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第二章

第51話 一抹の不安

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 エドワード公爵家へやって来て今日で3日目。
 初日に顔合わせ、その次の日には結婚式と目が回るほどに慌ただしかった為、息つく暇もなかった。

 そこで今日一日を休養日として過ごす事になった私は朝食後、ヴィルドレット様と別れ、自分の部屋へと戻って来た。

 開けられた窓から心地よい陽光とそよ風が室内へ立ち込め、白いレースカーテンが靡いている。

「すごく気持ちの良い朝」

 今の気持ちをそのまま口にし、私は柔らかく沈み込む天蓋付きの寝台の端に腰を据え、辺りを見渡した。

 正式にヴィルドレット様の妻となった私に充てられた部屋は無駄な物が無く、広くすっきりとした印象だ。
 箪笥、化粧机、姿鏡、と必要最低限の物だけが綺麗に配置され、掃除も隅々まで行き届いているようだ。

「私、これからここで暮らすんだ……まだ、なんだか実感が湧かないなぁ」

 今、部屋に居るのは私一人。独り言は魔女の頃からの癖だ。

 そして、ここへ来てから初めての一人の時間に私は「ふぅ」と一息つく。
 すると、肩の力だけ抜くつもりだったはずが、体全体からどっと一気に力が抜け、私は寝台に座ったそのままの状態から後方へと大の字に倒れた。 想像以上に疲れてるなぁ、私。

 キレイにベッドメイキングされた掛け布団によって私の体はふわりと包まれ、そして、そのまま天蓋の天井を見つめながらこの約2日間での出来事、ヴィルドレット様とのやり取りを思い返す。

 初めて顔を合わせた時の私へ対する冷たい眼差しと無愛想な態度に心を痛めた事。しかしその一方で、その麗しい容姿に目を奪われどきりと胸を高ならせた事。
 いつからか、ヴィルドレット様が私へ向ける視線に熱を帯び始めた事。それに気付いた時の胸の高鳴りは尋常じゃなく、自分で自分を落ち着かせる事にとても苦労した事。私の悪戯心が発動した時に見せてくれるヴィルドレット様の困った顔、それがとても愛おしいと感じた事。

 私はヴィルドレット様を心から愛している。
 しかし、ヴィルドレット様に対する想いが募れば募る程、私の心は辛くなる。

 絶対に手放したくない。

 ヴィルドレット様の心が欲しい。私だけを見て欲しい。「愛してる」と言って欲しい。

 私が抱く一抹の不安。

 もしかしたら、ヴィルドレット様の中で何かが根深く息づいているのかもしれない。それが人を愛せない事への元凶で、これまで結婚を拒み続けてきた原因……なのかもしれない。

 私はその不安を払拭するように首を振る。

 ――いや、違う。大丈夫だ。 だって、ヴィルドレットは言ってくれた。
 
 『君の事をもっと知りたいと思うし、君の事を本気で愛したいと思っている。 だから、もう少しだけ待ってくれ――』

 昨夜、初夜に言ってくれたヴィルドレット様の言葉を思い出して、また改めて嬉しくなる。
 しかし、すぐにまた不安が押し寄せる。

 ……私はヴィルドレット様の中に居る誰かに打ち勝つ事ができるのかな?

「――感傷にばかり浸っていてもしょうがないよね」

 何も、辛い事だけでは無い。今の私はどちらかといえばむしろ幸せだ。
 そう思って昨日の結婚式の時の事を思い巡らせようとした時、

 ――コンコン
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