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第六十八話:支配者の孤独な過去
しおりを挟む「黙れ、小僧! わしの何が分かる!」
ヴァレリウスが、激昂したように叫んだ。彼の冷静さが、初めて失われた瞬間だった。カイの言葉は、彼が長年、分厚い理想論の鎧で隠してきた、最も触れられたくない傷に触れたのだ。
カイは、ヴァレリウスの魂の奥底に、深く、暗い孤独と絶望が渦巻いているのを感じ取っていた。彼は、かつて、外の世界で、誰よりも強く、理想を信じていた男だったのだろう。だが、その理想は、裏切られ、踏みにじられた。愛する者を守れず、信じた正義に絶望した。その果てに、彼は、全ての感情を捨て去ることこそが『救い』であるという、歪んだ結論にたどり着いたのだ。
「わしは、見てきた! 欲望のために人が人を殺し、正義の名の下に、さらに多くの血が流れるのを! 感情など、人を不幸にするだけの、呪いでしかない! わしは、その呪いから、人々を解放してやっているのだ!」
ヴァレリウスの叫びと呼応するように、操られた村人たちの動きが、さらに激しくなる。だが、その動きは、もはや統制が取れていない。カイの癒しの光によって、彼らの魂が目覚め始め、ヴァレリウスの支配との間で、激しい葛藤を起こしているのだ。ある者は、リリアに襲いかかりながらも、その瞳から涙を流し、ある者は、頭を抱えてその場にうずくまる。
「カイ、どうすれば!?」
「この村の中心……村の地下深くに、巨大な魔力溜まりがあります。ヴァレリウスさんは、そこから力を引き出し、この村全体に、魂を縛る術をかけている。そこを、断ち切るしかありません!」
カイは、村の構造を、魂のネットワークを通じて把握していた。全ての魔力は、村の中央にある、古い大樹の真下へと繋がっている。
「分かったわ。案内して!」
「ですが、ヴァレリウスさんが、そう簡単に行かせてくれるとは……」
カイの懸念通り、ヴァレリウスは、二人の意図を察知した。
「行かせはせんよ。この『安息の里』は、わしの理想の結晶。誰にも、壊させはせん」
ヴァレリウスは、杖を地面に突き立てた。すると、村中の家々や、地面そのものから、黒い薔薇の蔓が、生き物のように伸びてきて、カイたちの行く手を阻む。それは、村全体が、ヴァレリウスの意志と一体化した、巨大な要塞と化していることを意味していた。
「ゴードンさん! ここは危険です! 先に森へ!」
カイは、未だに恐怖で動けないでいるゴードンに叫ぶ。リリアは、カイの前に立つと、剣を構え直した。
「カイ、道を示して。私が、切り拓く」
「はい!」
二人の役割は、明確だった。カイが、この茨の迷宮の中から、魔力溜まりへと至る、唯一の道を見つけ出す。そして、リリアが、その道に伸びる全ての障害を、その剣で薙ぎ払う。それは、彼らが最も得意とする、原点とも言える戦い方だった。偽りの楽園の中心を目指し、二人の最後の戦いが、今、始まった。
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