上 下
10 / 84
第一章

第10話 政略結婚

しおりを挟む
実家を出発してから丸1日。自然豊かで美しい山々に囲まれた辺境地にエドワード家の屋敷はあった。

「分かっていた事ではあるけど、やっぱり凄い……」

 エドワード家の屋敷は当然だけど凄かった。下級貴族の実家とは比べ物にならない。いや、比べる事すら憚られるか……

「ようこそ、お待ちしておりましたハンナ様」

「お出迎え有難うございますルイスさん」

「先日スカーレット家を訪問させて頂いた際の私に対する手厚いおもてなし、誠に有難う御座いました」
 
 この正装を身に纏った白髪の老人はエドワード家に仕える執事、ルイス・グリフォンさん。
 私とルイスさんが顔を合わせるのは今日が二回目。この政略結婚にあたっての様々な取り決め事を話し合う為、使者としてルイスさんが私の実家へ来たのはつい先日の事。……そう、この結婚は政略結婚だ。

「その節はわざわざ足を運んで頂きましてありがとうございました」

「いえいえ。とんでもございません。お坊ちゃまの結婚相手であるハンナ様がどのような御方であるか知り得る良い機会でした」

 ――ん? それってエドワード家の嫁として私が相応しいかを実家ごと見定めてたって事よね?そう思うと血の気が引く思いがする。

「……は、はは。 そ、そんな事より、この度は私のを通して頂き本当にありがとうございました」

「えぇ。その件につきましては当家と致しましても、婚約などまどろっこしいものは抜きにしようと、も大変乗り気でおいででしたよ」

 ん? ルイス様の言うって公爵様の事よね? 私としてはヴィルドレット様本人がどう思っているのかが気になるところだけど……



 主に貴族や王族の間で交わされる『政略結婚』――

 本来ならまず、婚約してからある程度の年月を掛け、愛を育んだ後に結婚するのが通例だ。

 しかし、私達の『政略結婚』は世間でいうところの婚約をすっ飛ばし、初めて顔を合わせる今日の明日には結婚式を挙げる予定なのだ。
 
 いやぁ、まさかこんな要望が受け入れてなんてね。何でも言ってみるものよね。

 そう。この異例の『政略結婚』の形はエドワード公爵家へお願いをした事。

 ――ん? 何故そんなお願いをしたかって?

 そんなの、決まってるじゃない!この政略結婚チャンスを確実なものにする為!
 婚約なんかして、もし婚約破棄なんかされては目も当てられない。 
 婚約破棄なんてよくある話。最近では特によく耳にする。つい先日も――

 第一王子がレオール侯爵令嬢に婚約破棄を申し出たとか。でも、実はその裏でバカ王子――じゃなかった……第一王子の新しい婚約者の聖女(平民出身)が色々と画策してたとか、してなかったとか……

 あと、それからこんなのもあったらしい――

 一週間くらい前の事。王族主催のパーティの場で第三王子が婚約者のローズ伯爵令嬢に向かって声高らかに婚約破棄を宣言したとか。……声高らかに宣言って……(笑)

 ともあれ、こんな事が起こるくらいなら最初から婚約なんかせずにさっさと結婚してしまえばいいのよ!

 だから私は会話を交わした事すらないヴィルドレット様と明日結婚式を挙げる。

 正直、少しだけ不安……私の事を受け入れてくれるだろうか……と。

 でも魔女だった頃、あれだけ夢に焦がれた『結婚』。しかも、お相手はあのヴィルドレット様。そんな私にとってこの『結婚』に躊躇うものなど何もない。

 すぐには無理でも、ゆっくり時間を掛けて愛し、愛される夫婦になっていければいい……今世こそ私は幸せになりたい。
しおりを挟む

処理中です...