我が家と異世界がつながり、獣耳幼女たちのお世話をすることになった件【書籍化決定!】

木ノ花

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第一章

第12話 商談の約束とホットケーキ

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 自己紹介を受け、俺は「伊海朔太郎と申します」と名乗ってから同じくらい丁寧に頭をさげる。ついでに「今は名刺を切らしておりまして」と言い足した。一応、日本の社会人の作法に則った形である。

 一方、相対するケネト・テリールを名乗る御仁は、名刺の有無に頓着することなく話を先へ進める。

「イカイサクタロー殿とお呼びしても?」

「いえ、気軽に『サクタロー』で構いません。この子たちもそう呼んでくれていますので」

 答えながら、俺は足にしがみつくエマたちの頭を順番になでる。知らない大人に突然声をかけられてちょっと緊張気味のようだ。

「では、私のことも『ケネト』と。して、サクタロー殿は異国のご出身でいらっしゃるのですか?」

「まあ、そうですね」

 異国というか、異世界というかなんというか……正直に話をしてどのような反応が得られるか未知数なので、俺はとりあえず無難な解答を選択した。

「すると、生国はかなり遠方なのでは? いやはや驚きました。商いを通じてそれなりに見聞を広めたつもりでおりましたが、このように見事なお召し物が存在するとは露ほども存じ上げませんでした。改めて『セルゼルシア』の懐の広さを見せつけられた思いです」

 続けてケネトさんは、俺たちの衣服を称賛する。
 セルゼルシア云々はよくわからんが、さもありなん。相手の衣服もそれなりに上質ではあるものの、日本製(メイドインアジア)と比べれば格段に質が落ちる。文明レベルの違いが如実にあらわれているように思う。

「本当に素晴らしいお召し物です。素材や意匠もさることながら、何より衣服を作った職人の腕の良さに惚れ惚れいたします」

 恐らくミシンさんというお名前の方かと……冗談はさておき、俺はこの機に乗じて商談を試みることにした。願ってもない商機の到来である。

「そこまで褒めていただけるとは、製作者も喜んでくれているに違いありません。ところでケネトさん、私がこの衣服を『売りたい』と言ったらどうされます?」

「なんと!? 手放すことをお考えなのですか? それでしたら、ぜひ私どもにお売りいただきたい」

「実はいろいろと物入りで、金銭の工面に苦労していまして。できるだけ高値で買っていただけると嬉しいのですが」

「もちろんでございますとも。きっとご満足いただける値を提示してみせましょう」

 相手は人当たりもよく、信用もできそう。ならば、さっそく金額についてのお話を……とはいかない。なにせここは往来の真ん中で、今も多くの人の目がある。

 加えて、俺はこの際、他になにか売れる物がないか色々と見せてみようと考えていた。そこで先方には恐縮だが、例の廃聖堂前にお越しいただき、改めて商談をお願いしたいと伝えた。

「承知いたしました。場所は存じておりますので、こちらも色々と準備を整えてからお伺いします。時刻は昼の鐘が鳴る頃などいかがでしょう?」

「ええ、それで問題ありません。ではケネトさん、また後ほど」

 挨拶を交わしていったん解散。異世界と日本とではあまり時差を感じられなかったので、適当にお昼ごろの待ち合わせと解釈して返事をしておいた。どちらにせよ早めに出向けば問題ないだろう。

 帰り道では約束どおり、エマとリリを交互に抱っこする。ルルがご機嫌で歩いてくれて助かった。廃聖堂に戻ったらそのまま虹色ゲートを通過して自宅へ。

「さあて、何を持っていくべきか」

 居間に戻るや、リリが「のどかわいた!」と騒ぎだしたのでりんごジュースを用意した。俺は座って喉をくぴくぴ動かす三人を眺めつつ、売り込む品について頭を悩ませる。

 ちょっと選択肢が多すぎる。市販の衣服ですらあの反応なのだから、日本で手にはいる工業製品なら大概需要がありそうだ。見学した市場の感じからすると食品類にしたって同様である。

「ねえサクタロー、あれなぁに?」

「ん? ああ、それはテレビだよ」

 部屋の隅にはローボードが設置してあり、リリの小さな指はその上に鎮座する『42型液晶テレビ』に向けられていた。

 口で説明するよりも見せたほうが早いと思い電源を入れると、都内の某大学病院と取材に集まったマスコミ関係者の姿が映しだされた。

 有名ベンチャー企業の若手経営者が緊急入院した、などと報じられている。知人に関する報道だったからわりと気になる話題だ。

「なにこれっ!? 中に人がいっぱい入ってる!」

「ひゃっ!?」

 興味を示したのはリリだけで、エマとルルはこちらへすっ飛んできてぶるぶる震えだした。びっくりさせてごめんね。

 その後、別の場所の映像であることをどうにか噛み砕いて説明した。するとよくわからないもののとりあえずは安心したみたいで、すぐに三人ともテレビ前に釘づけである。

 今更ではあるが、ちゃんと日本語を聞きとれているらしい。まったくもって不思議なことだ……まあ、単語の意味まで理解できているかは不明だけれど。

「せっかくだし、アニメでも見る?」

「あにめ?」

 画面に目を向けたまま、三人揃って頭をかたむける様子がなんとも可愛らしい。
 ニュースなんて眺めていても面白くないだろうから、有料の動画配信サービスで公開されているアニメを流すことにした。

 選んだのは、毎週日曜の朝に地上波で放映中の『フェアリープリンセス・シリーズ』。情操教育にいいらしい。ネットの偉い人がいっていた、大事なことはみんな魔法少女が教えてくれたって。

「わ、わわ、あぶないよっ!?」

「がんばれ、がんばれぇ!」

 開始数分ですっかり虜になり、三人ともたちまち熱中しはじめた。戦闘時には声援が飛び交い、フェアリープリンセスたちが活躍するたびに喝采がおこる。
 生まれた世界なんて関係ない。魔法少女は、やっぱり子どもたちのアイドルなのだ。

「よし。今のうちに異世界に持っていく品を見繕ってしまおう」

 俺はリビングを抜けだし、これはと思う物をピックアップしていく。
 色々と検討した結果、今回は話のきっかけになったジャケットを含む自身の古着と、あらかじめ目星をつけていた香辛料をいくつか持っていくことに決める。

 状況によってはケネトさんと継続的な取引を行いたいので、都度ネタをかえて相手の反応を探るつもりだ。なんならリクエストに応じてもいい。

 というか、できるだけ効率よく稼がねば。エマたちの生活基盤を整えるにあたり、異世界サイドにおける拠点の確保は急務。どう考えても必要資金の額は大きくならざるを得ず、チンタラやっていてはいつまで経っても目的は達成できまい。

 ……などと算段をたてつつ持参する荷物を大型のスーツケースに収納し、つい流れで自室の掃除に手を付けてしまった。

「サクタローさん、どこ……?」

 しばらく無心で手を動かしていると、ふとエマの声が聞こえてきた。なんだか不安そうだ。早足でリビングへ戻ったら、即座に三人が飛びついていてきたので慌てて受け止める。どうしたのか聞けば、アニメの鑑賞中に俺がいなくなって心細くなったという。

「ごめんごめん。そうだ、先にお昼をたべちゃおうか」

 ケネトさんとの商談には一人で臨もうと思っていたけれど、この様子を見るにそばを離れないほうがよさそうだ。ならば、話が長引いた場合にそなえて先になにか食べておくべきだ。
 とはいえ、今はまだ昼前。あまりお腹もすいていないだろうし……。

「そうだな、軽くホットケーキでも作ろうかな」

「ほっとけー? なにそれ?」

 俺の呟きをひろったリリに「甘くておいしい食べ物だよ」と伝えれば、三人は揃って『またゴハンがたべられる!』と飛び跳ねて大喜びする。

 ニッコニコの幼女たちと一緒に台所へ向かい、ホットケーキを焼いていく。
 小ぶりの生地を三段重ねにして一人前だ。それぞれの皿にのせ、てっぺんにカットバターを置き、メープルシロップをたっぷりかけたら完成である。

 味の感想はもちろん大好評で、耳が痛くなるほどの『あまくておいしい!』が居間に響く。材料もろもろ姉に買ってきてもらって大正解だった。

 ルルはやっぱりナイフとフォークを上手に使えず、俺の懐へもぐりこんできた。仕方がない(可愛かった)ので手ずから食べさせてあげる。羨ましがるエマとリリにも同様に食べさせてあげたりしながら、あっという間にホットケーキを完食する。

 メープルシロップの残る皿をなめたがる三人をなんとか押しとどめ、食休みがてらまた『フェアリーープリンセス』の鑑賞タイムを挟む。

 そんなこんなで、気づけば時刻もちょうどいい頃合いとなり、俺たちは例の虹色ゲートをくぐり改めて異世界へ赴いた。
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