上 下
34 / 84
第一章

第34話 卑怯でも……

しおりを挟む
 ――これは俺とハンナが結婚の決意を固めた直後の話。



「本当に良いのか? 俺で」

「えぇ。私達は明日予定通り結婚します。そして、私はヴィルドレット様を心からお慕い致します。ヴィルドレット様の心の中にどれだけ私が棲みつく事が出来るかは分かりませんが、そうなれるように努力します」

「そうか……」

 相槌を簡単に済ませ、思いを巡らせる。

 これから先どんな事があろうと俺の中の魔女が消える事は無いだろう。
 そういった確信めいたものを持っている以上、俺はハンナの心意気に応えれるような威勢のいい言葉は返せない。しかし、ハンナの俺に対する献身的な言葉が嬉しいのもまた事実。

 魔女しか居なかったはずの俺の心には、今やハンナの存在も居て、しかし、その二つの存在は共存の道を選ばず、かといってぶつかり合うでもなく、互いに共鳴し合い、絡み合い、まるで元々一つの存在だったかのように重なり合っていく。 

 ……つまり、何が言いたいかというと……とにかく、不思議で意味が分からない現象が俺の心中で起きているという事。

 一体俺はどうしたいのか、自分でもよく分からない。

「それはそうと、ヴィルドレット様?」

 名を呼ばれ、視線をハンナへと向けると、

「?」

 疑問顔の俺に膨れ顔のハンナがその先を続けた。

「女の子に向かって、部屋へ行っても良いか?だなんて、軽はずみな事言っちゃだめですよ?おかげで、私はハラハラさせられたんですからね!?」

 ハンナの言う通り、俺のあの一言は周囲に大変な誤解を生じさせ、特にハンナは俺に対して怒るのは当然だろう。

「……すまなかった」

 姿勢を正し、頭を下げ、誠心誠意の謝罪をしたまでは良かったが、その後を何と言って良いか分からず、詰まらせながらも俺の口から出てきたのは、

「……こんな事を聞くのもなんだが、俺は一体どうすればいい?」 

 あろう事かこの後の展開をハンナへ委ねる、この上無く無責任で卑怯な言葉だった。

 ただ、弁解させて欲しいのは、どうする事が一番ハンナの女としての尊厳を傷付けずに済むかを塾考した結果、分からない事は聞くしかない、という結論に至ったわけで……。

 未だ魔女への想いを心に持つ俺はハンナと男女の関係になるわけにはいかない。
 それは俺が、というよりかはハンナの立場で考えた意味合いが強い。俺の心の全てを知ったとしたらハンナとて、俺のような男はお断りだろうと思う。
 
 今は亡き、400年前の『破滅の魔女』に恋焦がれる男――と、聞けば大抵の女は苦い笑みを浮かべながら顔を歪めるはずだ。まるで変態を見るような目で。
 
 とはいえ、一度覚悟を決めたであろうハンナの女心を蔑ろにするわけにもいかない……。それこそハンナにとってこの上ない恥辱的な事。彼女にそんな思いをさせたくない。
 いずれにしろ、いくらかっこ悪くても、卑怯でも、俺はハンナの望む形を知った上で、それに沿おうと思ったのだ。
 
 しかし俺の愚かなる一言に対して、やはりハンナは呆れたような表情で溜息を吐いた。
しおりを挟む

処理中です...