55 / 81
第39話
しおりを挟む棺の中で私が眠っていた。
横たわり眠る私、それを見る私。二人の私。ありえない状況だ。しかしそれが今、状況として現実に眼前にある。
突きつけられたこの現実を受け止めるのは難しい。
しかし、一見は、どんな映像よりも伝聞よりも圧倒的な説得性をもって私の視覚から全身を波立たせる。
瞼を閉じた自分を見るというのは、変な感じだった。透明な、カプセルのような棺の中で、もうひとりの私の時間は切断され凍結している。
「信じてくれたかしら」
エレナの声は狭い部屋の壁や天井に反響して執拗に大きく聞こえた。
私と瓜二つの顔を近くで見るために車椅子の方向を変えると、タイヤのゴムと床が擦れる不愉快な音がする。
天井の照明がカプセルの表面に眩しく反射する。
外のどこか遠くで鳥がひと鳴きしたのが聞こえた。
「この子がカナ」
もう一人の私。
現在の私を構成する、雛形としての意識要素の提供元──それがカナなのだとエレナは教えてくれた。
「死んでるの……よね」
その問いに反応してエレナがカプセルを開ける。
棺の中から冷たい空気が溢れ出す。
冷気はじわりじわりと広がり、部屋の隅々まで達すると満足したように動きを止めてその身を床面に沈殿させる。
カナの頬に手を当てると、金属に触れた時のひやっとした感覚が指先から肩口あたりまで上ってくる。
冷たい。とても。
「そうよ」
「どうしてここに寝かせたままなの?」
「どうしたらいいか、私も決めかねているの。だから、あなたに決めてもらおうと思って、そのままにしておいたの」
「……私に?」
「ええ。あなたの体なのだから」
「……」
まるで楽しい夢を見ているかのように、口元に笑みを浮かべ眠っている私。どんな思いでこの人は自分を失う道を選んだのだろう。
お願いしたくないです。
本当は、こんなこと、お願いしたくないです。
カナの機械的な、しかしとても感情のこもった声を思い出す。
「……エレナはどうしたい?」
「この体は英知の集合体──できれば、調べてみたい。けどね、それは研究者としての気持ち。ふさわしい場所に弔ってあげたいわ。私とあなたは家族なんだもの」
「……ありがとう、エレナ」
家族、という言葉が胸に響く。
「ねえエレナ。質問があるの」
「何?」
「カナのメッセージを聴いて思ったんだけど、私とこの子って見た目はそっくりだけど、中身は全然似てないわ。どうして?」
「やっぱりわかる?」
「実際に会ったわけじゃないから正確にはわからないけど、口調とか声の雰囲気とか性格はまるで別人じゃない」
「人格形成のプロセスなんてのは目のないサイコロを振り続けるようなもの。生活環境、教育、親しい人の影響、些細なことやちょっとしたきっかけで変化するわ。一卵性双生児の好みや性格が必ずしも一致しないようにね」
エレナはゆっくりと言葉を選びながら、説明する。
「本当にカナは私の中にいるの?」
「……」
「エレナ?」
「……どうかしら」
「だって、カナの心を私に移したんでしょう?」
「『心』ってのはあなたが理解しやすくなる為に選んだ言葉よ。正確には、脳の主要な部分を移植しただけ」
「じゃあどうして知識が残ってるのに意思は残らなかったの?」
「さあね。もともとどうなるかなんて誰にもわからない手術だったから。死という最悪の事態を回避したことだけで幸運なことなのよ。手術前に幾通りものシミュレートをしたけど、今回の状況はそのどれにも当てはまらないわ」
「なら、私は誰?」
「宇佐美カナ。私の可愛い妹」
「……真面目に答えて」
「答えてるんだけどね。私はね、最近こんなことを疑いはじめているの。そうあっては欲しくないけど……この子の意思は……この体に残されたままなのかもしれない、って」
目を伏せ、呟く。
「だからね、やめることにしたわ。この子とあなたを比べるのを。嫌な思いをさせてしまってごめんなさい」
「……いいよ、謝らないで。それより私はこの子のために何をしたらいいの?」
「このままでいいんじゃないかしら」
「でも、」
「あなたに渡したカナのメッセージがどんな内容のものだったか知らないけど、カナが望んでいたのは、どこにでもあるようなありきたりの生活よ。学校に行ったり友達と遊んだり……今のあなたの目標と同じ」
「……」
「特別なことなんて必要ないの。彼女は、あなたがこうして元気に生活できていることを嬉しく思っていると思うし」
「本当に、そう思う?」
「ええ」
「……そっか」
「だから、リハビリを頑張って、早く歩けるようになって学校に行けるようにならないとね。伊月は来年3年生なんだから、急がないと卒業しちゃうわよ」
「え!?」
「あれ言ってなかったっけ?」
「ぜんっぜん聞いてないわよ!」
「じゃあ夏休みが今週で終わることも言ってなかった? 私、来週から学校に復帰するから。あなたも早く学校に来れるように頑張りなさい」
0
あなたにおすすめの小説
ユニークアイテムな女子(絶対的替えの効かない、唯一無二の彼女)「ゆにかの」
masuta
キャラ文芸
恋と友情、そして命を懸けた決断。青春は止まらない。
世界を股にかける財閥の御曹司・嘉位は、U-15日本代表として世界一を経験した天才投手。
しかし、ある理由で野球を捨て、超エリート進学校・和井田学園へ進学する。
入学式の日、偶然ぶつかった少女・香織。
彼女は、嘉位にとって“絶対的替えの効かない、唯一無二の存在”だった。
香織は、八重の親友。
そして八重は、時に未来を暗示する不思議な夢を見る少女。
その夢が、やがて物語を大きく動かしていく。
ゴールデンウィーク、八重の見た夢は、未曾有の大災害を告げていた。
偶然か、必然か……命を守るために立ち上がる。
「誰も欠けさせない」という信念を胸に走り続ける。
やがて災害を未然に防ぎ、再びグラウンドへと導く。
その中で、恋もまた静かに進んでいく。
「ずっと、君が好きだった」告白の言葉が、災害と勝負を越えた心を震わせる。
それぞれの想いが交錯し、群像劇は加速する。
一人ひとりが主人公。人生に脇役はいない。
現代ファンタジーとリアルが交錯する青春群像劇。
本作は小説家になろう、オリジナル作品のフルリメイク版です。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜
鳴猫ツミキ
キャラ文芸
【完結】【第一章までで一区切り】時は大正。天羽家に生まれた桜子は、特異な体質から、家族に虐げられた生活を送っていた。すると女学院から帰ったある日、見合いをするよう命じられる。相手は冷酷だと評判の帝国陸軍あやかし対策部隊の四峰礼人だった。※和風シンデレラ風のお話です。恋愛要素が多いですが、あやかし要素が主体です。第9回キャラ文芸大賞に応募しているので、応援して頂けましたら嬉しいです。【第一章で一区切りで単体で読めますので、そこまででもご覧頂けると嬉しいです】。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる