うそつきΩのとりかえ話譚

沖弉 えぬ

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一章

3再会?

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 邑長の書いた紹介状を握りしめ、一路南へ。国のほとんど中央に位置するのはセイシン一の大都会、小邑『虎』である。
 獬は茅葺がほとんどだが虎は素焼きの黒っぽい燻し瓦を葺いてある家が多い。金持ちが多い証拠だ。雪に潰される心配がないおかげで屋根の角度も浅く、同じ国だというのに町並みは全然違って見えた。屋根が平らで真四角の建物を見付けた時にはつい「何だありゃ」と興奮してしまった。
 興味に釣られるままキョロキョロと町並みを見渡していると「おのぼりさんだ」という言葉と共にくすくす笑う声が聞こえてきた。どうやらトキの事を笑っているらしい。一気に恥ずかしくなってそそくさと逃げるように通りを進んだ。
 候補戦まであと一日。本当にぎりぎりだった。
 邑の女手を集めてトキに合う晴れ着を仕立ててもらい、伸びていた髪を切ってもらった。風が吹くと刈り上げた後頭部がちょっと寒い。前髪は目に少しかかるくらいがいいと言われてその通りにした。
 火の大邑まで徒歩で五日。その距離を一人で歩く旅路は退屈の一言に尽きる。景色を見て楽しむ時間もろくに取れなかったので五日は慌ただしく過ぎていった。
 虎に入ったらすぐに宿を探して歩き、それらしき建物を見付けて邑長からの紹介状を見せると無償で部屋が用意された。そこは候補戦のために遥々やってきた遠方のオメガのために開放されている宿だった。
 トキはすん、と鼻を鳴らす。宿中がオメガの匂いで満ちている。
 トキはアルファだ。オメガの発情期に中てられては困るので、そういう時にもあの秘薬を予防薬として使っておくと良いと言われていた。
 一粒全部飲んでしまうと効果が強すぎるので、丸薬を砕いて半分にし、水で流し込む。しばらくすると、不思議な事にオメガの匂いが気にならなくなった。より正確に表現するなら、オメガの匂いを感じ取っているが、その匂いに対してアルファの本能が感心を示さなくなった、という感じだろうか。
 ベータの奴って、こんな感覚なのかな。
 これはもしかするととんでもない発見というやつなのではないだろうか。オメガの匂いや発情期のせいで興奮したアルファがオメガを襲ってしまう事があるが、そういう事故は丸薬の効果があれば減るはずだ。獬の邑でこの丸薬の材料になるものをたくさん育ててどこかの診療所にでも卸せば良い商売になりそうなのになぁと惜しい気分になる。
 邑長は口を酸っぱくしてこの薬の事を他言してはならないとトキに言い含めていた。その表情は冗談や適当を言っている雰囲気ではなかった。やはりこの丸薬には後ろめたい何かがあるのだ。飲みすぎると強い興奮作用があると言っていたのでそれが薬を広めてはいけない主な原因なのかも知れない。
 そんな事を考えていると急に丸薬を飲んでしまった事が不安になり始める。何だか体も熱いような気がしてきて、部屋の窓を開け放った。
「うわ、景色すご……!」
 三階建ての酒楼の三階の部屋に通されたおかげで、トキの部屋から虎の邑が一望出来た。生憎、北側に鐘楼があるせいで肝心の王宮は遮られて見えないが、それでも十分に見晴らしが良い。冬が近い冷たい風が焦った気持ちを落ち着けてくれる。
 しばらくのんびりと観光気分で近くの通りを眺めていたトキだったが、はたと自分が大事な事を忘れていた事に気が付いた。他より少し広めの何やらいかめしい雰囲気の建物に、さきほどから人の出入りが多いなと思っていてその建物の正体を察したのである。
 素早く支度を整えて市井を急ぎ足で進む。
 虎の邑は建物同士がお隣さんの生活音まで聞こえてきそうなくらい密集し、建物で道を作っているような街並みだ。この全部に人が住んでいるのかと思うとさすが都会としか言い様がない。宿の三階から通りを見下ろしていなければ、恐らくトキはそこに辿り着けなかっただろう。
『番候補戦受付処』という立て札が出してある場所に無事辿り着いて額に浮いた汗を拭う。ここは虎の邑の役所だ。早速中に入ろうとしたが、入り口は中から施錠してあるらしく押しても引いても開かない。
「あのーごめんください。俺、候補戦に参加したいんですがー」
 やたら凝った彫りが施されている扉を叩いてみるが返事は無い。まさか既に受け付けを締め切ってしまったのだろうか。候補戦は明日からのはずだが日付けを間違えて記憶してしまっていたのだろうか。
 少し強めにドンドンと叩いてみたが一向に誰かが出てくる様子はなく、どうやら中は無人であるらしかった。先程まであんなに人の出入りがあったのにものの十分で無人になってしまった。
「困ったな……」
 邑長から役所に行けとしか言われなかったせいで、他にどこを頼れば候補戦に参加する事が出来るのか分からない。ぴっちりと閉じた扉の前で途方に暮れていると「あの」と控えめな声がして、続けて「もし」と言われ、やっと自分に声が掛けられている事に気が付く。
「あ、俺、ですか?」
 声のした方を振り返り、トキは言葉を失った。ぱくぱくと口を開閉させ、声を掛けてきた男を指さす。
「あ、あんた……!」
 男と距離を詰め、その薄紅色の瞳を凝視する。間違いない、ナラ林で見かけた好みの顔の男だ。
「なぁあんた、俺の事覚えてないか!? ほら、北の獬のナラ林で目が合ったろ!?」
 細い腕を掴んで前後に揺さぶると「痛っ」と男が小さく悲鳴を上げて我に返る。
「わ、悪い……っ」
「い、いえ、僕の方こそすみません。僕はあなたの事に覚えがないようなんです」
「そ……っか……」
 トキががっくりと肩を落とすと男は申し訳ないような顔になる。どうやら良い人のようだ。トキに声を掛けたのも、トキが困り果てていると分かったからだろう。だったらその親切心に少しあやかっておこう。
「なぁ、ちょっと訊ねたいんだが、ここって今日はもう開かないのかどうかって分かるか?」
 ここ、と言いながら役所の方を指で示す。
「もう日暮れですからね、お役所も店仕舞いなのでしょう」
「そうか、もう夕方……」
 空の低いところに綿を裂いて薄く伸ばしたような雲がかかっている。西に沈み始めた夕日がその雲を下から照らし、淡い影を空に落としていた。
「何かお困りなんですよね? 焦っていたようですし、強盗とか、悪漢とかでしょうか?」
「いや、俺が用があるのはこいつだよ」
 極太の筆で書かれた『番候補戦受付処』の看板の頭を叩くと、男は「えっ」と意外そうな声を出す。
「あなたが参加なさるんですか……?」
「おう。俺が参加するけど、何か……」
 おかしい所でもあるのか、と言い掛けて、おかしい所しかないなと思い直す。
 見たところ目の前にいる男はベータのようだ。そんな彼よりも頭一つ分高いところにトキの目線があって、体の幅や厚みも比較するまでもなくトキの方が圧倒している。
 ベータを平均的な体格だとすると、オメガは小柄でアルファは大柄となる。トキは誰の目にもアルファかいいとこベータにしか見えなかった。
 こういう時はいっそ堂々としている方が疑われにくいというものだ。トキがオメガにしては逞し過ぎる胸を張って「これでもオメガですけど何か?」という態度を取ると、トキを見ていた男はふっと吹き出して口元に手を当てる。
「頼もしい候補者さんですね」
 目を細めて可笑しそうに笑う男を見て改めて思う。好みの顔だと。しかし前回見た時の印象と目の前の男から受ける印象は違っていた。ナラ林で見た時はもっととっつきにくそうに見えたというか、高嶺の花のような人を寄せ付けない雰囲気があった。そうでなければ野生の動物か。少なくとも困っているトキに声を掛けてくれるような人にはあまり見えなかった。そう考えてみると単に髪と目の色が同じというだけで別人のような気もしてくる。通りには目の前の彼と似たような髪と目をした人間ばかりだ。
「候補戦の受け付けは恐らく昨日には締め切っているはずですよ。この立て札は仕舞い忘れのようですね」
 考え事をしていたトキの思考が現実に引き戻される。
 受け付けが、終わっている?
「でも、あなたはどうしてもこの候補戦に参加したい、そうですね?」
「あ、ああ! そうなんだ! 俺はここに王子の番になるために獬から五日もかけてやってきたんだ! それが戦いに参加すら出来ずに追い返されたんじゃ故郷の土を踏めねぇよ!」
 男はなるほどと言って頷くと、笑いを引っ込めた。
「僕に任せて下さい。宮中に伝手がありますのであなたの事を話してみましょう」
「そんな事が出来るのか!?」
 ぐいっと詰め寄ると、男が再び笑顔になる。笑うと可愛い人だがやはりナラ林の時の男とは別人なのだろう。名前を聞かれ、トキ・ヒキツと名と姓を答える。
「明日の朝、王宮の乕門とらもんに来て下さい。他の参加者の方々が集まっていると思いますから、それを目印に」
「分かった」
「では、僕はこれで」
 最後にに、と目を細めて赤毛の男は去っていく。紅梅色の髪が風に棚引くその後ろ姿は、記憶の中の男と瓜二つ。しかし――。
「なぁ! ありがとな!」
 トキが叫ぶと男は半身を捻り片手を上げて応えた。その横顔の印象はやはり、ブレる。トキの疑問は解消されないまま、男の姿は王宮のある方角へと消えていった。
 一体何者だったのだろう。歳はトキとそう変わらないように見えたが官僚というやつだったのだろうか。王宮で働いているのだとしたらあんな風に気安く声をかけて良い相手ではないが、男にトキの態度を気にしているような素振りはなかった。やはり良い人だ。もし彼のおかげで参加が叶ったら候補戦の結果がどうなろうとあの人にお礼をしなくてはと思う。
「名前聞くの忘れたな」
 颯爽と消えてしまった背中に思いを馳せる。
「あのー、すいませんがちょっといいですかね。看板、片付けたいんで」
「あ、悪い」
 どういう訳か無人だと思っていた役所からそこの人間らしき中年の男が出て来た。居留守を使っていたらしい。話がまとまって自分が面倒を被らないと分かったところで仕事をしに出て来たのだろう。男はトキの頭からつま先までを視線で往復して「駄目だこりゃ」みたいな顔をする。
 トキでは番になれないと言いたいのか。だがここまで来たからにはトキに他の道はない。
 紅梅色の男の親切に報いるためにも、誰に笑われようと腹を括るしかないのである。
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