息苦しい世界

ねぎ塩

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檻の中の少年

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「さあ、選びなさい、彰」

父が。いいながら、目の前にある檻を示した。
冷たく薄暗い室内に、ずらりとならんだその檻。
中には人間がいた。
みな、例外なく足を鎖で繋がれている。

「はい、父上」

俺は頷いて檻に近づいた。

檻の中は存外綺麗だ。壁は煉瓦のような赤褐色、一つの檻にベットが一つと、ちゃぶ台のような机が一つ——その上に本があったりもする——置かれており、奴隷としてはかなり好待遇な状況と言えた。

ぼさぼさとした黒髪の少年
腰までありそうなを茶髪無造作に垂れ流したの少女
腰のまがった白髪の老婆
乱雑に切られた赤髪をかきむしる幼女
見目の整った緑髪の青年
また、黒髪の少年
黒髪を肩で切りそろえられた男性

など、檻に入れられている奴隷達の容姿、年代は様々だ。
共通な事項として上げられるのは、皆が俯き、生気のかけらも感じられないこと。
奴隷だから、希望も何もなく生きているせいで気力がないというのは分からんでもない、が、買う側の俺からしてみれば、こういう姿の人間を買うのは少々どころかかなり嫌だった。

こんなにもやせ細って見えるのはやはり食料を抑えられているからなのか。

まったく、といろいろなことに辟易しながら、俺は奥へと進む。
この奴隷店の管理人によると、奥へ進めば進むほど、値段は安くなるという。奥にいるのはあまり状態の良くない奴隷なんだとか。

確かに状態は悪かった。老いたもの、もしくは怪我をしているものが多く、奴隷にしてもあまり価値を認められなさそうなものばかり。
俺は眉をひそめた。

と。その中で。

ぴたり。一人の奴隷と目が合った。
奥にいる奴隷としては珍しく、若い黒髪の青年。…いや、少年。
ボロボロの衣服に弱々しい手足。体中傷だらけで、泥と砂のせいか全身煤けて見えた。俺を見つめる瞳に光はなく、ただ空虚な闇が広がっている。

ふむ。
と、少し考えて、俺は父を振り返った。

「父上、これにします」

「これ、か?こんなものでいいのか?見るからにひ弱そうだ。あちらにもっと使えそうなのがいただろう」

案の定、父は眉をひそめる。
しかし譲るつもりはなかった。

「いえ、父上。これがよいのです。これでなくてはいけないのです」

「しかし…」

「では、この奴隷は俺の自費で買うことにします。そして父上が買い与えてくれる分は父上が選んでください」

「なっ!」

父は絶句した。そしてだめだだめだと首を振る。

「ならば、これを買ってください。父上。」

重ねて言えば、父は俺に強そうな奴隷を送ることをあきらめたのか、深くため息を吐くと、ここの管理人に合図して、この奴隷を買う意向を伝えた。
俺は安堵の息を吐く。

よかった。ほんとうに。
そう思いながら、俺は買うことにした少年の前にしゃがみ込む。
こちらを見てはいるものの、目が合っている気はしない。

「はじめまして。俺は彰。鉤素(はりす)彰」

鉄格子の間から、右手を差し入れる。
店の管理人と、父の慌てた声が後ろから聞こえるが、それは無視した。

右手を差し出したまま、じっとその黒髪の青年を見つめていると、何故か急に目が合った、気がした。
なんとなくうれしさがこみ上げて、にこりと微笑む。
彼はそれに少し目を見開いたかと思うと、すっと俺の右手に視線を向けた。
そして、
そっとその震える手で、俺の手を握り返したのだ。

「うん。ありがとう」

俺はまた笑った。
揺れる彼の瞳が楽しくて仕方がなかった。
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