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能力

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どうにか自分を納得させ、落ち着くと、ふと「俺が異世界に来た意味」に考えが及んだ。
宰相なんていうすごい役職の人のお手伝いを一介の大学生である俺ができるはずがないし、知的好奇心を満たすって、生きがいの「古代語」ってやつを読めるとかそういうこと?逆に俺、生きがい奪ってない?俺が古代語読めたらもう研究終わりじゃん。

という趣旨のことを宰相さんに伝えたら、

「神のおっしゃることですから、何か意味があるのでしょう」

と軽く言われた。


そこから、俺に何ができるのかの調査が始まった。
そして、

・計算の確認
・書類の翻訳
が俺の仕事となった。
大学生の計算能力、というか多分中学生くらいでもできるような計算能力で大丈夫なくらい、ここの人たちの計算能力は低いらしい。
それから、他の言語が異なる国とやりとりをする書類の翻訳。
試していたところ、読むだけじゃなくて、書くこともできることが発覚したので、他国の言語で書かれた書類をこの国の言語に翻訳したり、この国の言語を、他の国の言葉に訳したりすることになった。
意識すればどんな言葉にでも翻訳できるみたいで、まさに神から授かった力のように万能だった。

ちなみに国の重要書類を俺が見ていいのか聞くと、それも神が使わした人だから悪用はしないと信じると言われた。

この国神様の力強すぎね?
いいのか?
まあ、信じてくれるのは、くすぐったいけど悪い気はしない。もちろん悪用なんてする気はない。
こちとら善良な男子大学生だぞ。
悪用なんて恐ろしいことできるわけがない。そんな勇気いらんし。







一通り能力の確認が終わったところで、宰相さんが思いついたように言った。

「あなた、名前は?」

名乗ってなかったけ?

「東堂伊月です」
「・・・もう一度お願いします」
「東堂伊月です。言いにくいと思うんで、伊月でいいですよ」
「なるほど、伊月と呼びましょう」
「ところでそちらさんは?」
「ソフィテル・フォスターと申します。なんと呼んでもいいですが、フォスターに様をつけると周りから色々言われずにすみますよ」

フォスター様はにっこり笑ってそう言った。
冗談のように言うので、俺は思わず吹き出してしまった。
この人こんなこと言うんだ。
一気に親しみ湧くわ。






なんとなく和んだところで、ずっと気になっていたことをフォスター様に聞いてみた。

「ノーチェって知ってますか?あとミリ國ハーバイスタ領ってわかりますか?」

以前地名を聞いておいて本当によかった。あわよくば彼のお兄さんの名前を聞ければよかったが、失念していた。
フォスター様は、眉根に皺を寄せ、首をかしげた。

「なぜ伊月がこの国の名前を知っているのですか?」
「なぜって、教えてもらったからですよ。ノーチェに」
「・・つまり、あなたは一度この世界に召喚されているのですか?」

さっきからそう言ってるじゃないか。とうなずくと、彼は心底驚いたような顔をした後、怒ったように眉を釣り上げ、低い声でいった。

「誰に殺されたんですか、どこでいつ」

へ?

「いや、事故ですけど。ノーチェがいた「名も無い森」からノーチェの実家にもどる途中で、馬車が崖の下に落ちて」

フォスター様は、腑に落ちない顔をしながらも、少しの安堵を見せた。

「先ほど崖から落ちたと言ったのは、この世界でのことだったのですね。・・・思うところはありますがひとまず納得しておきましょう。伊月を拾ってくれたノーチェとやらに感謝を。そして、伊月。異世界で死ぬなんて怖いを思いをさせましたね。申し訳ありません」

「いやいや!フォスター様と出会う前のことですし!」
「ですが、私のそばにいる限り、痛い目には合わせませんので、安心してください」

安心させるように柔和に微笑むフォスター様。
不覚にも涙が出そうになる。
死ぬのは痛かったし、怖かった。半分夢心地だから、あんまり実感してなかったけど。

今まで出会ったことのない頼りになる大人の姿に、心がじんと温まった。

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