62 / 90
第二章
第62話 フィーナさんとの月夜の語らい①
しおりを挟む
廃聖堂のフロアには、月の他にもう一つ光源があった。
隅の方にランプが置かれており、周囲は案外明るい――続けて、その隣で壁にもたれかかる竹箒に視線が引き寄せられた。
「こんばんは。本当に掃除してくれていたんですね」
「ええ。私にできることは、これくらいのものですから。それに、せっかく道具をお借りしましたもの」
俺が問いかけると、フィーナさんは月明かりのスポットの中でニコリと微笑む。
実は、泊まり込むにあたって『掃除道具があれば貸してほしい』と頼まれたのだ。空いた時間で廃聖堂の清掃をしたいから、と。
この様子を見るに、おそらくたった今まで手を動かしていたに違いない。
そもそも、真珠が手に入るまで泊まり込むと決めたのも、この廃聖堂の惨状を気掛かりに思ってのことらしい。
言い出したときは、ガンドールさんたちに反対されていたが、本人がどうしてもと押し通した。結果、建物の外で交代制の護衛を置くことで話はまとまった。
とはいえ、流石にお姫様を地べたで雑魚寝させるわけにいかない。
そこで俺は、ポップアップテントや来客用の布団一式、クッションなんかをサリアさんと協力して運び込んだ。温かい地下通路に快適な寝所を作ってあるので、雨風や寒さも問題ない。
そして、うちの獣耳幼女たちを寝かしつけてから、温かい紅茶を詰めた水筒を差し入れにきた次第である。ただ地下通路に姿が見えなかったので、こちらにいるのではと足を運んでみれば案の定、といった具合だ。
「何か足りないものがあれば、遠慮なく言って下さい。できる限り融通しますので」
「ありがとうございます。ですが、すでに十分良くしていただいていますから」
「そういえば、真珠……海神の涙ですが、近日中に手配できそうですよ」
「まあ……そんなに早くとは驚きました。重ねてお礼申し上げますわ」
セイちゃんとの通話を終了してほどなく、例の知り合いのコンサルタント(便利屋)の方とコンタクトが取れた。それでこちらの要望を伝えたところ、『二日ほどお時間を頂戴すれば問題なく揃えられます』との返事が届いたのだ。
肝心の真珠のサイズは、『9ミリ』をリクエストした。一般的に大玉と呼ばれる範囲は8ミリ以上とされているが、狙うはそれを超す上物である。
もちろん、フィーナさんにも確認済み。
大きさが視覚的にわかるよう紙に円で記し、寝所を設置するついでに見てもらったのだ。好奇心に誘われて顔を出したガンドールさんたちも含め、特使団が探し求めていた物よりも間違いなく大きい、と目を丸くして驚いていた。
ちょっとサイズオーバーかな……と心配したものの、大きい分には祭具の方を調整すると了承が取れたので、俺としては満足いく逸品を買い求めるつもりだ。
真珠の品質には、色艶や形、傷なんかも影響するそうだが、やはり一切妥協ナシでいく。
必要な数は十粒。気になるお値段は……未加工で納品する場合、トータルで約40万円。鑑定書付きで、コンサルタントさんの手数料込みの金額である。ミレイシュ様への捧げ物だからね、奮発しちゃうよ。
当日に実物をしっかり確認できるようなので、慎重に吟味するとしよう。
ついでに、うちの祖母の真珠のネックレスを手入れする専用クロスと新しい保管箱も注文した。
コンサルタントさんの補足説明によれば、真珠にも寿命が存在し、高品質なものでも10年ほどで劣化が顕著になっていくそうだ。
鑑定書の記載を見るかぎり、うちの祖母のネックレスがちょうどそれくらい。しっかり手入れして、少しでも長持ちさせないとね。
こうなってくると、当然フィーナさんたちに真珠を譲ったあとのことが気になってくるわけだが……国元ではどのように管理しているのだろう。
「ところで、フィーナさん。海神の涙って、何年か経つと劣化しますよね? どうやって保管しているんですか」
「劣化というと……海神の涙が、茶色く変わってしまうことをおっしゃっているのですよね? やはり年月の経過によるものでしたか」
ああ、やはりな――俺は返事を聞いて腑に落ちた。
知っていたのだ、このお姫様は。それどころか、劣化した真珠をその目で見たことがあるのではないだろうか。
「海神の涙を耳飾りにしたくなったなんて、嘘だったんじゃないですか?」
「あら、どうしてそうお思いに? 私は、国ではお気楽で評判の末姫ですのよ」
月の光の中から歩み出て、薄闇に紛れつつ問い返してくるフィーナさん。
俺は劣化と言っただけで、色についてまでは触れていない。であれば、記憶にあった光景が思わず口をついて出た、と考えるのが自然だ。
「おそらく、フィーナさんは変色した真珠を見た。それはきっと、祭具に付随していた物でしょうね。同時に、莫大な修繕費用がかかることに気づく――すなわち、お兄さんの王位継承に瑕疵がつくと危惧した。だから、スッポ抜けたふりをして壊した……」
あるいは、お兄さんも協力者なのでは?
王位継承するにあたり必要な祭具の真珠が劣化した。その修繕に莫大な費用がかかるとなれば、国民からの支持にも影響する。
日本で言うと、巨額の税金を消費して総理大臣に就任するようなものだ。非難轟々で、ろくな政権運営など望めまい。
こういうのは、自分に恩恵がないと受け入れ難いし、いくら本人のせいでなかろうと大衆の理解は得づらいものだ。おまけに、ネガティブなイメージが付いてしまえば後の執政にまで支障が出る。
そこで、フィーナさんは一計を案じた。
国が乱れるくらいならばいっそ自分が悪者になればいい、と。
彼女は奔放で知られつつも、民からアイドル的な人気を誇る。ましてミレイシュ様の巫女ともなれば、その名声で王家への悪影響を相殺できるかも。それどころか、『あの姫様のやることだ』と消極的ながらも容認される可能性まである。
「どうでしょう? 意外と核心をついているのでは、とか思うのですが」
「ふふ、それはサクタローさんの過大評価ですよ。海神の涙が変色することは、いくらか把握しておりました。ただ、年月が理由というのは初耳ですけれど。でも、そうですね……素敵な夜ですから、少しお話をしましょうか」
フィーナさんはまた月光のスポットの中へ戻り、淡い微笑みを浮かべる。続いてどこか懐かしむような語り口で、自分の過去を明かしていく。
隅の方にランプが置かれており、周囲は案外明るい――続けて、その隣で壁にもたれかかる竹箒に視線が引き寄せられた。
「こんばんは。本当に掃除してくれていたんですね」
「ええ。私にできることは、これくらいのものですから。それに、せっかく道具をお借りしましたもの」
俺が問いかけると、フィーナさんは月明かりのスポットの中でニコリと微笑む。
実は、泊まり込むにあたって『掃除道具があれば貸してほしい』と頼まれたのだ。空いた時間で廃聖堂の清掃をしたいから、と。
この様子を見るに、おそらくたった今まで手を動かしていたに違いない。
そもそも、真珠が手に入るまで泊まり込むと決めたのも、この廃聖堂の惨状を気掛かりに思ってのことらしい。
言い出したときは、ガンドールさんたちに反対されていたが、本人がどうしてもと押し通した。結果、建物の外で交代制の護衛を置くことで話はまとまった。
とはいえ、流石にお姫様を地べたで雑魚寝させるわけにいかない。
そこで俺は、ポップアップテントや来客用の布団一式、クッションなんかをサリアさんと協力して運び込んだ。温かい地下通路に快適な寝所を作ってあるので、雨風や寒さも問題ない。
そして、うちの獣耳幼女たちを寝かしつけてから、温かい紅茶を詰めた水筒を差し入れにきた次第である。ただ地下通路に姿が見えなかったので、こちらにいるのではと足を運んでみれば案の定、といった具合だ。
「何か足りないものがあれば、遠慮なく言って下さい。できる限り融通しますので」
「ありがとうございます。ですが、すでに十分良くしていただいていますから」
「そういえば、真珠……海神の涙ですが、近日中に手配できそうですよ」
「まあ……そんなに早くとは驚きました。重ねてお礼申し上げますわ」
セイちゃんとの通話を終了してほどなく、例の知り合いのコンサルタント(便利屋)の方とコンタクトが取れた。それでこちらの要望を伝えたところ、『二日ほどお時間を頂戴すれば問題なく揃えられます』との返事が届いたのだ。
肝心の真珠のサイズは、『9ミリ』をリクエストした。一般的に大玉と呼ばれる範囲は8ミリ以上とされているが、狙うはそれを超す上物である。
もちろん、フィーナさんにも確認済み。
大きさが視覚的にわかるよう紙に円で記し、寝所を設置するついでに見てもらったのだ。好奇心に誘われて顔を出したガンドールさんたちも含め、特使団が探し求めていた物よりも間違いなく大きい、と目を丸くして驚いていた。
ちょっとサイズオーバーかな……と心配したものの、大きい分には祭具の方を調整すると了承が取れたので、俺としては満足いく逸品を買い求めるつもりだ。
真珠の品質には、色艶や形、傷なんかも影響するそうだが、やはり一切妥協ナシでいく。
必要な数は十粒。気になるお値段は……未加工で納品する場合、トータルで約40万円。鑑定書付きで、コンサルタントさんの手数料込みの金額である。ミレイシュ様への捧げ物だからね、奮発しちゃうよ。
当日に実物をしっかり確認できるようなので、慎重に吟味するとしよう。
ついでに、うちの祖母の真珠のネックレスを手入れする専用クロスと新しい保管箱も注文した。
コンサルタントさんの補足説明によれば、真珠にも寿命が存在し、高品質なものでも10年ほどで劣化が顕著になっていくそうだ。
鑑定書の記載を見るかぎり、うちの祖母のネックレスがちょうどそれくらい。しっかり手入れして、少しでも長持ちさせないとね。
こうなってくると、当然フィーナさんたちに真珠を譲ったあとのことが気になってくるわけだが……国元ではどのように管理しているのだろう。
「ところで、フィーナさん。海神の涙って、何年か経つと劣化しますよね? どうやって保管しているんですか」
「劣化というと……海神の涙が、茶色く変わってしまうことをおっしゃっているのですよね? やはり年月の経過によるものでしたか」
ああ、やはりな――俺は返事を聞いて腑に落ちた。
知っていたのだ、このお姫様は。それどころか、劣化した真珠をその目で見たことがあるのではないだろうか。
「海神の涙を耳飾りにしたくなったなんて、嘘だったんじゃないですか?」
「あら、どうしてそうお思いに? 私は、国ではお気楽で評判の末姫ですのよ」
月の光の中から歩み出て、薄闇に紛れつつ問い返してくるフィーナさん。
俺は劣化と言っただけで、色についてまでは触れていない。であれば、記憶にあった光景が思わず口をついて出た、と考えるのが自然だ。
「おそらく、フィーナさんは変色した真珠を見た。それはきっと、祭具に付随していた物でしょうね。同時に、莫大な修繕費用がかかることに気づく――すなわち、お兄さんの王位継承に瑕疵がつくと危惧した。だから、スッポ抜けたふりをして壊した……」
あるいは、お兄さんも協力者なのでは?
王位継承するにあたり必要な祭具の真珠が劣化した。その修繕に莫大な費用がかかるとなれば、国民からの支持にも影響する。
日本で言うと、巨額の税金を消費して総理大臣に就任するようなものだ。非難轟々で、ろくな政権運営など望めまい。
こういうのは、自分に恩恵がないと受け入れ難いし、いくら本人のせいでなかろうと大衆の理解は得づらいものだ。おまけに、ネガティブなイメージが付いてしまえば後の執政にまで支障が出る。
そこで、フィーナさんは一計を案じた。
国が乱れるくらいならばいっそ自分が悪者になればいい、と。
彼女は奔放で知られつつも、民からアイドル的な人気を誇る。ましてミレイシュ様の巫女ともなれば、その名声で王家への悪影響を相殺できるかも。それどころか、『あの姫様のやることだ』と消極的ながらも容認される可能性まである。
「どうでしょう? 意外と核心をついているのでは、とか思うのですが」
「ふふ、それはサクタローさんの過大評価ですよ。海神の涙が変色することは、いくらか把握しておりました。ただ、年月が理由というのは初耳ですけれど。でも、そうですね……素敵な夜ですから、少しお話をしましょうか」
フィーナさんはまた月光のスポットの中へ戻り、淡い微笑みを浮かべる。続いてどこか懐かしむような語り口で、自分の過去を明かしていく。
198
あなたにおすすめの小説
一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました
由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。
ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。
遠い存在になったはずの彼。
けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。
冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。
婚約破棄された令嬢、気づけば王族総出で奪い合われています
ゆっこ
恋愛
「――よって、リリアーナ・セレスト嬢との婚約は破棄する!」
王城の大広間に王太子アレクシスの声が響いた瞬間、私は静かにスカートをつまみ上げて一礼した。
「かしこまりました、殿下。どうか末永くお幸せに」
本心ではない。けれど、こう言うしかなかった。
王太子は私を見下ろし、勝ち誇ったように笑った。
「お前のような地味で役に立たない女より、フローラの方が相応しい。彼女は聖女として覚醒したのだ!」
もうすぐ帰って来る勇者様と私の結婚式が3日後ですが、プロポーズされていないといくら言っても誰も信じてくれません
まつめ
恋愛
3日後に村をあげての盛大な結婚式がある。それはもうすぐやって来る勇者様と自分の結婚式。けれど勇者様は王都の聖女様と結婚すると決まっている。私は聖女様の代わりに癒し手として勇者様を治療してきた、だから見事魔王を打ち破って帰って来た時、村人達は私が本物の聖女だと勘違い。私がいくら否定しても誰も聞いてはくれない。王様との謁見を終えてもうすぐ勇者様が村に帰って来る。私は一度も好きだと言われてないし、ましてや結婚しようとプロポーズも受けていない。村人達はお祭り騒ぎで結婚式の準備は加速していく。どうしようと困っているのに、心の奥底で「もしかしたら……」と大好きな勇者様が自分を選んでくれる未来を淡く期待して流されてしまう私なのだった。どうしよう……でもひょっとして私と結婚してくれる?
「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」
イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。
ある日、夢をみた。
この国の未来を。
それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。
彼は言う。
愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?
夫が「未亡人を我が家で保護する」と言ってきました【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
伯爵夫人カタリナの前に、夫が“行くあてのない未亡人”を連れて帰ってきた。
夫は「保護だ」と言い張り、未亡人を家に住まわせようとするが──その素性には不審な点が多すぎた。
問いただしても夫は曖昧な説明ばかり。
挙げ句の果てには「ずっと家にいればいい」「家族になればいいだろう」と、未亡人を第2夫人にする気満々。
家を守るため、カタリナは未亡人の身元を調査する。
そして判明するのは……?
⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。
最安もふもふ三匹に名前をつける変な冒険者ですが、この子たちの力を引き出せるのは私だけです ~精霊偏愛録~
Lihito
ファンタジー
精霊に名前をつける冒険者は、たぶん私だけだ。
うさぎのノル、狐のルゥ、モモンガのピノ。三匹とも最安の契約で、手のひらに乗るサイズ。周りからは「手乗り精霊で何ができる」と笑われている。
でも、この子たちへの聞き方を変えるだけで、返ってくる答えはまるで違う。三匹の情報を重ねれば、上位の精霊一体では見えないものが見える。
上位パーティが三度失敗した大型討伐。私は戦わない。ノルに地中を、ピノに上空を、ルゥに地上を調べさせて、答えを組み上げる。
——この世界の精霊の使い方、みんな間違ってませんか?
【完結】嫌われ公女が継母になった結果
三矢さくら
恋愛
王国で権勢を誇る大公家の次女アデールは、母である女大公から嫌われて育った。いつか温かい家族を持つことを夢見るアデールに母が命じたのは、悪名高い辺地の子爵家への政略結婚。
わずかな希望を胸に、華やかな王都を後に北の辺境へと向かうアデールを待っていたのは、戦乱と過去の愛憎に囚われ、すれ違いを重ねる冷徹な夫と心を閉ざした継子だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる