16 / 18
平癒
第十六話
しおりを挟む
帰宅ラッシュの電車に揺られて小さな駅に僕は降りた。僕以外には数人だけ、各駅しか停まらない小さな駅。僕はばあちゃんと暮らした家へと向かっている。
改札を出ると、涼しい風が僕の頬を撫でるように通り過ぎていった。前回この駅に降りたのは恩師の通夜で、梅雨だった。一日中降る雨が鬱陶しかったのに、ここはもう夏が終わろうとしていた。
あたりをゆっくりと見渡した。一気に懐かしい気持ちになる。十八歳までこの街で過ごした玲は高校の三年間将馬と共にこの駅から通学していた。
最初に目に入ったのは駅前の書店だった。店員が表の棚に透明ビニールを被せ閉店作業をしている。毎週月曜に平積みされる週刊マンガを、将馬と半分出し合って買っていたことを思い出す。次に本屋の数軒先に目をやるとチェーン店のカフェがあった。そこはかつてはジャズ喫茶で、何故かコロッケが美味しかった。お客に強請られてテイクアウトを始めるとついに店先で売るようになり、高校生の僕らにとっておやつとして最適なものになっていった。将馬はいつも三つ買ってそのひとつを僕にくれた。
そしてその喫茶店の裏路地には駄菓子屋があって、日曜日には将馬の自転車の後ろに乗ってやって来ては、知った顔の小学生に混じってカップ麺をこれみよがしに食べたりしたっけ。
「将馬は、……んと、大人げなかった……」
男子高校生の日常が確かにここにあった。
しばらく進むと閉店してだいぶ経つのかよく通っていたレンタルビデオ屋の看板は、色褪せていた。
人もモノも全ては生まれた瞬間から移り変わる。駅前の本屋も当時の店主だったオヤジさんは居ない。ジャズ喫茶もチェーン店のカフェに代わってる。駄菓子屋もビルに建て替えられている。猫背で店番していたおばあちゃんももう居ない。
変わらないものなんて、この世にはない。いつまでも未来永劫ずっとそこにある訳じゃない。これは世界の摂理だ。自分だって六年留まっただけで、今はいない。ノスタルジックに思い出に浸るには家までの距離はちょうど良かった。
だんだんと住宅街へと進むと公民館の明かりが見えてくる。恩師の通夜に訪れたのは三カ月前だが、有馬との再会が何故かとても昔に感じた。
有馬との思い出は将馬と比べれば極端に少ない。歳も離れていたし、高校生と小学生という学年の差は交流するほうが難しいかもしれない。
将馬が弟離れしたい年頃で、鬱陶しがってもいた。有馬は特に物静かな少年だったし、僕もそんな有馬を無理には連れ出そうとは思わなかった。僕から見れば少し奇妙な兄弟だとさえ思っていた。兄弟はみんな仲良くしているという、思い込みがあってのことだったが、それにしてもあの兄弟の仲の良いところは、ほとんど記憶にない。
だからこそ、将馬が居なくなってから有馬が僕も積極的に気にかけてやることが出来なかった。
今思えば、有馬の性格上、苦しいことや辛いことは決して人に漏らさなかっただろう。唯一近いはずだった兄とも距離があったのだから。
気分転換できる友達は居たんだろうと希望的観測をしてみても、それはすぐに打ち消されてしまう。あの寂しそうな有馬の目を思い出すと。
家に着くと外階段を上がる。
ばあちゃんの生きた証である二階建ての家。『じいさんの大切な場所』だと若くして死んでいったじいちゃんの店をひとりで子育てもしながら働いて守ってきた。今は主を失って、静まり返っている。
食堂は一階で、外階段で二階に上がるようになっている。錆びた鉄の階段を上がるとドアノブに鍵を挿した。電気は止まっている。スマホのライトを頼りにあるものを探す。ここに残してきたのはわかっていた。
足下を照らしながらリビングの奥へ進む。かつての自分の部屋にたどり着くと次にスマホを前に掲げ部屋の中を照らした。本棚にあるはずだ。
「たしか手帳に……あった、これだ」
本棚から一冊の手帳を取り出すと、床に膝をついて手帳を床に置いた。ライトを当てながら表紙をめくり、あれがあるページを片手でめくりながら探っていく。
「確かばあちゃんの納骨は……あ、……った……」
ばあちゃんの納骨があった月。そのページに、可愛らしい閻魔様がいた。
「これは……。はは、……そうか……そうだったんだな、有馬」
僕は、八年経って今ようやく分かった。そうしたら、すぐに有馬の顔が浮かんだ。手帳を照らしていたスマホを急いで操作し、耳に当てる。
『……はい』
遠慮がちな返事が向こうから聞こえたが、僕はもう黙っていられなかった。
「有馬? 今どこにいる?」
『え……っ』
改札を出ると、涼しい風が僕の頬を撫でるように通り過ぎていった。前回この駅に降りたのは恩師の通夜で、梅雨だった。一日中降る雨が鬱陶しかったのに、ここはもう夏が終わろうとしていた。
あたりをゆっくりと見渡した。一気に懐かしい気持ちになる。十八歳までこの街で過ごした玲は高校の三年間将馬と共にこの駅から通学していた。
最初に目に入ったのは駅前の書店だった。店員が表の棚に透明ビニールを被せ閉店作業をしている。毎週月曜に平積みされる週刊マンガを、将馬と半分出し合って買っていたことを思い出す。次に本屋の数軒先に目をやるとチェーン店のカフェがあった。そこはかつてはジャズ喫茶で、何故かコロッケが美味しかった。お客に強請られてテイクアウトを始めるとついに店先で売るようになり、高校生の僕らにとっておやつとして最適なものになっていった。将馬はいつも三つ買ってそのひとつを僕にくれた。
そしてその喫茶店の裏路地には駄菓子屋があって、日曜日には将馬の自転車の後ろに乗ってやって来ては、知った顔の小学生に混じってカップ麺をこれみよがしに食べたりしたっけ。
「将馬は、……んと、大人げなかった……」
男子高校生の日常が確かにここにあった。
しばらく進むと閉店してだいぶ経つのかよく通っていたレンタルビデオ屋の看板は、色褪せていた。
人もモノも全ては生まれた瞬間から移り変わる。駅前の本屋も当時の店主だったオヤジさんは居ない。ジャズ喫茶もチェーン店のカフェに代わってる。駄菓子屋もビルに建て替えられている。猫背で店番していたおばあちゃんももう居ない。
変わらないものなんて、この世にはない。いつまでも未来永劫ずっとそこにある訳じゃない。これは世界の摂理だ。自分だって六年留まっただけで、今はいない。ノスタルジックに思い出に浸るには家までの距離はちょうど良かった。
だんだんと住宅街へと進むと公民館の明かりが見えてくる。恩師の通夜に訪れたのは三カ月前だが、有馬との再会が何故かとても昔に感じた。
有馬との思い出は将馬と比べれば極端に少ない。歳も離れていたし、高校生と小学生という学年の差は交流するほうが難しいかもしれない。
将馬が弟離れしたい年頃で、鬱陶しがってもいた。有馬は特に物静かな少年だったし、僕もそんな有馬を無理には連れ出そうとは思わなかった。僕から見れば少し奇妙な兄弟だとさえ思っていた。兄弟はみんな仲良くしているという、思い込みがあってのことだったが、それにしてもあの兄弟の仲の良いところは、ほとんど記憶にない。
だからこそ、将馬が居なくなってから有馬が僕も積極的に気にかけてやることが出来なかった。
今思えば、有馬の性格上、苦しいことや辛いことは決して人に漏らさなかっただろう。唯一近いはずだった兄とも距離があったのだから。
気分転換できる友達は居たんだろうと希望的観測をしてみても、それはすぐに打ち消されてしまう。あの寂しそうな有馬の目を思い出すと。
家に着くと外階段を上がる。
ばあちゃんの生きた証である二階建ての家。『じいさんの大切な場所』だと若くして死んでいったじいちゃんの店をひとりで子育てもしながら働いて守ってきた。今は主を失って、静まり返っている。
食堂は一階で、外階段で二階に上がるようになっている。錆びた鉄の階段を上がるとドアノブに鍵を挿した。電気は止まっている。スマホのライトを頼りにあるものを探す。ここに残してきたのはわかっていた。
足下を照らしながらリビングの奥へ進む。かつての自分の部屋にたどり着くと次にスマホを前に掲げ部屋の中を照らした。本棚にあるはずだ。
「たしか手帳に……あった、これだ」
本棚から一冊の手帳を取り出すと、床に膝をついて手帳を床に置いた。ライトを当てながら表紙をめくり、あれがあるページを片手でめくりながら探っていく。
「確かばあちゃんの納骨は……あ、……った……」
ばあちゃんの納骨があった月。そのページに、可愛らしい閻魔様がいた。
「これは……。はは、……そうか……そうだったんだな、有馬」
僕は、八年経って今ようやく分かった。そうしたら、すぐに有馬の顔が浮かんだ。手帳を照らしていたスマホを急いで操作し、耳に当てる。
『……はい』
遠慮がちな返事が向こうから聞こえたが、僕はもう黙っていられなかった。
「有馬? 今どこにいる?」
『え……っ』
13
あなたにおすすめの小説
【完結・BL】今をときめく大型新人の専属マネージャーになることになったわけだが!【タレント×マネージャー】
彩華
BL
俺の名前は高橋夏希。
芸能事務所で、マネージャー業を行っている。毎日忙しく働いているわけだが、ある日突然。今話題の人気タレント・吹雪の専属マネージャーを任命されてしまい……!?
という感じで、緩くタレント×マネージャーBLです
今回は健全の予定ですが、場合によってはRを完結後に別にするかもしれません。
お気軽にコメント頂けると嬉しいです。宜しくお願い致します。
■表紙お借りしました。有難うございます
恋の闇路の向こう側
七賀ごふん
BL
学校一の優等生として過ごす川音深白には、大切な幼馴染がいる。
家庭の事情で離れ離れになった幼馴染、貴島月仁が転校してくることを知った深白は、今こそ昔守られていた恩を返そうと意気込むが…。
────────
クールで過保護な攻め×完璧でいたいけど本当は甘えたい受け
笑って下さい、シンデレラ
椿
BL
付き合った人と決まって12日で別れるという噂がある高嶺の花系ツンデレ攻め×昔から攻めの事が大好きでやっと付き合えたものの、それ故に空回って攻めの地雷を踏みぬきまくり結果的にクズな行動をする受け。
面倒くさい攻めと面倒くさい受けが噛み合わずに面倒くさいことになってる話。
ツンデレは振り回されるべき。
【完結】前世は犬と猫! 〜二度目の恋のやり直し〜
ivy
BL
一度目の人生、俺は人間だった。
それが気がつけば——金色の毛並みを持つ犬に転生していて、隣には黒猫になった幼なじみの春人がいた。
犬猫として過ごす日々は、笑いと温もりに満ちていて、片思いをしていた春人とは満月の夜に「離れない」と約束まで交わした。
……このままずっと幸せが続くと思っていた。
——はずだったのに。
次に目を覚ましたら、俺はまた生まれ変わって人間になっていた。
春人とも会えたし、順風満帆!と思っていたら、あいつが俺のこと覚えてないことが判明。
でも構わない。
また俺のことを好きになって貰えばいいんだ。
……だけどそううまくは行かなくて……。
笑って少し切ない、すれ違いラブコメ。
【完結】後悔は再会の果てへ
関鷹親
BL
日々仕事で疲労困憊の松沢月人は、通勤中に倒れてしまう。
その時に助けてくれたのは、自らが縁を切ったはずの青柳晃成だった。
数年ぶりの再会に戸惑いながらも、変わらず接してくれる晃成に強く惹かれてしまう。
小さい頃から育ててきた独占欲は、縁を切ったくらいではなくなりはしない。
そうして再び始まった交流の中で、二人は一つの答えに辿り着く。
末っ子気質の甘ん坊大型犬×しっかり者の男前
王子様と一緒。
紫紺
BL
田中明夫は作家を目指して10年、全く目が出ない男だ。
ある日、書店の前で金髪青い目の青年が突然話しかけてきた。最初は胡散臭く思っていたのだが……。
南の国の第2王子アスラン、その護衛トーゴー、田中が住むアパートの大家や住人の奨励会員などなど。
様々な人間模様と恋模様が織りなすBL多めのラブコメ開幕です!
泣き虫な俺と泣かせたいお前
ことわ子
BL
大学生の八次直生(やつぎすなお)と伊場凛乃介(いばりんのすけ)は幼馴染で腐れ縁。
アパートも隣同士で同じ大学に通っている。
直生にはある秘密があり、嫌々ながらも凛乃介を頼る日々を送っていた。
そんなある日、直生は凛乃介のある現場に遭遇する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる