがる。
その作り物の笑顔の下で、どんなことを考えているかはわからない。
エレナ先生が学校に来なくなってから3日が経つ。
休みの理由は風邪ということになっているけど、どうも嘘臭い。カナは、先生が休んでいる理由を知っているんじゃないのか。
「おはようさん」
疑問は胸の内に留め、普通に挨拶する。
カナは、俺の言葉に嬉しそうに頷いてから、灰色のカロリー〇イトのような固形
物をパクつく。
頬を少し膨らませてもぐもぐと食べる様は、まさに人と言える。
『おいしいです』
「さいですか」
『糖質オフです』
「機械のお前には関係ねーだろ」
『おひとつ、いかがですか?』
「食えるか!」
どこまでが冗談なのか判断が難しい。
「そうでもないぞ。結構いける」
よく見ると親父は、カナと同じものを食っていた。
しかもうまそうに。
「貴様も1本いっとくか?」
親父が食っているからといって、安心はできない。
「どんな味なんだ?」
「フューチャー味」
「いらん」
速攻で断る。
「何事もチャレンジだと、幼いころから言い聞かせてきただろう」
「初耳だ。いい加減なこと言うな、デタラメ人間」
軟弱者が、という親父の言葉を無視して、俺は母さんの作った味噌汁と焼き魚でご飯を食べはじめる。
『進さま、お飲物はいかがですか?』
「足りてる」
『お魚にお醤油いりますか?』
「いらない」
『ご飯のおかわりはどうですか?』
「悪いな。朝は一杯しか食わねーんだ」
『そうですか……』
「申し訳ない、カナさん。進はこのように愛想の『あ』の字も平仮名で書けないほど可哀想な子どもなのです」
悩みを打ち明けるような、真剣な面持ちでカナに伝える。
『そうなのですか……それはあまりに……可愛そうです』
「同意すんな」
『す、すみません!』
ぺこぺこと頭を下げるカナ。
素でボケてるのか、わざと親父の話に合わせているのか俺には判断できない。
こちらの言ったことに対しての反応は早い。
そういう意味では優秀なAIS(Artificial Intelligence System)を搭載したアンドロイドだと思う。
「ところで、カナは俺が学校に行った後、うちで何をやってんだ?」
『進さまが学校に行ってからは、お母様の家事のお手伝いをして、それから、部屋で充電をしています』
充電……。
「動力源って電気だったのか」
『主となるエネルギーは電力ですね。充電がなくなると動けなくなります』
さっき食べていた固形燃料を水と電気に反応させてエネルギーに変換します、と補足する。
『エコモードもありますが、だいたい8時間の充電で約4時間活動できます。ただ、体内の半導体素子などが高温になった場合にも冷却のために長時間体を休める必要があります。ラジエーターやヒートシンクがあっても、稼働時間が長くなると、どうしても冷却・放熱が追いつきません』
「難儀な体だな」
食事と睡眠は必要不可欠なものだが、人間であれば、一日くらい寝なくても、食べなくても死ぬことはない。
「可愛そうな子じゃないか……」
「どこかだ。機械なんだから仕方ねーだろ」
「申し訳ない、カナさん。進はこのように血も涙も無い冷血漢なのです」
「言ってろ。このなんちゃって芸術家」
「貴様ぁ! その言葉は295日前の夕暮れ時に禁句だと言ったはずだッ!」
「知るか」
バトルが始まった。
しかし。
醜い舌戦は、すぐに時間切れで終了した。
そろそろ家を出ないと学校に間に合わない。
「妻よ、どこであのハナタレ小僧の育て方を間違ったのだろう……」
「反抗期ですから仕方ありませんわ。根はとてもいい子ですから、心配しなくて大丈夫ですよ」
「だといいが……」
腕を組んで目線をテーブルに落とす親父。
2人の三文芝居を横目に素通りして、俺は急いで学校へと向かった。
**********
教室に入ると、多川と白貫が手招きしていた。
席にカバンを置いて、2人のもとへ。
「うーっす」
2人に向かって挨拶する。
「ぐもー」
グッドモーニングの省略だろうか、謎の挨拶をしてくる多川伸宏。
「あはよう」
続いて、アポっぽい挨拶をしてくる白貫清乃。
2人は最近『ジュース奢り対決』にハマっている。そしてどういうわけか、いつも俺がこうした2人の対決企画のジャッジを任される。
これはその一環だろう。
「多川のは挨拶さに欠けるなー。白貫のはアホっぽくて、なかなか良い」
俺の周囲はこんなヤツらばかりだ。
「くそー。似たようなもんだろ」
「ジュースげっと!」
白貫は、両手を突き上げて喜ぶ。
特に贔屓はしていない。多川が勝利する時も、たまにある。
「そうだ、伊月。エレちゃん学校に来てたぞ」
エレちゃん=宇佐美エレナ先生のことだ。
ちなみに、この多川以外、誰もこの愛称を使っていない。ちゃん付けするのにカタカナ3文字は語呂が悪いと言って、いつもこう呼んでいる。
エレちゃんと言い始める前、多川は、エレナ先生の名字2文字プラスちゃん付けしていた。が、本人に聞かれてマジ蹴りされて以来、そっちは封印されている。
……流石に、ウサちゃんは怒るだろ。
「風邪治ったみたいね」
私も見かけたけど不調を引きずってるようには見えなかったわ、と白貫も教えてくれる。
「話を変えるけど、放送部のやつに聞いたんだけどさー。いまの昼の放送って評判すげー悪いんだってな」
「多川、知らなかったの? 運動部並みの部費が出てるのに活動といえば昼休みの音楽たれ流しと、放課後に下校の放送してるだけだし。廃部にして放送委員会の新設が検討されているみたいね」
「その通り。でもな、廃部を免れようとあいつら必死に新企画を考えてるんだって。そして部の存亡をかけた企画が近々始動するらしい」
「へー。どんな企画なんだろね」
「そこまでは教えてくれなかったな。けど、今日か、来週の月曜からはじまるらしいぜ」
「面白いのかな」
「さーな。で、その企画にエレちゃんが関わってるって噂もあって……」
「ねえ、伊月。聞いてる?」
「聞いてる聞いてる」
学校に来ているなら今すぐエレナ先生のところに行きたいけど、もうじきホームルームが始まるし……昼休みまで待つか。
「マジでこいつ、エレちゃんに惚れてんじゃねーのか?」
「んー、どうなんだろ。2人に何かあるのは間違いないと思うけど。そうそう。ちょい前に、伊月が宇佐美先生の車の助手席に乗ってたという目撃情報が」
「嘘だろっ!?」
「本当らしいわよ。あの放送事件の日。数人が見てる」
「羨ましいことしやがって。伊月のくせに」
「多川、羨ましいんだ」
「そりゃエレちゃん美人だし。なんつーか、月並みな表現になるけど、同学年のやつらには無い大人の魅力っていうの? そういうのがあるんだよなー。いいなー」
「なに妄想してるんだか」
「フジュンイセーコーユー」
「あり得ないわ。伊月だし」
「確かに。で、どうなんだ伊月?」
「聞いてる聞いてる」
白貫と多川に同時に頭を叩かれる。
「いてえなぁ。なにすんだよ、お前ら」
「人の話を聞け。それと、否定するなりツッコミを入れるなりしてくれ」
びしっ、と、多川の胸の辺りを手の甲で打つ。
「これでいいか?」
再び二人に頭を叩かれる。
「だから、いてえって」
「恋煩いかしら」
「まともじゃないことは確かだな」
「何がだ?」
「さっきからお前がエレちゃんに惚れたって話をしてたんだが」
「バカか、お前らは!」
多川にスリーパーホールドをかけて否定する。
「をを、復活した。本当にフられたのなら、私に言いなさい。癒してあげるから」
「白貫に癒されるのは単細胞生物とザリガニと盆栽くらいだろ」
断言する多川。
俺の技にかかり身動きが取れない多川の頬っぺたを思いきり引っ張る白貫。
「やめほー」
「締め落としていいよ。私が許す」
俺はまったく力を込めていない。
抜け出そうと思えば、多川はいつでも脱出できる。
続いて白貫が多川の脇腹をくすぐろうと──したところで、担任が教室に入ってきた。
瞬時に反応し、何事もなかったように3人とも着席する。間もなくホームルームがはじまった。
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