僕の名前を

Gemini

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第一章 ブラウンヘアの男

第六話

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 じゃぁ、長政はどこにいるんだ。首だけ出来る限り後ろにやると視界の端っこにブラウンヘアが見えた。

「……っがまさ」

 電車の揺れで押しつぶされ声が出ない。

 ゴツゴツとしたその手はその電車の揺れを利用してついに僕のものに触れた。その瞬間思わず目を瞑ってしまった。痴漢だろう、痴漢、たかが痴漢だ。

 僕は男だ、なのに声が出ない。

 勇気がない。

 気持ち悪い。

 怖い。



「おっさん、やめとけよ?」

 低い長政の声が近くで聞こえた。

「は? なにを……」
「分かんない?」
「く……っ」

 長政は強引に僕の後ろに入り込み男が次の駅で降りるまで盾になってた。舌打ちして男が降りていくと「大丈夫か?」と長政が肩を抱いた。長政の胸に頬がくっついて良い香りがふわりとして意識が遠のきそうになる。いつまでもこの香りに包まれていたくなった。
 パソコンのデータのようにさっきの男の記憶に上書きされればいいのに。

 僕がいつまでも黙っているものだから長政は僕の背中をさすった。子供を落ち着かせる母親みたいに。

「あと一駅だから」

 僕は長政の胸に凭れたままでいた。




 何度も家に帰ろうと長政に言われながらも辿り着いた学校だったが、保健室へ連れて行かれてしまった。

「熱があるね、登校したばかりだけど、もうお帰りね」
「ほら、だから帰ろって言ったじゃん」

 長政が口を尖らせて言うものだからそれを見た保健医が仕方ないよねと笑った。

「先生、ちょっとだけ、休んでってもいいですか。少ししたら帰りますから」
「あぁ、うん、そうね、じゃぁ少しね」

 保健医が間仕切りカーテンをサッと引いて保健室を出ていった。

「はぁ……」
「辛いか? 冷却シートとかあんのかな。あいつなんもくれないじゃん」
「……」



 長政が居てくれなかったらあのままあのオッサンに触られてたのかな、とふと思い出したらいきなり吐き気が襲った。今朝はまだなにも食べていないから出るものはない。嘔吐きだけが繰り返される。

「……おい……大丈夫かよ」

 あの知らない男に触られた感触が蘇る。

 なんで、なんで。

 長政がベッドに腰掛けると僕を心配そうに覗き込む。

「もう、あいつは居ねぇよ、大丈夫だ」

 なんでこいつは分かるんだろう。僕は長政に背を向けて丸くなった。するとその背中をまた優しく優しくさすってくれる。

 保健室のアルコールの匂いに混じって長政の甘い香りがする。

 ひどく落ち着いてしまう。






 二時間ほど寝かせてもらい少し気分が良くなった僕は帰宅のためひとり電車に乗る。空いている電車の中で座っているとまた眠気に襲われそうになりながら、心配して連絡してきたカケルにようやく返信を送るとまた目を瞑った。
 気がついて窓の外を見ると都心を離れていることに気づく。電光掲示板が次の駅を知らせていて随分遠くにきていた。とりあえず駅を降りて反対ホームに行った。



 昼頃ようやく自宅に到着しリビングのソファに座る。

 初めてソファに座った。

 継母はネイルサロンで働いており週に何回かは家にいない。

 誰もいない家。

 しーんと静まり返っている久しぶりの孤独。
 ソファを独り占めしたくなって横になるとまた眠気が襲った。



「……おい、巴、平気か?」

 揺さぶられて意識が戻る。
 ブラウンヘアがのぞき込んでいた。

「ずっとここで寝てたの?」
「え……」

 制服姿の長政がしゃがみこんで僕の額に手を当てる。

「すげー熱いじゃん、顔も赤いし」

 するとその手が僕の首と膝の下に滑り込み軽々抱き上げた。寝起きで頭働いてないのと驚きとでパニック。

「ちょ、おろして」
「暴れないで、足ぶつかるよ?」

 長政は僕の部屋のドアノブを器用に足先を引っ掛けて開け、そしてまた器用に閉めた。

 ようやくベッドに降ろされると今度は着ていたブレザーを脱がされた。

「シワになってんじゃん」

 周りを見渡してハンガーを見つけて無造作にそれに掛けた。大きな背中と不器用さがかわいらしいと思ったのはきっと熱のせい。

 言いたいこといっぱいあるのに熱のせいか言うのが億劫になって荒くネクタイを取るとベッドに横たえた。

「学校帰ってきてからずっとソファで寝てたの?」

 今度はネクタイを拾ってさっきのハンガーに掛ける。

「おにーちゃんてば、らしくないね」

 にっこり笑ってベッドのそばにあぐらをかいた。

「あとは? 自分で着替えられる?」

 うんと小さく頷くしかできない。

「体温計持ってくる、ってか昼メシ食ってない……よね?」
「……いらね」
「なんか作ってくっから寝てて」

 なんなら食えっかなと僕の言葉を無視して頭をかきながら長政は部屋を出ていった。

 風邪を引いても三日凌げばだいたいは治る。
 飯は食わなくてもひたすら寝ていればいい。

「あいつ……なんで」

 なんで、優しくすんだ。




 なんか冷たい感触がして目を開けると、長政の手が頭あたりを触っていた。おでこがひんやり気持ちいい。

「飯、食おう」

 いつの間にか持ち込まれた小さなテーブルにお盆に乗せられたうどんがふたつ。

「お前も?」
「うん」

 ずるりとベッドから降りて長政の向かいに座った。

「お前が作ったの?」
「うん、冷凍だけどな」
「でもかまぼことかしいたけとか…乗ってる」
「え、このまま冷凍されてんだよ、鍋で煮るだけなの」
「へぇ……」
「食べられそうか?」
「…うん」
「ちょっとお湯足して薄味にしたから、食べやすいだろ」

 心配そうな顔がほっとした顔になる。

 どんぶりの縁に口をつけてひとくちあつあつのつゆを飲むと空っぽの胃袋に滲みた。そこからは黙々と食べた。たまに鼻水をティッシュで拭きながら。

「冷却シート、剥がれてきてるぞ」

 無視してうどんを食べる。
 半分くらい剥がれてきたところで長政の指がそれを抑えた。

「あ?」
「いいよ、そのまま食え」
「……」

 いわれるがまま僕はそのまま食べた。

「おい、動くなって、落ちるじゃん」

 くっくっく、と笑う、長政。

 長政は最後まで片手で僕のおでこの冷却シートを抑えてた。






 次の日は念の為に休めと長政が学校に行かせてくれず、その翌日長政と共に玄関を出た。

 僕の隣で鼻歌なんか歌ってて。

 いつもの満員電車では、僕から絶対離れることはなくて。

 カケルに会っても挨拶程度で会話をしなくなった。

 カケルも長政のことは話題にはしなくなった。










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