上 下
75 / 170

75 湧者兄妹

しおりを挟む
 クオークへ帰り、広場にテントを張り終えたケーンは気づいた。

ムサシが絡まれてる? 

なんと向こう見ずな。相手は畏れ多くも勇者様ですよ!
ヒカリちゃんが選んだ、超ベテランの。
キキョウの方が、明らかに活躍してたけど、常人とはかけ離れた剣豪なんだから。
ケーンは絡んでいる二人のために歩み寄った。


「ムサシ殿、是非ともわれら兄妹をパーティに!」

「だからダメだと言ってるだろ! 
百年早い!」

「ムサシ様、お願い!」

「うん、かわいそうだけど、ダメだからね」

 なるほど、そういうことか。
ケーンは納得。あの二人、命知らずの大バカではなかった。

だが、あの兄妹らしき二人から、神気臭さがかすかに感じられる。

「ムサシ、どうした?」
 ケーンは、好奇心に負けてムサシに声をかけた。

「ああ、昨日補給部隊から連絡があって、救援に出かけたんだが……」
 ムサシは困惑顔で事情を語る。


 昨日の昼のこと。

クオークには、テリーヌ帝国軍の他、各国の応援部隊、ギルドからの応援部隊が続々と集結していた。
クオークの人口は急激に膨らみ、備蓄を食いつぶしたら、当然物資は不足してしまう。

普通の転移魔法には量的に限界がある。「普通」というのは、聖神女の転移魔法が例外という意味で。

ご存じの事情で、現在聖神女は空位となっている。

聖神女があがめられる、大きな理由は規格外の転移魔法にある。

物資なら時空魔法付与の容器使用で無限大、人間なら百人程度、一度に魔王領以外の任意の場所に転移できる。

一度行った場所以外に転移できるのは、あまねくこの世界を見通す光の女神と、聖神女だけが使える能力だ。

その戦略的価値は、とてつもなく大きい。

聖神女不在の今は、皇都や各地から物資が陸路で頻繁に運ばれてくる。

護衛にはそれなりの力を持った者が付いているが、あくまでそれなりだ。第一線で戦う兵に比べたら数段見劣りする。

糧道を分断するのは戦いの王道。補給ラインの要所要所には、主戦級の部隊が駐屯し、魔王軍の襲撃に備えるという対策は取られている。

昨日の襲撃は、クオークに近い地点だったわけだ。


「魔王軍め、飛竜を飼いならせたか! これは厄介だ」
 知らせを受け、馬を走らせたムサシは上空を見上げ、剣を抜く。

「これじゃ俺、戦いようがないぜ」
 ライアンは悔しそうに眉をひそめる。

「魔王軍の秘密兵器。そういうことだろうな。
だけど数はしれてる」
 リンダはサンダースピアの詠唱を始める。

メアリーは素早く詠唱を終え、サンダースピアを放った。

ムサシも剣に雷属性の魔力をまとわせ、剣先から電撃を放つ。

風属性を持つ飛竜に、遠距離から攻撃するには、雷属性の魔法が最適だ。

メアリーの魔法は、一撃で飛竜に大ダメージを与え、その飛竜はあきらかに動きがおかしくなった。

ムサシとリンダの魔法も、無視できないダメージを与えたようだ。

奇襲攻撃を受けた三匹の飛竜は、低空飛行に移り、五名ずつの魔王兵をおろした。

その三匹を守るように他の飛竜が取り囲み、戦闘地域から離れていく。

ムサシたちは魔法で追撃しようとしたが、魔防バリアにはじかれた。

「どういうことだ?」
 脳筋のライアンには、あっさり退却した意図が見えなかった。魔王兵の最大の強さは、死を恐れないことにある。

「魔王兵は強い! 
戦闘は俺たちに任せて身と荷を守れ!」
 ムサシはそう叫んで、馬を駆った。リンダも後に続く。

「兵より虎の子の飛竜が大切だということです。
これだから魔王兵は怖い。
ライアン、ぐずぐずしないで魔王兵を蹴散らしなさい!」
 メアリーは発破をかけた。敵味方が入り混じった乱戦で、うかつに魔法は使えない。

「おう!」
 ライアンは長剣と戦斧を構え、突撃して行った。


十分後、ムサシは最後の魔王兵にとどめを刺した。積み荷にかなりの被害が出ているようだが、最小限でとどまったと考えるべきだろう。

メアリーは負傷した警護の兵の間を駆け回り、治癒魔法を施している。だが、その数はしれているようだ。


「勇者ムサシ殿! 我々兄妹を仲間に加えて下さい!」

「お願いします!」
 ムサシは馬車を操る民間人に混じった、兄妹になつかれてしまった。

 
「なるほどね……」
話を聞き、ケーンは納得した。

「君たちね、勇者のパーティが、どうして人数絞ってるかわかる?
勇者パーティは、いわば槍の先なんだ。
レベルがそろっていなければ、足し算にならないんだよ。
君たちは見るからに引き算。
魔王軍との戦いでは、下手したら割り算になっちゃう」
 ケーンは偉そうに腕を組んで言う。

兄妹は思う。あんたには言われたくない! 兄妹にはケーンの勇者オーラが見えない。

「おまえこそ、どうしてここにいる? 割り算にしか見えないぞ!」
 兄の方がケーンに詰め寄る。その兄、なかなかの体格だった。顔もケーンよりはるかにいい。

「バカ。殺されるぞ」
 筋肉バカライアンが苦笑して制止する。バカにバカと言われたらそこで終わっている。

「ムサシ様、兄があいつに勝ったら、パーティに入れてもらえますか?」
 妹はムサシに迫る。

「うん、そうね。やってみたら?」
 ムサシの四角い顔は思わず崩れる。だって、この子可愛いんだもん!

「兄者! その軟弱そうな坊や、やっつけちゃってください!」 
 妹は両手を握りしめ、ガッツポーズを兄に向ける。

兄者はDランクの冒険者。あんなヤローに負けるわけがない。

「勝負だ!」
 妹の檄を受け、兄はすらっと長剣を抜く。

ヒュン、と光がよぎった。

「私でも、ケーンさんにとって、まだ引き算なの」
 パチン。総子は刀を納める。兄の長剣は、付け根で切り落とされていた。

「ケーン、あの兄妹、下級神の加護を受けています。
あの感じ、たしか、ノーキョーだったかしら?」
 テレサのヒカリちゃんが、ケーンの耳元でささやく。

なるほど、あの神気くささはそれか。ケーンは納得。

ちなみに、この世界には、光の女神を頂点とする多くの神々が存在する。日本の八百万の神とまではいかないが。

大地の神、水の神、火の神、風の神、月の神。五大上級神が光の女神に続く。

固有名詞を有する神は、実体化できるがいずれも下級神だ。

「よくいる勘違いユーシャってわけだ? 
ノーキョー? 
なかなか罪なことをする」
 ケーンは憐みの目で、呆然とたたずむ兄を見る。

ちなみに、ケーンの言う「ユーシャ」には「湧者」という字があてられる。勇者にあこがれ、湧いて出てきて身を滅ぼす有象無象パターン。

これはとことん痛い目にあわせた方がいい。

「カモン! 捨てゴロといこうぜ!」
 ケーンは人差し指をクイッ、クイッとやった。年金世代以上には、懐かしいカンフー映画のポーズだ。

「アチョウー、アチャチャチャチャ……」
数秒後、兄のハンサム顔が、見るも無残に変形したことは言うまでもない。

「ドーン、シンク。フィール」
 ケーンは一度言ってみたかったセリフを言った。年金世代以上には、懐かしいカンフー映画のセリフだ。

テレサのヒカリちゃんは、苦笑して兄に治癒魔法を施してやった。

ノーキョーに言っておかなければ。むやみに若者を、たきつけるんじゃありません。

光の女神の記憶によれば、ノーキョーは酒が入ると、信徒にやたら調子のいいことを言う悪癖があった。

あの兄妹は、きっとノーキョーの加護を受け、その気になってしまったのだ。

それなりの力はありそうだが、魔王軍と戦えるレベルには程遠い。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

死んでもバカは治らない?治さんわ!!追放転生

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:3

変人奇人喜んで!!貴族転生〜面倒な貴族にはなりたくない!〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:78pt お気に入り:2,525

打たれ強くて逞しい、こんな女に誰がしたっ!!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:12

【完結】誕生日の奇跡

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:46

処刑された王女は隣国に転生して聖女となる

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:3,724

神様のミスで女に転生したようです

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:1,409

声劇台本置き場

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

処理中です...