62 / 81
第45話
しおりを挟む今朝もカナの部屋のドアを開け、キリンのぬいぐるみに挨拶する。
カーテンが揺れていた。
秋も深まり、晴れた日でも肌寒い日も多くって来た。徐々に冬が近づいている。
母さんはいつカナが帰ってきてもいいように、晴れた日は部屋の空気を入れ替えや掃除を欠かさない。
「おはよう」
その言葉は、昨日と同じように、相手を探して虚ろに無人の部屋をさまよい、消えてしまう。
カナはきっとこの家には帰ってこない。
そんな、確信的な予感がした。
**********
休日に早起きするのが久々だったせいか、思わず制服に着替えそうになったけれど、すぐに気がついて私服に着替える。
一階に降りると、珍しく親父が朝飯を食べていた。
「お早う、進」
「おはよう。早いわね」
機嫌の良さそうな母さん。親父はがつがつと山盛りのオムライスを食べている。
「終わったのか?」
「そうみたい」
「お疲れ」
返事は返ってこない。食事の邪魔をするとやかましそうなので、洗面所に向かう。顔を洗って戻ってくると、親父はもう朝食を平らげていた。
「うまかったぞ、母さん」
「そんな食い方してると体壊すぞ」
「おお。進ではないか」
「さっき挨拶したっつの」
「そうだったか?」
真剣に数分前のことを思い出そうと考え込む。しかし、その表情は、仕事中の鬼気迫るものとは打って変わって、温和だった。本当に作品作りは終ったみたいだ。
「あなた、これを見てください」
我慢しきれない感じで、母さんが写真を差し出す。それは、俺が先生からもらってきたカナの写真だ。
仕事に没頭していた親父を気遣って、見せずに隠していたらしい。
「手術、成功したそうです」
「……そうか。それは良かった」
「大変な手術だったようですね……可愛そうに」
写真には、ひまわりの大輪が並ぶ前に、松葉杖をついて立っているカナの姿が写っている。首や両手足、顔を除いた部分には包帯が巻かれ、不機嫌そうな表情でカメラを見ている。
「進はカナさんに会いに行ってきたのか?」
母さんがこちらを向く。
「まだ行ってねーよ」
「……念のため、もう一度聞く。カナさんには、会って来たのか?」
「行ってねー」
「さっさと行って1000年分謝罪して来いッ!!!」
「母さん、メシ」
テーブルの上に置いてある楕円形の大皿を渡す。
「はいはい」
終始親父の言葉を無視し続け、作りたてのオムライスを食べて、椎奈との待ち合わせ場所に向かった。
**********
集合時間は、朝の9時。
駐輪場に100円で自転車を止めて、駅前にやってくると、既に椎奈の姿があった。
「よー」
「あ、おはようございます!」
「おはよう。早いな」
「頑張りました」
自慢げにそう言う椎奈。
「朝、弱いんだっけ?」
「はい。かなり」
そうは見えない。
どちらかと言うと、目覚まし無しでも決まった時間にきっちり起きそうだ。
「もしかして、目覚まし時計を2個持ってるとか?」
「5個持ってます」
「……そりゃ難儀だな」
想像を超えていた。
椎奈は苦笑しながら、腕時計を見て、
「あと5分で電車が来ちゃいます」
俺たちは駅への階段を足早に上る。
椎奈に言われるままに切符を買って、電車に乗り、隣駅で降りる。女物の靴がどこで安く売ってるかなんて俺が知るわけもなく、黙って後ろを着いて行くだけだった。
隣駅の北口を出て、そのまま大通りを真っ直ぐ進み、2番目の交差点を左に曲がるとそれらしい店があった。
専門店らしく、靴の類しか置いてないようだ。
狭い店内にサンダルやヒールや運動靴が乱雑に陳列してある。
「サイズ、わかりました?」
「ああ」
エレナ先生に電話で聞いてメモした紙を渡す。
「……」
「小さいですね」
「そうなのか?」
他人の足のサイズなんて気にしたことも無いからわからない。
「サイズ、あるかなぁ……」
椎奈は、店員に聞きに行く。俺は一人残されてしまったので、なんとなく視線を外に移すと、ショーウィンドウを眺める女の子がいた。
ガラスに両手をつき、一点を見つめている。
──時間が、凍りつく。
カナだった。
髪は短く切られ、とても痩せていたが、間違いない。どこにも包帯は巻かれていない。松葉杖も持っていない。朝の柔らかな日差しを浴び、淡い黄色のワンピースが輝いていた。
「……」
声が出ない。
入り口に向かって歩み寄ることもできない。
状況をうまく認識することができず、意識に体が反応しない。
何秒経っただろう。カナは、食い入るようにその靴を見つめ、店には入らず、最後にため息をつき、その場を去っていった。
「伊月先輩?」
椎奈に声をかけられ、ようやく振り向くことができた。
「これなんてどうでしょう?」
小さな水色の靴を、冷静を装いながら受け取る。
シンプルで好感の持てるデザインだった。
「このサイズだとなかなかいいのが無くて。涼しい感じで夏用っぽいですけど、服との組み合わせで、フルシーズン平気だと思います」
「凄くいいと思う」
感想を言うと、椎奈はとても嬉しそうに微笑み「あっちにも一足あるそうですよ」と、ショーウィンドウの方を指差す。
ついさっきまで俺が眺めていた方向だ。
「……」
椎奈が指差した先は、偶然にもカナの視線の先と一致していた。
0
あなたにおすすめの小説
ユニークアイテムな女子(絶対的替えの効かない、唯一無二の彼女)「ゆにかの」
masuta
キャラ文芸
恋と友情、そして命を懸けた決断。青春は止まらない。
世界を股にかける財閥の御曹司・嘉位は、U-15日本代表として世界一を経験した天才投手。
しかし、ある理由で野球を捨て、超エリート進学校・和井田学園へ進学する。
入学式の日、偶然ぶつかった少女・香織。
彼女は、嘉位にとって“絶対的替えの効かない、唯一無二の存在”だった。
香織は、八重の親友。
そして八重は、時に未来を暗示する不思議な夢を見る少女。
その夢が、やがて物語を大きく動かしていく。
ゴールデンウィーク、八重の見た夢は、未曾有の大災害を告げていた。
偶然か、必然か……命を守るために立ち上がる。
「誰も欠けさせない」という信念を胸に走り続ける。
やがて災害を未然に防ぎ、再びグラウンドへと導く。
その中で、恋もまた静かに進んでいく。
「ずっと、君が好きだった」告白の言葉が、災害と勝負を越えた心を震わせる。
それぞれの想いが交錯し、群像劇は加速する。
一人ひとりが主人公。人生に脇役はいない。
現代ファンタジーとリアルが交錯する青春群像劇。
本作は小説家になろう、オリジナル作品のフルリメイク版です。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について
のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。
だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。
「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」
ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。
だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。
その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!?
仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、
「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」
「中の人、彼氏か?」
視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!?
しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して――
同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!?
「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」
代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる